第48話 王都の貧民街

 マリアの協力者であるアンゼルムに拠点を用意してもらってから数日。

 俺とイヅナは二手に分かれて町で情報収集を行っていた。ちなみに、マリアとドラグは屋敷で留守番中だ。


「ここ最近の身の回りで起こった事件?」

「うーん、二軒隣のパン屋が三日ぐらい前から急に臨時休業になったこととか?」

「他って言われても、ここ最近は平和そのものだからなぁ……」


 酒場に立ち寄ってみたり、食料調達のついでに話を聞いてみたりするも、どこもだいたいそんな答えが返ってくる。


 ……『行方不明事件』なんて単語は一回だって出てこなかったな。


 隠れ里に住む精霊たちから聞いた話とは真逆。

 店が潰れた。子どもが怪我をした。雨続きで洗濯物が乾かなくて大変だった。

 そんな平和極まる話ばかりだ。


「なんて言うか、ちょっと違和感があるんだよな……」


 たとえこの付近で起こっているわけじゃなくても、行方不明なんて事件が何度も立て続けに起こっていれば、自然と耳には入ってくるはず。

 それが一切ないというのは、あまりにも不自然だ。


 話の乖離具合に眉尻を下げていると、遠くの方から精霊たちが飛んでくるのが目に入る。


『ごれんらく、ごれんらく~!』

『ゆくえふめーじけん、なし! いじょー、なし! だって~』

『おっかしいな~、おかしいな~』


 別行動をとっているイヅナからの伝言だ。

 どうやら向こうもこちらと同じでこれといった収穫はないよう。


 しかし、そうなると余計に不可解だ。


「事件が起こっていても、この町に情報が届かない場所……――」


 そう考えたとき、たった一か所だけ心当たりがあった。


「――貧民街スラムか」


 あそこで起きた事件なら、余程のことがない限りこんな街中まで情報が届いては来ないだろう。


 今日隣にいた人が、明日は姿を消している。

 あそこはそんなことが当たり前に起こりえる場所だ。

 誰も人が連続で姿を消した程度で、そこまで騒ぎ立てることはないだろう。


「……行ってみる価値はありそうだな」


 一度頷くと、踵を返して貧民街の方へと足を向けた。


 足を踏み入れた貧民街には、瘦せ細った人々が道の端の方で座り込んでいたり、ゴミが乱雑に地面に投げ捨てられていたりと、街中に比べたらずいぶんと清潔さに欠ける印象を受ける。


 ……さて、どこで情報を集めるかな。


 たぶん、道端に座り込む人たちに聞いても知りたい情報が聞けるとは思えない。

 とはいえ、どこでなら話が聞けるかと言われると……。


「とりあえず、奥の方まで歩いてみるか」


 そう決め、ゴミや瓦礫を踏まないように慎重に奥へと進んでゆく。

 しばらく何事もなく進んでいると、不意に機嫌の悪そうな声に呼び止められた。


「……おい、あんた。よそもんが何の用だよ?」


 振り返ると、小汚い身なりの短髪赤毛の勝ち気そうな少女がこちらを睨みつけている。


 ……穏便、って空気じゃないな。


 あまりに剣呑な気配に思わず身構える。

 すると、少女の声を聞きつけたのか、その後ろから十人前後の同じような恰好の少年少女が群がってくる。


「おい、なんだァ? こいつ」

「こいつなの、リーダー?」

「かもな、見るからに怪しいし。ここの人間じゃないのは確かだ」


 どうやら赤毛の少女がこの少年少女らのリーダー格のよう。

 しばらく作戦会議のような会話が続いた後、赤毛の少女が一歩進み出てきた。


「まあ、なんでもいい。どのみち痛い目みればしゃべりたくもなるだろ?」

「何の話かわからないけど、荒事は勘弁願いたいね」


 苦笑しながら、足元を確かめるように何度か踏みしめる。


 そうしていると、直後、赤毛の少女の後ろからぞろぞろと取り巻きたちが俺を取り囲むように出てくる。


「……仕方ないなぁ」


 血の気の多い連中だと呆れながら、俺は周りをチラリと窺う。


 ……武器はなし。全員、素手か。


 ならば、と俺は剣を召喚しようとしていた手を、軽く握り込んで構える。


 こうしていると、師匠との訓練の日々を思い出す。

 もっとも、俺の立場はあの頃とは逆――師匠の側だ。


 だからこそ、師匠を憑依させたように芝居がかった物言いで不遜に告げてみせた。


「さ、かかってきたまえ、未熟者ども――」


 かかってこい、と手を招いてやると、明らかに向こうの怒りのボルテージが上がってゆくのがわかる。

 しばらく様子見を決め込んでいると、一番大柄な少年が猛スピードで突進をしかけてきた。


「オラァ!」

「ふんふん、力はまずまずっと」


 余裕たっぷりで大振りの拳を躱す。

 すると、その少年の裏から急に姿を現した小柄な少女から、こちらの足首を刈り取ろうとする鋭い足払いが飛んでくる。


「おぉ……!」


 意外に連携がしっかりしていて、思わず感嘆の息を漏らす。


 しかし、それを舐められていると感じたのか、さらに怒気にまみれた形相へと変貌させると、より攻撃の波が大きく苛烈になってくる。


 少年たちの力任せの突進の隙を埋めるように、少女たちの搦め手が俺を襲う。

 ひとつひとつは大したことないが、連携となると存外面倒に思えてくる。


 ……まあ、対処は簡単だけど。


 まずは大柄な少年の拳を、わざと避けずに受け止める。

 あとは、陰から飛び出してくる少女の方へ少年の重心をズラしてやり、共倒れさせれば一件落着。

 その作業を人数分行えば、もう立っている者は俺とリーダー格の少女の二人だけだ。


「さ、あとは君だけかな、お嬢さんレディ?」


 大仰な身振りとともに、地面を転がる少年少女らから赤毛の少女へと視線を移す。


「ほんっと情けねぇな、オメェら……」


 呆れるような口調で、赤毛の少女が進み出てくる。

 首を鳴らし、拳を何度か確かめるように握り、俺の目の前へと。


 そして、突き刺すような鋭い視線を投げつけてきた。


「――落とし前、つけてもらうぜ?」


 獰猛な笑みを浮かべた後、彼女は一直線に駆け込んでくる。

 そのまま何度か鋭い打撃を繰り出してくるが、俺へと届かせるには少し軽い。


 ……ちょっとだけ、期待外れだったかな。


 そう結論づけると、早々に終わらせようと一歩踏み出す。


 と、そのときだった。


「もらったァ――ッ!」

「うおっ……!?」


 締め方の甘い脇腹へと繰り出した拳に、逆に飛びついてきたのだ。

 そこから地面に引きずり込まれるようにして倒されると、関節を極め、締め上げてくる。


「終わりだ。おい、テメェ。あんま暴れっと折るぜ?」


 勝ち誇った笑みを浮かべる赤毛の少女。

 しかし、その顔を見上げた俺の口元には不適な笑みが貼りついていた。


「何が終わりだって?」

「あァ?」


 少女が呆けた瞬間を見逃さず、素早く右側の肩から先を外す。

 そして、今度は逆に少女の腕をとり、彼女と同じ技でその細腕を締めあげてみせた。


「えっと、何だったか? そうそう。『終わりだ。あんま暴れっと折るぜ?』だったか?」


 俺の勝利宣言に、少女は苦い表情を浮かべていた。

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