第35話 暗躍する影

 そこそこに整備された山道を進み続けること、二時間ほど。

 俺たちは木陰で少しの間、休息をとっていた。


「二時間で三十体か、長老に聞いてた話より随分と多いな……」


 元々、この山の付近では、魔物の出現は一か月に数体が関の山らしい。

 そのたびに騎士団が討伐に出ているそうなのだが、それが今では一日で数十体の魔物が出る。

 しかも、そういった場所が何か所も確認されているのだ。


 ……これじゃ、討伐の手が足りなくて当然か。


 早くこの原因を突き止めないと、と再認識する。


「そういえば、レオンさん。魔物とは種類が違うものであっても、同じ巣から発生するものなのでしょうか?」

「……ん? 別の種類の魔物は、基本別の巣をつくるはずだけど――」


 どうしてそんなことを聞いてきたんだろうと、首を傾げる。

 すると、マリアは覚えた違和感を口にした。


「では、どうして皆、同じ山頂の方からやってくるのでしょうか?」


 たしかに、言われてみれば今日遭遇した魔物たちは山頂から麓へと下りてきていたように思える。

 ただ、そんな小さな違和感なんて、言われてみるまでまったく気がつかなかった。


 ……戦う力がないなんて言っているけど、こういう細かなところに気づけるのはまた違った才能だよな。


 短く息を吐くと、腰をゆっくりと上げ、立ち上がった。


「よしっ。じゃあ休憩はこのあたりにして、山頂の調査に行こうか」


     ◇ ◆ ◆ ◇


 山道を登りはじめて、たった数分。

 休息を挟んだばかりだというのに、またマリアは見事にダウンしてしまっていた。


「きゅ……きゅう、けい……し、ましょ……う……れお、ん……さん……?」

「いや、さっき十分休憩したばっかりだって」


 ツッコミを入れつつ、肩をすくめる。


「でも……もう、あるけな……」

「はぁ、仕方ないな」


 ため息をついた次の瞬間、ふわりとマリアの身体が浮き上がる。


『では、ぼくたちがさんちょーまでごあんなーい!』

『おうじょいちめいさま、ごあんなーい!』

『ごーごー!』

「え、ちょっ……まっ……!?」


 空中で足をバタバタと動かして抵抗するも、空中からは下りてこられない。


「うん、ちょうどいいじゃないか。じゃあ、そのまま山頂までお願いするよ、みんな」

『『『あいあいさー!』』』

「だから、ちょっと待ってくだ……ひぃぃぃ――っ!」


 そして、今までの遅れを取り戻すかのように、そのまま宙に浮かべられたマリアは、猛スピードで進みだしたのだった。




 山頂にたどり着いた先にあったのは、ひとつの洞窟。

 しばらく穴の様子を眺めていると、そこから魔物たちがぞろぞろと溢れ出してくる様が目に入ってきた。


「大蛇、巨猿、小鬼、獅子に蝙蝠……と。色々詰め込みすぎだろ、これ」


 数十分見ているだけでも、様々な種類の魔物が穴から出てくるのが確認できる。


 だが本来、同じ巣には同一の魔物しか生息していない。

 やはり、マリアの覚えた違和感に間違いはなかったようだ。


「さあ、中はどうなっているんだろうな、っと……」


 膝にぐっと力を入れ、立ち上がる。


「じゃあ、行ってくる」

「れ、レオンさん! さすがにあの魔物たちの中に飛び込むのは――」


 軽く跳んで、獲物を探す魔物たちの中心地に飛び込む。

 すると、今までキョロキョロと辺りを見回していた魔物たちの視線が、一斉にこちらへ固定されたのを感じた。


「ギャッ? ギャギャギャギャ――ッ!」

「グルァァァァァ――ッ!!」

「……うるせっ」


 まるで格好の獲物を見つけたかのように目をギラつかせる魔物たちに嫌気が差しつつも、ゆっくりと腰の長剣を引き抜く。

 そして、それを構えることもなくだらりと下げたまま、まずは小鬼と向き合う。


「……レオ……さ……! 危な……で……逃……て……!」


 後ろの方から何やらマリアの叫んでいる声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。


「じゃあ、まあ軽く片づけるか」


 笑みをつくって、剣を握る手に力を籠める。

 その直後、俺が小鬼を両断した瞬間、戦端が開かれた。




「……あの……夢なんでしょうか、これ?」


 数分後、無傷で戦闘を終えた俺を見たマリアの第一声がそれだった。


「ほら、呆けていないで早く中を調べよう。次、いつ魔物が出てくるかわからないしな」

「は、はい!」


 後ろから駆け足で寄ってくるマリアの足音を聞きながら、洞窟の中を覗き見る。


「みんな、少し中を見てきてもらえないかな?」

『あいあいさー!』


 洞窟の浅い部分には、魔物の影は見えない。

 その後、精霊たちに深層まで見てきてもらうが、それもすぐに精霊たちの報告によって魔物がいないことがわかった。


 しかし、ひとつおかしなことがあったという。


「……魔法陣、でしょうか?」


 洞窟の奥、その壁に血のように赤黒い光を放つ魔法陣が描かれていたのだ。


『なんかこれ、いや~なかんじ~……』

『まものとおんなじかんじ~……』


 精霊たちのその言葉で確信した。


「――なるほど、これが魔物大量発生の原因か」


 そっとなぞるように魔法陣に手を触れる。

 すると、一瞬光が弾けたと思うと、魔法陣の赤黒い光は徐々にその輝きを失っていった。


「……ん。これは、文字?」


 魔法陣の光が消えた後、そこに何やら文字のようなものが刻まれていることに気づく。


「『無駄な努力、ご苦労様』……?」


 指でその文章をなぞりながら、丁寧に読み上げてゆく。

 そして、その文末には、見覚えのある名前が添えられていた。


「――『レオナルド・ウォーロックより』」


 刻まれた名前に、思わず目を見開く。


 ……これも全部、お前の仕業か。ユウヤ。


 舌打ちをして、その文章を睨みつける。

 すると、マリアが駆け寄って、背中越しに手元を覗き込んできた。


「レオナルド……、あの騎士の名がどうしてこんなところに……?」


 わけのわからないことだらけだ。


 どうしてあの島であんな騒ぎを起こしたのか。

 どうして優勢だったにもかかわらず、すぐに撤退したのか。

 どうして意図的に魔物を大量発生させたのか。

 どうして『無駄な努力』なんて文言を書き記したのか。


 ひとつとして答えが出ていない。


 だが、なんとなく嫌な予感がした――。


「マリア、戻ろう。今すぐに」

「へ? 戻るというのはあの集落に、ですか?」

「ああ、今回の事件、何かがおかしい……!」


 それだけ告げると、マリアの腰を抱くように手を回す。


「ちゃんと掴まっていてくれよ……っ!」

「へ、レオンさ……――」


 その瞬間、背に風を収束させ、一気に爆発させる。

 生まれた爆風によって加速を得た俺は、そのまま超高速で洞窟の外へと駆け出した。


「ひぃぃぃぃぃ――っ!?」


 マリアの悲鳴すらも置き去りにするほどの速度で、来た道を全力で駆け戻る。


 全速力で駆けること十数分……。

 集落へと戻ってきた俺たちは、そこで長老からの衝撃的な一言を耳にした。


「う、海の向こう――オラティオーの島付近に、巨大な魔物の影が現れました!」

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