第39話 ともに手を取り合って

 巨大な魔物二体を相手取ってから、どれぐらいが経ったんだろうか。


 すでに陸はすぐ背後にまで迫っている。

 対して、見上げる敵たちの身体には、ほとんど目立った外傷は見受けられない。


 触手を切り落としてもすぐに生え変わるあの回復能力のせいだ。


 とはいえ、先に大蛇を狙おうとすると、巨大イカが盾になってその攻撃を防いでくる。


「……ははっ、まさか魔物が連携をとるだけでこんなに厄介だとは思わなかったよ」


 乾いた笑いをこぼしながら、海面に膝をつく。


「軽い攻撃では回復される。重い一撃を放とうとしても、二体が連携をするせいで魔力を十分に収束させるだけの時間をつくり出すことも難しい」


 口に出してみて再認識するが、あまりにも手詰まりの状況だ。

 向こうが二体で連携してくるなら、とこちらも精霊竜を読んでみたのだけど……。


『ぬぅ! 龍もどきの分際で……!』


 大蛇に向かって暴風を浴びせる精霊竜だったが、そのたびに海中に潜って攻撃を避けられて、いまいち決定打に欠けている状況が続いている。


「海中にまで届く強力な一撃を繰り出せればなんとかなるはずなんだけど――……チッ!」


 立ち止まっていると、横合いから触手が降ってくる。

 せっかく精霊竜に大蛇を抑えてもらっていても、もう一体が自由に暴れまわれるんじゃ、じっくり策を練ることすらできない。


 ……本当に厄介なものを喚び出してくれたな、ユウヤのやつ!


 襲いかかる触手の連撃をバックステップで躱しながらなんとか突破口を見出そうとするが、捌きに集中して頭が回らない。


 こっちの劣勢に乗じて、触手の連撃はさらに苛烈になってゆく。

 そうして堪らずさらに飛び退いた瞬間、足の裏に届く海面の揺れがなくなったことを感じた。


「くそっ、もう陸が……!」


 これ以上は引き下がれない。

 ここが最終防衛線デッドラインだ。


 意を決して剣を持つ手に力を籠めた瞬間、背中越しに少し高めの声が響いてきた。


「――お待たせいたしました、レオンさん!」


 振り向くと、そこには息を切らして膝に手をつくマリアの姿があった。


「マリア……!」


 少し息を整えてから、マリアはこちらの声に手を上げて応える。

 すると、その後ろからさらに島民たちが次々と駆けてくるのが見えた。


「……本当に協力を取り付けたんだな、マリアは」


 彼女が無事成し遂げたことに驚きを隠せない。

 だけど、ひとつ気になることがある。


 ……誰も武装をしていない?


 最初は武器や防具を用意している余裕がなかったのかとも思ったが、素手で魔物に挑むような無謀をマリアが許すことはないだろう。

 なら、魔法を主体に戦うつもりなのか……?


 疑問に首を傾げていると、マリアが一歩前に進み出てきた。


「見なさい。あれがこの地を侵さんとする魔物たちです」


 今も精霊竜と戦う魔物たちを指さす。

 その瞬間、島民たちの方から息をのむような音が生まれる。


「――恐ろしいですか?」


 まるで彼らの中に芽生えた恐怖を見透かしたかのようなそのセリフ。

 それを口にした彼女の口元には、薄い笑みが浮かべられていた。


「かの者たちは我らの領土を踏み荒らし、大切なものを壊し、我らが紡いできた思い出の場所すらも瓦礫の山へと変えることでしょう。それを許容できるというのであれば、恐怖に震え、逃げ出すことを許しましょう」


 いつものマリアと違い、あまりに不遜な物言い。

 その言葉に、ポツポツと島民たちからつぶやくような声が上がり始める。


「そんなの、嫌に決まっているだろう」

「ああ、ここは我らの島だ」

「はじまりの神様に精霊様たちがおられる、大切な島よ」

「ああ、そうだ! たとえ素手であっても戦うぞ!」


 怒号のように上がる声を背に受け、マリアはホッとしたような表情を浮かべる。


「……良かった」


 そうつぶやくと、一歩踏み出す。


「では、参りましょう」


 言いながら、さらにもう一歩。


「戦う勇気がないというのであれば、わたくしが眠れる勇気を思い出させてあげましょう。戦う力がないというのであれば、わたくしが抗い立ち向かう力を与えましょう」


 両手を広げ、ついてこいと言わんばかりに魔物へと歩いてゆく。


「その代わりに、命じます」


 凛とした声で告げる。


「我らの平穏を脅かす者どもをほふりなさい。我らの居場所を踏み荒らす者どもを葬り去りなさい。そして――」


 一拍溜めて、最後に一番大事な命令を口にした。


「――必ず大切なものを護り抜きなさい」


 その瞬間、島民たちの身体を光が包み込んだ。


 光が止んだ後、目に入ってきたのは、身体に纏う鎧とその手に握られた様々な形の武器たちだった。

 しかし、そのどれもが尋常のものではない。


 鎧も武器も透き通っていて、後ろの景色や服なんかが透けて見えている。


「……もしかして、あれは魔力でつくられた武具なのか?」


 目を凝らすと、あのひとつひとつが精霊たちと同じオーラのようなものを醸し出しているのがわかる。


「さあ、行きましょう。かの不届き者どもの喉笛を切り裂き、この地に平穏を取り戻すために」


 武装した彼らを先導して、マリアが敵へ向かう。

 その姿はさながら、軍を勝利に導く戦女神のようだった。


「「「うおぉぉぉ――ッ!」」」


 雄たけびの後、島民たちが続々とマリアを追い越してゆく。

 向かう先は、精霊竜が抑えている大蛇。


 まず最初の攻撃は、弓による射撃や、杖を使った炎や雷などの魔法。

 それらを嫌がった大蛇が身をくねらせて海中に潜るが、そこに武器を弓や杖から槍に変化させた島民たちが追い打ちをかける。


「伸びろっ!」


 海中に突き刺した途端、槍が大蛇へ向かって伸び始めたのだ。

 たまらず海上へと顔を出した大蛇が尾を叩きつけてくるが、槍を大盾に変化させた島民が軽く防いでみせる。


「そんなの効かねえよ!」

「……すごい」


 自在に武装を切り替えて戦う、何にも縛られない自由な戦い方。

 この力をすべてマリアひとりが与えているというのだろうか……?


 ふと、師匠から聞いたことを思い出す。


 ――精霊魔法は“想いの魔法”だ、と。


 マリアの強い思いに精霊たちが呼応して、島民たちに魔力で編んだ鎧と武器という戦う力を与えたんだろう。


「ははっ、これが君の言葉ちからが起こした奇跡か」


 おかしくなって、思わず笑いがこみあげてくる。

 しかし、すぐに気を取り直して、俺ももう一体の魔物へと向き合った。


「こっちもそろそろ決着をつけるか」


 いつの間にか、大蛇はオラティオーだけで抑え込んでいて、巨大イカの方は精霊竜が足止めをしてくれている。


 今なら、強大な一撃を放つための時間がつくり出せる。


 まずは腰を落とし、左足を引いて半身を切る。

 そして剣先を後ろに下げ、腰の横あたりで構えをとる。


 あと必要なのは、想い。


 ただ相手を斬る。相手の回復能力すらものともせず、攻撃を通すという強い想いだ。


「さあ、幕引きだ――」


 横薙ぎに、一閃。

 その一撃に巨大イカの無数の触手がすべて切り落とされ、本体にまで深い傷をつける。


 次の瞬間、斬った傷口から炎が生まれた。


 魔物の身体は回復しようとするが、炎がそれを拒み、逆にその身体を蝕んでゆく。


「……ふぅ、向こうも終わった頃かな?」


 燃え尽きてゆく巨大イカから視線を切り、もうひとつの戦場へ目をやる。

 すると、同時に向こうからも勝どきのような雄たけびが轟いてきた。

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