第51話 森の奥のアジトで
見るからに粗末な木の柵には、ところどころ小さな傷が刻まれている。
中には折れかかっているようなものもあるように思える。
……雑な造りだけど、ちょっとした砦みたいだな。
視線を上げると、物見やぐらのようなものまで見える。
そうして辺りの景色に目を向けていると、柵の向こうから衛士のような者たちが槍を手に近寄ってきた。
「何者だ……?」
なんとも剣呑な空気の二人組に、ついこちらも身構えてしまう。
とはいえ、一応俺たちは窮地を救った命の恩人だ。
それをきちんと説明してくれたようで、何度かのやり取りの後、なんとかこちらに向いていた矛先が下ろされた。
「どうする?
「うーん、俺たちじゃどう対応すりゃいいかわかんねえからなぁ……」
しばらく顔を見合わせた衛士二人は、首を捻って唸り出す。
結局、二人では答えが出せずに、一度、ここの
つまるところ、体のいい丸投げだ。
しかし、丸投げされたことで柵の中――彼らが『拠点』と呼ぶ場所の中に入れることになったのだ。
……亜人種の集落より、もっと急ごしらえって印象だな。
柵の内側には、亜人種の集落と同じく簡素な家屋が立ち並んでいるのだが、どこか粗が目立つ感じがする。
どちらかと言えば『長く定住する』というよりは『一時的に雨風をしのげればいい』という思いが透けて見えるよう。
そんなことを考えながら進んでいると、すぐに一番奥にあるテントのような形の家までたどり着く。
すると、そこからちょうど顔を出した中年男性と目が合って、足を止めた。
「……誰だ、テメェら?」
「か、頭。この人らは、魔物に襲われてた俺らを助けてくれまして……」
「チッ……、得体の知れねえヤツを易々と招き入れやがって……」
どうやら、あまり歓迎はされていない様子。
それでも恩人ということで、頭と呼ばれた中年男性は軽く頭は下げていた。
「一応は礼を言ってやる。だが、残念だったな。どうせ金目当てだろうが、どこの馬の骨ともわからねえヤツらにくれてやる金なんざ銅貨一枚たりともねえよ。わかったら、さっさと出て行きな」
ずいぶん失礼な物言いだ。
あまりに礼を欠いた態度に、さすがのマリアも顔をしかめている。
イヅナなんて今にも飛びかかりそうなぐらいには気が立っているのがわかる。
ドラグだって無言ではあるが、微妙に不機嫌そうな顔にはなっている。
……さて、どうしたもんかなぁ。
どうやって三人の怒りを鎮めようかと頭を悩ませていると、ふと俺たちの横からひとりの女性が進み出てきた。
「お頭さん。もう日も暮れますし、今日ぐらいはここに泊まっていってもらったらどうですか?」
「……オイ、こんなヤツらを信用するってのか? どうせこの連中も散々甘い顔を見せておいて、最後にゃ俺らを騙すつもりしかないだろうに」
「そうと決めつけるのもよくありませんよ、お頭さん?」
柔らかな態度の中にも、芯のある声でお頭と向き合う。
結局、最後に折れたのはお頭の方だった。
「チッ、好きにしやがれ……」
面白くなさげに吐き捨てると、また家の中へ戻っていこうとする。
しかし、ふと思い出したように振り返って、こちらを睨みつけてきた。
「ただし、使わせんのは外れにある一軒だけだ。監視もつける。そこから一歩たりとも自由に出られると思うな?」
そう言い残すと、今度こそ家の中へ。
残された俺たちは、取り合ってくれた女性の案内でその外れの家に案内されることとなった。
案内されたのは、雑な造りの拠点の中でも、特に状態の悪い家。
家屋の形に組まれた木材にはツタが絡まったり、ヒビが入ったりと、手入れなんてされていないように思える。
まるで、長年放置されていたような有様だ――。
……そっか。元々あったこの家の周りに拠点をつくったのか。
となると、やっぱりこの拠点は急ごしらえで間違いない。
そんなことを考えていると、家の中に通される。
家の中は小さなひとつの部屋のみ。なんだか湿気臭い。
「すみません。命の恩人をこのような場所に押し込めてしまい……」
「い、いえ、滞在できるよう掛け合ってくださっただけでもう……」
互いに頭を下げ合うマリアたち。
ひとしきり謝罪合戦を終えた後、女性は家から出るように玄関の扉に手をかけた。
「では、私たちは玄関の外で待機していますので、何かありましたらお声がけくださいね?」
最後にそう言い残し、女性は家の外へと出て行った。
もうかなり暗くなってきていたこともあり、すぐに全員眠気がやってきて、寝息を立てはじめる。
しかし、俺だけは玄関の扉に背を預けて、家の外の様子に気を配っていた。
……外にはひとり。他には誰も人影はなさそう、かな。
扉越しに気配を読み、異常がないか精霊たちにも探ってもらう。
すると、扉の向こうから声が飛んできた。
「――眠れないのですか?」
声の少し後、ゆっくりと扉が開けられる。
隙間から顔を覗かせた女性は、外から「こっちにきて」と言うように手招きしてきた。
身体を滑り込ませるようにして外へ出ると、頭上には満天の星空が広がっていた。
「重ねてにはなりますけど、本当にありがとうございました」
「いや、俺はそこまで大したことはしてませんよ」
軽く言葉を交わし合うと、またすぐに沈黙が訪れる。
しばらく無言の時間に耐えた頃、じっと星空を見上げる女性にひとつ問いかけてみた。
「ひとつ、聞いても?」
「……この場所が何のための場所なのか。我々が何を目的にした集まりなのか。ですね?」
「ええ、まあ」
だが、女性は目を閉じて、ゆっくり左右に首を振る。
「私はその答えを口にしていい立場にありません。ですが――」
そこで一度区切ると、何か企むような意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「ちょっと、盛大な独り言をこぼしたい気分なんです。それぐらいはいいですよね?」
一瞬、面食らって言葉に詰まる。
が、すぐに口の端を緩めて首を縦に振った。
「では、失礼して……」
そう前置きしてから、星空に向けてあまりにも大きな独り言を口にしはじめる。
「実は私、ここから山ひとつ越えた先の村に住んでいたんですけど、少し前から一緒に住んでいた妹が行方不明なんです。『王都でいい仕事を見つけたから』って村を出て、それっきり……」
必死に取り繕っているけど、その声は少し震えているように感じる。
「この拠点に集まった人は皆、王都での行方不明事件に親しい人たちが巻き込まれているんです。それも、その事件を何者かに揉み消されたという共通点まで持って」
「揉み消された……?」
独り言という建前を忘れ、つい聞き返してしまう。
すると、女性は視線を落として、陰のある表情でこう答えた。
「皆、王都の衛兵たちに捜索してくれるよう掛け合いましたが、『そんな行方不明事件なんてものはない』と突き返されたのですよ」
……なるほど。それで揉み消されたと。
納得していると、彼女はふと思い立ったように「そうだ」と声をあげた。
「そういえば、まだ何を目的にした集まりなのかの話をしていませんでしたね」
そう口にした直後、女性はとんでもない言葉を吐いた。
「――我々は行方不明事件を揉み消した首謀者への報復のため、王都へ襲撃をかけるべく集まった武装集団なんですよ」
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