Episode14:最終試練

 冬依がメイリンの元で修業を開始してから3日が経った。


 冬依自身もだんだんと魔力を使いこなすコツが掴めてきたか、紋章の力を使用せずとも魔法を発動できるようになっていた。


 その冬依の成長っぷりはメイリンにとっても予想外だった。

 冬依に才能があるのは初めて会った時に感じていた。

 だが、ここまで簡単に魔法を使いこなせるようになるとは思ってもみなかった。


 こちらの世界の人間でも魔法を完全に使いこなせるようになるまで最低でも3年はかかる。

 大概の人間は学校に通い基礎を学び、そこから少しずつ自分の中の魔力を引き出せるようになり、ようやく魔法を少しずつ使えるようになる。

 だが、冬依はその3年かかる日々をわずか3日で乗り越えたのだ。

 特訓をこなしている姿を見てメイリンはいよいよ最終試練進ませるべきだと感じていた。


 特訓を終え滴り落ちる汗を布で拭いながら休憩している冬依の元にメイリンは近づく。


「冬依、ここまでよく頑張ったわね

 まさかこの短期間でそこまで魔法を使いこなせるようになるとは私も思ってもいなかった」


 冬依は褒められた事に照れながらも「メイリンのおかげだ」と素直に礼を言う。

 その冬依の姿からはこれまでには見えなかった青色の魔力のオーラが全身を包んでいた。

 その姿は宮廷の魔術師をも遥かに凌ぐ。

 間違いなく冬依は魔術の才能の塊だった。


「冬依、次が最終試練よ

 これを乗り越える事ができればあなたにはもう教える事はないわ」


 いつもの陽気な姿とは別の真剣に言葉を紡ぐメイリンを見て、冬依は休憩中で緩んでいた気持ちを締め直す。


「わかった

 次の試練は何をすればいい?」


「最後の試練は簡単よ

 私にあなたの魔力を届かせる事」


 メイリンの話す試練の内容に冬依は頭を捻る。


「メイリンに魔力を届かせる?

 魔力を具現化して飛ばす訓練はしたじゃないか?」


「そうね

 ただ今回は私は自分の周りに魔力で障壁を作るわ

 あなたはその壁を破って中にいる私に魔力を届かせるのよ」


 簡単に言うメイリンに冬依は冗談じゃないと首を横に振る。

 確かにこの3日で冬依の魔力は特訓前に比べて遥かに上がっている。

 しかしメイリンの魔力を破れるかと言われると甚だ疑問であった。

 相手は魔女と言われるほどの女だ。

 たかだか3日訓練しただけの自分にそんな事ができるのだろうか。

 その冬依の疑問を分かっているかのようにメイリンは笑みを浮かべる。


「冬依、あなたが悩むのも分かるわ

 いくら紋章を使わずに魔法を使えるようになったとは言ってもまだ自信がないのでしょ?

 でも自分を信じて

 あなたの力は私を超えるわ」


 メイリンを超える、それは即ちこの世界のトップクラスの魔法使いに近づくという事だ。

 冬依は言葉も出ずにゴクリと唾を飲み込んだ。


「さあ、始めるわよ

 さっさとしないと妹さんと仲間が待ってるんでしょ」


 メイリンはゆっくりと、しなやかに歩き出すと広場の中央に移動する。

 冬依も同じように歩き出し距離を取った位置に立った。


「さあ来なさい

 あなたの全力の魔法を見せてみて」


 そう言うとメイリンは小声で呪文を唱え出す。

 足元の草がその魔力の高まりに反応して揺れ動く。

 風が吹き、周囲の木々が大きく音を立てる。

 メイリンの周囲に鮮やかな桃色のドームが作り上げられていく。

 これが魔女の本気か、冬依はその状況を見ながら自分も目を瞑り体の中の核に火をつけ始めた。

 火がついた核は燃え上がり、やがて大きく広がると冬依の全身に巡り出す。

 その炎を掌に集め具現化する。

 これまでに教わった事を忠実にこなしていくと冬依の掌には燃えるように赤い魔力の玉が出来上がった。


「さあ、冬依

 その魔力をぶつけてらっしゃい!

 私の壁を越えてみなさい!」


 メイリンの言葉に目を開けた冬依は魔力の塊を全力で投げつけた。


 灼熱の太陽のような赤い光を放つ魔力の玉が、真珠のように淡く輝く桃色のドームに激突した。

 ドォン!と、世界が震えるような鈍い音が響き渡り、風圧に押されて冬依は一歩、二歩と後ずさりする。

 足元の砂利がまるで生き物のように跳ね上がり、周囲の木々は悲鳴を上げて枝を揺らした。


 赤い魔力の玉はドームの表面を砕くようにめり込んでいくが、ドームもまた、内側から押し返すように桃色の光を強めていく。

 互いの力が激しくぶつかり合い、空間そのものが歪むような、奇妙な振動が生まれた。

 その振動に冬依は吹き飛ばされないよう、しっかりと地面を踏みしめる。

 やがて魔力の玉が少しずつドームの壁を押し始めた。

 それは少しずつ、確実にドームに亀裂を入れていく。

 そして遂にはドームを粉々に砕いた。


 と同時に真っ赤なそれも砕け散る。しかし、その破片は威力を弱めずに飛び続けるとメイリンの左腕をかすり、僅かだが傷をつけた。


「……やったのか……?」


 息を切らしながら冬依は微動だにしないメイリンをじっと見つめる。

 メイリンは閉じていた目をゆっくりと開けると笑顔を見せた。


「ギリギリ合格よ

 冬依、あなたは見事私の元に自分の魔力を届ける事ができた」


 メイリンの言葉が耳に届くと、張り詰めていた体の力が一気に抜けた。

 まるで糸が切れた人形のように、冬依はその場に崩れ落ちて地面に尻をついた。

 その姿は全力で魔力を使った証であった。

 メイリンはそっと近寄ると冬依の肩に手を置く。


「おめでとう

 これであなたは立派な魔術師よ」


「魔術師……」


 こことは違う世界から来た自分が魔術師になる。

 それは他の人間には絶対にできない事だ。ラタの紋章を持ちながらマギの紋章を使わずとも魔法を使えるようになる。

 二つの世界に生まれた彼だけの特異な才能が、今、完全に開花したのだ。


「さあ行きなさい

 あなたは今から魔女メイリンの弟子ではない

『魔術師』赤嶺冬依よ」


 メイリンに言われた言葉が冬依の胸に刺さる。

 そしてその呼び名が自分の脳内に染み渡ると、冬依はゆっくりと立ち上がった。


「メイリン、ありがとう

 これから俺はハンターとしてだけでなく魔術師として生きていく

 この世界と自分の世界、2つの世界で唯一の存在となって」


 その言葉にメイリンはニッコリと微笑みを浮かべる。

 冬依はその笑顔を見ると振り向き、別れも言わず歩き始めた。

 きっとまたここに来る事がある、だからこそ今は別れは言わない。

 その思いを胸に冬依は迷いの森を後にするのだった。


 ————————————————


 一方王都では若菜と潤貴が絶え間なく追ってくる追手から逃亡をしていた。

 人の多い場所ならば襲われないだろうという潤貴の考えは外れた。

 敵は白昼堂々人通りの多い中で2人を狙ってきたのだ。


 日中人で賑わう大通り。

 観光客や買い物客でごった返している中、敵はそこに紛れ込んでいた2人目掛け炎魔法を放ってきた。

 追手の放った炎の弾は2人に直撃しなかったものの、地面に着弾した瞬間に一瞬の爆音の後、轟々とすべてを燃やし尽くす炎の柱へと変わった。

 露店の商品や店そのもの、周囲にいた人々が次々とその炎によって焼かれていく。

 2人は敵がそれほどまでに自分達に殺意を向けてきている事に恐怖を感じていた。


 周囲の人間を巻き込まないように2人は急いで細い路地を抜け裏通りに走る。

 追手は少し離れた後ろを走り、周囲の事などお構いなしに魔法を連発してきた。

 魔法が着弾するごとに建物の壁が崩れ落ち、砂埃が巻き起こる。

 狙った獲物を確実に逃がさないという蛇のようなしつこさに2人の精神はすり減ってきていた。


 裏通りを走り抜けた2人を待っていたのは行き止まりになっている小さな広場だった。

 逃げ道がない事を確認すると潤貴は舌打ちをする。

 若菜は振り返るとその手に二丁の銃を持ち、いつ姿を現すか分からない追手の方へと銃口を向ける。

 やがて裏通りを向けてきた追手が姿を現した。

 すかさず若菜がそこ目掛けて引き金を引き銃弾を放つ。

 しかし銃弾は追手に到達するその目の前で突如勢いをなくし、地面に落ちた。

 これまでに見た事がない現象に若菜は困惑する。


「……なんなのよ、あいつ……?」


「分からねえよ

 だけど俺達の力じゃあいつには傷をつける事もできないって訳だ」


 フードで隠された顔からは表情も分からず近づいてくる追手の男に2人はじりじりと後ずさりする。

 だが後ろはもう壁だ。これ以上下がってばかりもいられない。

 潤貴は二本のダガーを腰から抜くと男に向かっていった。

 左手に握られたダガーを男の顔目掛けて鋭く突き出す。

 男はまったく動じずそれを頭の動きだけでかわす。

 そこに右手で持ったダガーを下から振り上げる。

 しかし男はそれを読んでいたのか華麗なステップで後ろに下がる。それにより潤貴のダガーは空を切る。


「潤貴、しゃがんで!」


 若菜の声に咄嗟に潤貴はその体を屈ませた。その上を若菜の撃った銃弾が通り抜ける。

 だがやはり銃弾は男の目の前で勢いをなくし地面に転がった。

 男と再び距離を取るため潤貴は屈んだまま若菜の元まで移動する。


「なんなのこいつ!?」


「俺が知るかよ

 銃も効かない、剣術も当たらないって化け物じゃねえか」


 どんな戦闘でもいつも冷静に指示を出す若菜が焦っている事に潤貴は危機を感じていた。

 目の前の敵は今までこちらの世界で戦ってきたどのモンスターよりも強い。

 下手をすれば自分達の世界でもこの男に勝てる奴はいないんじゃないか。

 潤貴は最悪の状況を頭に浮かべながら、その額に流れる汗を手で拭う。


「……貴様らは入ってはいけない領域に踏み込もうとしている」


 突如、男が声を発した。

 それは先日の宿屋で聞いた声と同じものだった。

 やっぱりあの時のやつか、まったく歯が立たなかった記憶を思い出し、潤貴は最悪の状況を頭に浮かべながら、その額に流れる汗を手で拭った。

 心臓がドクドクと警鐘を鳴らし、これまでのどんな汚れ仕事よりも、この一瞬が恐ろしかった。


 若菜も同様に体を震えさせていた。

 これだから私はさっさと向こうの世界に帰りたかった。

 こんなやつを相手にするなんて今の私達では不可能だ。

 この状況にもし冬依がいたらどうなっていたか。

 もしかしたらこの男相手でもなんとか戦えたかもしれない。

 その絶望にも似た感覚に若菜は思わず笑みを浮かべてしまう。


「この状況で笑うなんて随分と余裕じゃねえか……」

「ごめんね

 さすがにこの状況は笑うしかなくて

 ウィンがいてくれたらまだなんとかなったかもしれないけれどね」


 男は、まるで影が滑るように、音もなく二人に近づいてくる。

 その一挙手一投足に、一切の無駄な動きがなかった

 逃げ場がないこの状況、2人に待っているのは死。

 こんな事ならもっとジャンクフード食っておくんだったな。

 そんな事を考えていた潤貴の目の前に男が立つ。


「……貴様らには死んでもらう」


 男が潤貴に向けて右手を掲げる。

 その掌には強大な魔力の塊が作り上げられていく。

 潤貴は全てを諦めて目を瞑った。


 その時だった。

 裏通りの先から銃弾が男目掛けて飛んできた。

 若菜のそれとは違い、男の目の前で止まらず男の左腕に着弾する。

 それは、ただの銃弾ではなかった。

 魔力を纏ったその一発が、男の左腕に焼き付くような痛みを走らせた。

 予想外の出来事に男は左腕を押さえながら後ろを振り向いた。


「よく分からない状況だが……

 とりあえず俺の仲間に手を出す奴は許さない」


 裏通りの先から姿を見せたのは潤貴達の希望。

 待ちに待った救世主の登場だった。


「馬鹿野郎!

 遅いぞ冬依!」


「冬依!

 無事に帰ってきたのね!」


 現れたのは3日前よりも自信に満ち溢れた赤嶺冬依の姿だった。

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