021 第27回WBW開催間近

 ファンタジーな異世界であれば、いざ知らず。

 ここは野球関連の諸々がおかしいことになっている以外は前世に近い世界。

 保育園レベルの狭い世界では、特別なイベントが起こる確率は低い。

 実際あーちゃんと出会えた以外、身近なところで特筆すべき出来事はなかった。

 強いて言えば、最近明彦氏がクラブチーム運営にやる気を出しているぐらいか。


 とは言え、世の中はイベント目白押し。

 俺が知らないだけで、今日も世界のどこかでは名も知らぬ誰かが乱痴気騒ぎをしていることだろう。

 ただ、この世界において最大の催しが何かと問われれば、誰に聞いても答えは同じになるはずだ。

 即ち4年に1度のスポーツの祭典。

 オリンピックではない。

 ……一応、オリンピックも存在してはいるけどな。

 そっちは今現在、大分下火になってしまっているようだ。


『WBW開幕を1週間後に控え、日本代表と福岡アルジェントヴァルチャーズとの練習試合が行われました。結果は5-2で日本代表の勝利。

 日本代表の調整はうまくいっているようですね』

『はい。今回はいいところまで行くんじゃないでしょうか』


 とある平日の夜。

 テレビのニュース番組を見て、俺は「ああ、そろそろか」と思った。

 WBW――世界World野球Baseball大戦War

 この世界における野球の世界一決定戦だ。

 前世にあったものと割と似通っているが、その結果が世界の趨勢を決めているだけに異なる部分も割と多い。

 まず参加国の数からして全然違う。

 国際的な発言力を得るのに必要であるため、ほぼ全ての国が参戦している。

 それだけに、人々の最大の関心事ともなっている訳だ。


『4年前はベスト8に終わってしまった日本代表。今回こそは決勝戦に残って欲しいものですね』


 アナウンサーの発言に小さく嘆息し、心の中で「そこは運次第だな」と呟く。

 単純に、決勝トーナメントでアメリカと同じ山に入ってしまったらまず不可能。

 そうでなければワンチャンある、という感じだ。

 今年で第27回を数えるWBWだが、全ての大会でアメリカが優勝している。

 この世界では、アメリカは絶対的な王者なのだ。

 だからこそ、アナウンサーも優勝して欲しいとは言わない。言えない。

 軽々しく口にすれば、身の程知らずと非難されるのがオチだ。

 それでも、WBWも野球そのものの人気も陰りを見せることはない。


 ……ある意味、呪いだな。野球狂神による。


「遂に始まるのですね」

「ああ。日本の威信を示して欲しいな」


 開幕がまだ1週間も先なのに、両親もソワソワしているぐらいだ。

 それは何も2人だけの例外的な反応じゃない。

 世の中の雰囲気もそんな感じだ。

 滅茶苦茶冷めている俺とは対照的だな。

 4年前。0歳児だった頃に開催された第26回WBWで現状の日本代表を見限った身としては、自分自身が出場する訳でもないのなら正直どうでもよかった。


 いや、一応初めて見た時はそれなりに真面目に観戦したんだよ。

 けど、決勝トーナメントでアメリカと同じ山に入り、フルボッコにされてベスト8だったのを目の当たりにするとどうもね。

 申し訳ないけど、勝てるヴィジョンが全く見えない。


 サッカーなどとは違い、野球はどんな弱小球団でも3割は勝てると言われる。

 実際、ペナントレースの結果を遡って見ていくとそんな感じだ。

 勝率6割ぐらいで優勝できるスポーツは野球ぐらいとも聞く。


 けれど、それはあくまで最低限の能力を持つ選手が所属する、一定レベル以上のチームで構成されたリーグ内での話だからに過ぎない。

 子供とやって負けるプロなど存在いない。

 それぐらいの差が、テレビ越しでも分かった。

 分からせられてしまった。


 このアメリカに勝つって?

 俺1人じゃ絶対に不可能だ。

 現行の日本プロ野球のトッププレイヤーを優に超える選手が最低9人は必要。

 その事実を証拠つきで突きつけられた気分だった。


『さて、本日は日本代表の若きエースピッチャー、注目の22歳、永原和之選手について特集を――』


 ……チャンネル変えたいなあ。

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