044 【超早熟】の兄と【超晩成】の弟
今年もU12ワールドカップの時期がやってきた。
毎年授業の一環として教室でテレビ観戦してる訳だけど、今回は雰囲気が違う。
全国小学6年生硬式野球選手権大会で全国優勝した俺達のチームから、正樹が特別枠で招集されて出場しているからだ。
『さあ、ここで日本代表の切り札、瀬川正樹君に打席が回ってきました』
実況の声もいつになく弾んでいる。
U12ワールドカップ決勝戦アメリカ対日本。日本は後攻。
5回裏でスコアは0-7。
7点リードしていて1アウト1塁2塁という状況だ。
1打出ればコールドサヨナラとなる。
そこで正樹の登場。
これまでの活躍から実況席の期待も高まっている。
……まあ、ここで打っても打たなくても、普通に勝てるだろうけどな。
それでU12ワールドカップ優勝だ。
これは十数年振りの快挙になるらしい。
もっとも小学生レベルの国際大会は【生得スキル】ガチャの様相を呈している。
基本的に【早熟】や【超早熟】を持っている選手の人数が戦力に直結する。
だから、WBWとは異なり、割と色々な国が結構な回数優勝していたりする。
これに関しては、現時点でも100%不可能な目標ではない訳だ。
4年前に関しては完全に勝ち目なんてなかったけどな。
『ピッチャー、セットポジションから4球目、投げた! ボール! 瀬川正樹君はストレートのフォアボールで1アウト満塁となりました』
うーん。勝負を嫌がった感じがあったな。
まあ、いつもいつも劇的に決められるとは限らない。
最終回を6点以下で抑えられれば別に問題ない。
ここで点が入らなくても、ピッチャーは正樹なのだから大丈夫だろう。
……とは言え、正樹はちょっと持ってない感じがあるな。
今回は実力で押し切れるだろうけど、何だか少し締まらない終わり方だ。
『打った! しかし、セカンド真正面! ライナーでアウト! 2塁走者飛び出している! 2塁に送ってダブルプレーで3アウトチェンジ!』
結局3者残塁で最終回へ。
正樹がマウンドに上がる。
球数はまだ50球未満だから当然続投だ。それ以外ない。
相手は小学生とは言えアメリカ代表。
下手に交代して7点差を引っ繰り返されてはたまったものじゃない。
ペナントレースを見渡せば、そんな逆転劇は
『それにしても瀬川正樹君は恐ろしいですね』
『ええ。明らかに抑えて投げてこれですから』
急造のバッテリーだが、大会を通じてキャッチングに問題はなかった。
日本代表のキャッチャーが最低限の実力を有しているからというのも勿論ある。
しかし、そこは正樹自身がそう仕向けているのが大きい。
合流してみてヤバそうならこうしろとアドバイスしておいた部分だ。
正樹は大会を通して140km/h前後に抑えて制球重視で投げている。
テレビで見ている限り、キャッチャーの構えは微動だにしていない。
吸い込まれるようにミットの一番取りやすいところに収まっている。
代わりに何本かヒットを打たれてはいるが……。
まあ、それでも
果たして――。
『最後のバッター見逃し三振でゲームセット!! U12日本代表! 14年振りにU12ワールドカップを制覇しました!!』
うん。順当だな。
とは言え、そう思っているのは俺ぐらいだったようだ。
清原孝則達は愕然としているが、多くは純粋に羨望の眼差しを向けている。
尚、あーちゃんは視線をテレビに向けてるだけで意識は飛ばしている模様。
あの虚無顔……全く興味がない感じだ。
「兄さん……」
昇二も割と例外的で、歓喜の輪に加わっている兄を複雑な顔で見ている。
身近にいた存在が急に遠くへ行ってしまったように感じてるのかもしれない。
「双子なのに、こんなに差が……」
「昇二、気にするな」
休み時間に入っても自分の席で俯いている彼にフォローを入れようと近寄る。
繰り返しになるけれども、こればかりは仕方がないことなのだ。
本人には説明しようがないが、【生得スキル】が【超晩成】である以上は。
「お前が活躍するのはもっと先。大人になってからだ」
「でも……」
「才能が開花するタイミングは人それぞれ。そりゃあ早くから活躍してる人は眩しく見えるし、羨ましくなる。けど、それで焦ってペースを乱しちゃ駄目だ」
投げ出したくなったとしても、本当に投げ出してしまったらそこで終わり。
諦めなければ夢は叶うなんて欺瞞は口が裂けても言えないけれど、諦めたら夢は叶わないのは子供でも分かる真理だ。
まあ、夢というものは時に呪いにもなってしまうもの。
諦めなかった結果、破滅してしまった人もいるだろう。
失意の中、人生を後悔して死んでいった人もいるだろう。
もし【マニュアル操作】で相手のステータスを見ることができなかったならば。
もし昇二のように確実にものになると分かっている相手でなかったならば。
こんな風に説得してやろうなんて気には決してならない。
無責任なことはできない。
「それより昇二。ちゃんと勉強してるか?」
「え? あ、う、うん。やってる。けど、勉強なんて野球と関係あるの?」
「ある。俺を信じろ。6年生大会でも全国優勝したろ?」
「でも、それは兄さんのおかげだし……」
今一信用し切れないといった様子の昇二。
…………ふむ。
正樹が成長し過ぎてカタログスペックだけで言えば俺よりも上になってしまったから、相対的に少し説得力が弱くなってしまっただろうか。
それはちょっと困るな。
今後のために、色々と調整が必要かもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます