Episode20:突入

 隠れ家から飛び出した数十分後。


 3人はエナが捕まっているという宿屋の近くで身を潜めていた。

 周囲が城内で起きている事態によって騒然としている中、この宿屋だけは別世界にあるかのようにシンと静寂に包まれている。

 だが、建物を包む魔法の壁は以前に来た時よりも遥かに厚くなっている事を若菜は感じていた。

 間違いなくここで何かが行われている、若菜は不安と覚悟を心の中に持たざるを得ない。

 冬依もまたこの不気味な建物を前にして息を飲んでいた。

 確かに自分は昔に比べ能力が強化されている。

 それは以前の戦闘で分かっている。

 だが、3人で中で戦闘になった時に他の2人を守りながら戦闘ができるのか。

 ひょっとしたら1人で乗り込んだ方が仲間を巻き込まずに済むのではないか。

 漠然とした不安が冬依の胸を掴んで離さない。


「……行くわよ」


 若菜の慎重ながら覚悟の籠った声が静寂の中に響く。

 3人はそれぞれの武器を手に持ち、建物へと近づいた。

 宿屋は前回と同じく外からは人の気配を感じない。

 だがおそらく敵は前回発見した地下にいるのだろう。


 そしてこの建物を包む魔力の壁を越えた瞬間、中の魔術師に検知されるようになっているのだろう。

 だがこの壁を越えないことには全ては始まらない。

 若菜が入口の扉に手をかける。

 その横にはダガーを構えた潤貴が、若菜の後ろにはトライデントを構えた冬依が立つ。

 ゆっくりと慎重に扉を開けると中を警戒するように潤貴が中に滑り込む。


「……やっぱり人の気配はない

 奴らは地下だな。」


 その言葉に冬依と若菜も中に入る。

 宿屋は以前のように全く使われた様子がなく、廊下の隅々に埃が溜まっている。

 だが、廊下の中央は人が歩いた形跡がある。

 前回侵入した潤貴と若菜の分だけでなく、数人の足跡が残っていた。

 そしてその足跡は以前発見した隠し階段のある部屋へと続いている。

 無言でついてこいと合図する潤貴の後ろに冬依達は続く。

 部屋に入ると以前と同様に壁の一部が開き、そこに暗闇が口を広げている中に続く下り階段が見えた。


「ここだよ

 俺達は前回ここを降りる途中に襲われたんだ」


 階段を指差しながら潤貴は警戒しろと冬依に指示する。

 冬依は若菜を潤貴と挟むように移動すると感知の魔法を発動させた。

 マナの紋章を使わない魔法、それは紋章の力で発動させるそれよりも遥かに範囲が広く、感知能力も高い。

 冬依の脳に様々な情報が波のように入ってくる。


(1階には何も感じない……魔力を感じるのはやはり地下か……)


 魔法によって集まった情報を冬依は2人に小声で伝える。

 潤貴はそれを聞くと一歩ずつゆっくりと階段を降り始めた。

 若菜がその後に続き、最後に冬依が降りていく。

 階段は暗闇の中どこまで続いているのかも確認できず、その恐怖を煽ってくる。


 若菜は光源ライトの魔法を唱え、3人の上に小さな光の玉を作り出した。

 その明かりによって足元が多少見えるようになる。

 3人はどこまで続くか分からない階段をゆっくりと降り続けた。

 数分経った頃、先頭の潤貴が先が少し明るくなっている事に気づく。

 そしてそれを小声で後ろの2人に伝えた。

 一瞬にして3人に緊張が走る。


 階段を降り切った先、その部屋は大きく、そして広い大広間のようになっていた。

 天井のには無数の照明が点いており、それらがこの部屋の隅々まで照らしている。

 部屋の中心の床には大きな魔法陣が描かれており、その魔法陣は何かを発動し続けているかのように輝いていた。

 そしてその中心には台座があり、その上に水晶玉が置かれている。

 水晶玉はその魔法陣のスイッチとなっているのか輝き続けている。


「あれがひょっとして例の魔法陣…?」

「ああ、たぶんな

 恐らくあの水晶玉を破壊すれば魔法陣も止まるはずだ」


 3人は壁に姿を隠しながら様子を伺う。

 魔法陣の周りには魔術師らしき人間が数人、そしてその魔術師を守るように兵士達が多数立っていた。

 いくら3人の実力が高いといえどもその数を相手にするのは難しい。


「あの数どうすんだよ?

 さすがに厳しいぞ?」


 潤貴が様子を伺いながら若菜に問いかける。

 人数差をどうにかしようと考えるなら魔法で一網打尽にするのがもっとも手っ取り早い。

 だが、問題はあの兵士達に魔法が通用するかどうかだ。

 例のシールドが張られていたらお終いだ。

 若菜が打開策に悩んでいると冬依が前に出た。


「俺がやる

 俺の魔法なら例の防御魔法も問題ない」


「確かにそうだけど……

 冬依、やれるの?」


 心配そうに自分を見つめる若菜に冬依は珍しく笑顔を見せる。


「任せておけ

 こういう時のために俺は力を手に入れたんだ」


 そして広間に目をやる。

 敵の数を考えれば有効なのは高威力の範囲魔法。

 しかも全ての敵を一発で仕留めなければならない。


(迷いの森の魔女の弟子の力を見せてやろう)


 冬依は両手を魔法陣の周囲に向けてかざす。

 その手に身体中の魔力が集まり巨大な塊を作り出す。

 周囲の塵が巻き上げられ、冬依の周囲をダンスのように舞い始める。

 その音に気づいたか、魔術師達は冬依を見て詠唱を始める。


 だがしかし冬依の手から魔力の塊が放たれる方が早かった。

 解き放たれた魔力の塊は一瞬で巨大な氷の塊へと姿を変えた。その塊は内側から膨張した圧力によって轟音を立てて砕け散る。

 砕け散った無数の氷の刃は、まるで透明な散弾のように、到達点にいる兵士たち目掛けて音速の鋭さで襲いかかった。

 兵士たちが身につける銅の胸当てなど、まるで無力だ。

 硬質な魔力を纏った氷の破片は、鎧を容易く貫通し、兵士たちの肉体へと深く突き刺さる。


 崩れ落ちていく兵士達を横に詠唱を終えた魔術師達の魔法が冬依に向けて放たれた。

 その魔法の前に冬依の右手が輝く。

 Sランクのラタの紋章が冬依の前に巨大な、そして頑丈な壁を作りだすと、その魔法を代わりに受け止めた。

 魔術師達の魔力もそれなりのものだろう。

 だが冬依の作り出した壁はその力を遥かに上回っていた。


 魔法と壁の衝突による爆発。

 しかし壁はびくともせず欠ける事もなかった。

 その壁を見て狼狽える魔術師達。

 そこを冬依の後ろから若菜が自身の2丁の銃で狙い撃った。

 シールドを張る間も無く銃弾を受け倒れていく魔術師達。


 苦戦すると思われていたこの場はあっさりと片がつく。

 これも魔法を使えるようになり強くなった冬依のおかげとも言えた。

 味方である若菜や潤貴から見ても今の冬依は脅威であった。

 魔女の元で数日訓練をしただけでここまで強くなるとは。

 冬依の横顔を見ると今までの彼とは違う力強さと、それを扱う覚悟が感じられる。


 (今のこいつは絶対に敵に回したくないな)


 潤貴は冬依を見ながら彼が味方だった事に安堵する。

 広間に静寂が訪れると、冬依は中央の水晶玉に向かい歩き出した。

 そして魔法陣の中に入り、水晶のそばまで辿り着く。

 その目の前にある光り輝くそれに手を伸ばした時だった。


「ネズミが入ったと報告があって来てみたが——」


 若菜達の後ろから突然聞こえる声。

 潤貴と若菜は慌てて後ろを振り向く。

 そこには漆黒の鎧を身に纏った戦士の姿があった。

 いくら冬依の圧倒的な強さに見惚れてしまっていたとはいえ、気配察知には自信のある潤貴がまったく気づかなかった相手。


「2人ともすぐ離れろ!」


 なんともいえない雰囲気を感じた冬依は2人に向かって叫ぶ。

 しかし2人は一歩も動かない。

 正確には動けなかった。

 男が急に放った殺気、蛇に睨まれた蛙のように2人の体は硬直していた。


「心配するな

 こんな雑魚は後でゆっくり始末してやる

 それよりもお前だ」


 男は2人に目もくれずに歩き出すと冬依の近くまで歩み寄る。


「この数を倒したのはお前だろう?

 お前から感じる魔力

 その格好からして向こうの世界の人間のはずなのにそこまでの魔力を持つとはな」


 男はそう言うと剣を抜いた。

 その黒く光を全て吸い込むかのような剣に映る男の目はまさに最高の獲物を見つけた肉食獣のように鋭くなる。

 冬依はそれを見てトライデントを構える。

 間違いなくこの男は今までの奴らよりも強い。

 今の自分でも勝てるかは分からない。

 だがここまで来て逃げる訳にはいかない。

 水晶玉を破壊し、どこかに捕らえられているエナを探し出さなくてはいけない。


 彼はその銃を持つ手に力を込めた。

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