064 +1名の部活動①

 クラスメイトの勧誘を試みた日の放課後。

 俺達は磐城君の入部届を虻川先生に出しに行き、それから部室に向かった。

 部屋の中では既に陸玖ちゃん先輩がパソコンを弄っている。


 にしても、いくら何でも毎度来るのが早過ぎるな。

 授業が終わったらすぐ教室を出て、一目散に来ているのかもしれない。

 まあ、それはそれとして。


 初見さん磐城君を前にして彼女は固まってしまっている。

 紹介を代行しよう。


「この人がプロ野球珍プレー愛好会唯一の先輩で、1学年上の陸玖ちゃん先輩。磐城君も陸玖ちゃん先輩と呼ぶように」

「磐城巧です。よろしくお願いします。陸玖ちゃん先輩」


 丁寧に頭を下げ、真面目に俺の指定した通りの挨拶をする磐城君。

 そこで陸玖ちゃん先輩はようやく再起動した。


「は、ははは、初めまして」


 声を上擦らせて目を回しながら挨拶を返す陸玖ちゃん先輩。

 どうやら人見知りが発動して再び陰キャモードになってしまったようだ。

 慣れるのを待っていても仕方がないので話を進める。


「……まあ、基本的に磐城君は名前だけだと思って下さい。問題ないですよね?」

「う、うん、それは大丈夫……よくあることだから」


 必ずどこかの部に所属しなければならない以上、珍しいことではないのだろう。

 皆、ある程度そういうものだと認識していて、理解がある訳だ。

 けど――。


「プロ野球珍プレー愛好会は陸玖ちゃん先輩1人でしたよね?」

「う゛っ」


 俺の問いかけに、胸を抑えて蹲る陸玖ちゃん先輩。

 鋭利な言葉が大ダメージを与えてしまったようだ。


「そ、それは……テンション上がり過ぎた私がうるさいって……」

「ああ……」

「ああって、酷いよ……野村君……」

「や、でも、完全な幽霊部員すらいないのは?」

「さすがに部室にすら来ない人には野球部としての内申点は与えないって言われてるからね……それなら他の部でいいやって退部しちゃった……」


 それは去年の話だから、彼女は先輩を全て追い出した中1(当時)になる訳か。

 普通なら陸玖ちゃん先輩の方が逆に部を去ってしまいそうだけど……。

『好き』も行き過ぎれば恐ろしいパワーを生むのだろう。

 と言うか、元々の部員達の『好き』がショボ過ぎたのかもしれない。

 珍プレーを骨の髄までしゃぶり尽くそうなんて人はそれこそ珍しいし。

 普通は上辺だけさらって笑って、それだけだ。

 その程度なら、別にプロ野球個人成績同好会の方でも賄える。

 むしろ陸玖ちゃん先輩だけ隔離されたのかもな。

 いわゆる追い出し部屋みたいな。


「それはともかく、陸玖ちゃん先輩。今日もグラウンドで活動しましょうか」

「う、うん」

「あ、磐城君は自由にしてていいからね」

「ありがとう。けど、折角だから初日ぐらいは見学させて貰おうかな」

「そう? ……分かった」


 はっちゃける陸玖ちゃん先輩の姿は体に毒だろうから少しずつ慣らしていった方がいいかと思ったけど、そういうことなら見て貰うか。

 室内じゃなければ距離も取れるし、多少拡散されるだろうからな。

 免疫もつくはずだ。


「それで……今日はどうするの?」

「今日はキャッチャーが後ろに逸らし易い低めの変化球を撮影しましょう。バッター目線とかキャッチャー目線とか色んな角度から」

「それ……誰が投げるの?」

「俺です。一通り投げられますよ?」

「……ええ? ……ほんとぉ?」


 疑わしげな視線を向けてくる陸玖ちゃん先輩に苦笑する。


「ほんとですって」

「あ……うん……そっかあ……凄いねえ」


 思春期特有の大言壮語とでも思ったのか、彼女は寛容な年上を装い始める。

 まあ、その態度も持って数分だろう。


「あーちゃん」

「ん。準備できた」

「……って、鈴木さんがキャッチャーなの?」


 防具フル装備のあーちゃんを見て、陸玖ちゃん先輩が驚く。


「しゅー君の球を取るのは、わたしの役目」


 あーちゃんはそれだけ言うと、守備位置に向かう。

 俺も後に続き、マウンドへ。

 その場で十数球キャッチボールしてから、彼女を座らせる。


「じゃあ、ストレートから一通り」

「ん」


 コクリと頷くあーちゃんを見てから、投球動作に入る。

 現在の俺のステータスは以下の通り。


☆成長タイプ:マニュアル

☆体格補正値 -15%

☆年齢補正値 -10%

残り経験ポイント3

【Bat Control】

  1000(SS+)

【Swing Power】

  1000(SS+)

【Total Agility】

  1000(SS+)

【Throwing Accurate】

  1000(SS+)

【Grabbing Technique】

  1000(SS+)

【Pitching Speed】

   170     

【Total Vitality】

  1000(SS+)

【Pitching Accurate】

  1000(SS+)

ポジション適性へ⇒

変化球取得画面へ⇒

スキル取得画面へ⇒

その他⇒


 各能力値はカンストしているので変わっていない。

 が、1年で体が成長した分だけ【体格補正】のマイナスが軽減された。

 おかげで実際のストレートの球速は130km/hまで上がった。

 正樹と比べると見劣りしてしまうが、中学1年生としては最上位レベルだ。

 まあ、いるかいないかで言えばいるのだが、特筆すべきは球質だ。


 ――パァンッ!!


 うん。いい球。

 あーちゃんも捕球技術でいい音を鳴らしてくれる。


「は、ははは、速過ぎない?」


 案の定年上ムーブを保てなくなった陸玖ちゃん先輩は、驚き過ぎたせいか普通に初対面の磐城君に問いかけていた。


「はい。僕も速いと思います。下手すると生半可なプロよりも」


 対する彼は、真剣な表情で答える。


「だよねだよね!? 球場で見た直球より速い気がするよ!」


 テンションが上がったまま興奮したように言う陸玖ちゃん先輩。

 その絡繰りはスキルにある。


▽取得スキル一覧

  名称     分類

・回転軸調整◎ 通常スキル

・糸を引く直球 極みスキル(取得条件:通常スキル「回転軸調整◎」の取得)

・回転量調整◎ 通常スキル

・HOP-UP   極みスキル(取得条件:通常スキル「回転量調整◎」の取得)


 同じ球速でも伸びがいいとかキレがいいとか言われるストレートがある。

 これらのスキルはそういった直球の質を改善させるもの。

 それも最上級レベルのものだ。

 あーちゃんのキャッチャーマスクに取りつけている小型カメラで撮影した映像を見れば、綺麗なスピンがかかっているのが分かるだろう。

 130km/hながら速く感じるのも無理もない。


 ちなみに、これらは正樹にも取得させていた。

 153km/hかつ短いマウンド間距離から投げ込まれる異次元の直球。

 さすがにスキルの存在を認識して意図して調整している俺より精度は低いが、小学生レベルで打てる訳がない。

 俺が彼との対決で打つことができたのは、キャッチャーとして受けて球質を十分理解していたから、というのも大きかった。


「……え、こんな直球投げれて、変化球も一通り投げれるの?」


 たったの1球。

 しかし、世代トップレベルの直球を見て、俺の言葉に現実味が出たらしい。

 驚きを通り越して半分引いたように陸玖ちゃん先輩が言う。


「何で、こんな学校に……」


 磐城君も戦慄している様子。

 瞳の奥に何かしらの感情が生じている。

 ……もっと驚いて貰えれば、空虚さも消え去るだろうか。

 そんなことを思いながら。


「じゃあ、今回の主題、キャッチャーが逸らし易いフォークから」


 俺は周りにそう宣言し、大きく振りかぶった。

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