第15話 脱出口を探して

 ダリオの家に匿われてから一週間が経過した。


 この一週間、顔を知られているマリアはまったく外出することなく身を潜め、俺とダリオは外での情報収集を担当していた。


「よしっ。じゃあ今日も頼むわ、みんな」

『はいはーい』

『おまかせおまかせ~』


 幸い、俺はフードやローブのおかげで、マリアの協力者だとバレてはいない。

 おかげでこうして外に出て情報が集められるというわけだ。


 ……とはいえ、警備が甘くなったわけじゃないんだけど。


「さて、今日はどこを見て回るか……」


 精霊たちには、警備が特に厳重な門や詰め所付近を見てきてもらっている。

 ダリオはどこを調べているのかわからないが、きっと冒険者としての独自の情報網でもあるのだろう。


「……冒険者かぁ」


 そうだった。俺も冒険者になったんだ。


 だけど、冒険者になりたての俺にはそんな情報網なんてないし、情報を仕入れる先となれば――。


「冒険者ギルド、かな」


 となれば、行く先は決まった。

 あれ以降、ギルドにも行っていないし、ちょうどいいかもしれない。


 そうして向かったギルドには、前回、受付をしてくれたエマさんがまたカウンターに立っていた。


「あっ、レオンさん!」

「どうも」


 軽く頭を下げ、カウンターに向かう。

 どうやら、ちょうど他の冒険者たちはいないみたいだ。


「今日はどうされましたか? 依頼を受けに?」

「ああ、そういうわけじゃないんですけど……」


 違う、と手を振って否定する。

 すると、エマさんは少し考えこんだ後、周りをきょろきょろと見渡して、こちらに顔を近づけてきた。


「……もしかして『灰の魔女』、見つかりましたか?」

「――っ!?」


 まさかの言葉に、一瞬、言葉を失う。


「どうして、そんなことを……?」

「ああ、いえ。この間、レオンさんなら『灰の魔女』を捕まえられるかも~……と言ったじゃないですか。ですので、もしかしたら、と」


 なるほど。俺が協力者だとバレたってわけじゃなくてひと安心だ。


 ひそかにホッと胸を撫で下ろす。

 すると、さらにエマさんは小声で続ける。


「その『灰の魔女』について、新情報がありまして。実はここだけの話なんですけど――」


 そう前置きしてから、エマさんは『灰の魔女』ことマリアについての情報を語り始めた。


 まずは、少し前、マリアがこの町に入ったこと。

 そして、この町で協力者とともに警備兵相手に大立ち回りを繰り広げたこと。

 あと、その後は行方をくらませていること。


 エマさんたち冒険者ギルドが掴んでいるのは、それぐらいの情報だった。


「――そういうわけで、まだ厳戒態勢は解かれていないんです」

「なるほど、そういうことが……」


 まだマリアの居場所がバレていないことはホッとした。

 だけど、厳戒態勢が敷かれたままなのは、かなり状況が悪い。


 ……このままじゃ、この町から出るのも難しいな。


 顎に手を当てて考えていると、ふとひとつの疑問が頭をよぎる。


「そういえば、エマさんはここで働いて長いんですか?」

「え? まあ、もうかれこれ10年ほどは……って、そんなオバサンじゃないですからね!?」

「あ、いや、そうは言ってない、んです……けど……」


 エマさんの圧にやられて、数歩さがる。


「な、なら、ダリオって人に覚えはないですか?」

「ダリオさん、ですか?」


 そう言いながら、不思議そうに首を傾げる。


「えと、『灰の魔女』探しをしているときに、ちょこっと助けてもらいまして……」


 よく考えれば、助けてもらったのに、ダリオのことをよく知らないことを思い出した。

 冒険者なら、エマさんが何か知っているかもしれない、と思ったのだ。


「ああ、そうだったんですね! そうですね、ダリオさんは一言で言うと、『妹さん第一』って方ですね」


 ダリオの妹の、あの痩せこけた顔を思い出す。

 寝たきりの妹を治療するために冒険者をしていると言っていた。


 たしか、マリアを助けた理由も「妹に似ているように感じたから」だった。


「妹さんが難病らしくて、いつも治療費を稼ぐために報酬の高い仕事ばかりを受けているんですよ」


 だから『灰の魔女』捜索中に出会ったのかもしれないですね~、とエマさんがひとりで納得している。


「けど、それぐらいしか印象がないんですよね~。寡黙な方ですし……」

「……ああ、それはまあ、たしかに」


 受け答えも必要最低限。

 ギルドでも、あの通りマイペースで、必要以上に喋ることはないようだ。


「えっと……」

「ん? どうかしました?」


 ……え、それだけ?


 エマさんはただ微笑んで首を傾げるばかりだった。




「結局、よくわからないままかぁ」


 マリアと俺の協力関係がバレていないことがわかったのは、大きな収穫だ。

 それに、まだ居場所も「この町のどこかにいる」ということぐらいで、はっきりとは知られていないのもわかった。


 けど、ふと気になったダリオのことについては、まったく何もわからないままだった。


「妹のエルマを第一に考えているのは理解できたけど……」


 別にダリオを信用していないわけではない。

 それでも、まだどこか意図が読めない。


 ……まだ、心の奥で何かが引っかかっている感じだ。


「うーん、一旦戻ろうか」


 精霊たちが戻ってくるのは、もう少しかかるだろうし、その間にダリオが集めた情報を整理するのもいいかもしれない。


「……でも見つかれば問題は解決なんだけどな」


 まあ、そんな都合のいいもの、見つかるはずもないか……。


 頭を掻きながら、ダリオの家へと急ぐ。

 大通りから路地に入り、入り組んだ道を行く。


 そして、家まであともう少し、となったところで、胸にざわつきを覚え立ち止まる。


 ……空気がピリついている。


 腰を落とし、剣の柄に手を添える。

 この空気の張りつめた感じ、騎士だった頃に覚えがある。


 ――これはの空気だ。


「どうして、こんな路地裏で戦場と同じ空気が……?」


 つい数時間前までは、もっと穏やかな空気が流れていた。


 俺がダリオの家を出ていた数時間に、いったい何があったんだ……?


 足音を限界まで殺しながら、路地をさらに奥へ。

 そして、ダリオの家に至る道の最後の角を曲がった瞬間、目に飛び込んできたのは血の赤に染まったダリオの姿だった。


「……ッ!? 無事か!?」


 力なく壁にもたれかかるダリオに近づき、身体の状態を確認する。

 全身に刃物で斬りつけられたような傷はあるものの、どれもそこまで深くはない。


 ……ひとまず、命にかかわることはないな。


「……レオン、か」

「ダリオ、何があった?」


 その言葉に、ダリオは少し目を逸らす。

 そして、しぼり出すようにポツリとつぶやいた。


「……すまん。嬢ちゃんが、連れていかれた」

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