第6話:エンツォ第2王子サイド:お詫び行脚

メストン王国暦385年3月29日:マリーニ侯爵家カーショウ山脈北側軍城


 愚かな兄が、何も考えずにマリーニ侯爵家のエレナ嬢に無実の罪を擦り付け、婚約破棄を言い放ってしまった。


 ギリギリの危ない綱渡りをしながら保たれてきた王国の平穏が、根底から吹き飛んでしまった。


 父王陛下は即座に愚兄を北の塔に幽閉された。

 手塩にかけた実の息子を、即座に廃嫡にして幽閉した覚悟は見事だった。


 あんな愚か者など、もっと早く廃嫡にすべきだったと言う者もいるだろう。

 だがあんな愚兄でも父王陛下の前では大人しかったのだ。


 厳しく躾けられる言葉に従って頑張っているふりをしていたのだ。 

 愚兄の悪行を報告すべき者達が、愚兄や財務大臣のシルキン宮中伯に懐柔されていて、本当の姿が父王陛下に伝わっていなかった。


 父王陛下は、即座にそのようは佞臣共を処罰するように命じられた。

 同時にエレナ嬢とマリーニ侯爵に詫びようとされた。


 公式に訪問しようとすると、各所との調整に時間がかかってしまうので、微行でマリーニ侯爵家王都屋敷に訪問されようとした。


 だが、その想いはかなえられなかった。

 エレナ嬢が電光石火の早さで王都から出て行ってしまったのだ。


 これでも私はできる限り王家を支えようとしていたのだ。

 表向きは武に偏っているように見せかけていたが、文も学んでいた。

 文武両道とまで言えるほどの才能はないが、それなりに努力を重ねてきた。


 だから、エレナ嬢の考えている事くらい想像できる。

 即座に王都を離れたのは、絶対に王家を許す気がないか、王家の襲撃を恐れたからだろう。


 あれだけ素早く王都から出て行けたのだ。

 普段から逃げ出す準備をしていたはずだ。


 父王陛下を始めとした王家王国の誰も知らなかったダンテの悪行を、最初から全て知っていたのだ。

 知っていただけでなく、王家の事など全く信用していなかったのだ。

 

 何度も頭を下げて婚約をさせた男の躾すらできていないのだから当然だ。

 信義的にも能力的にも仕える価値無しと見切られてしまった……


 父王陛下も私と同じ事を思われたのだろう。

 その場で卒倒されてしまった。

 一時は命すら危うかった。


 何とか父王陛下の状態が安定したのは10日も経ってからだった。

 仕方がなかった事とはいえ、詫びるには遅すぎる日数が空いてしまった。

 

 ただ、私を含めた王族達は慌てふためいてしまい、エレナ嬢とマリーニ侯爵に対して何もできていなかったが、宰相が詫びの特使を派遣しておいてくれた。


 それも1人や2人ではなく、毎日1人は送ってくれていた。

 これで首の皮1枚残っていると思いたが、使者の誰1人、エレナ嬢にもマリーニ侯爵にも会えていないのだ。


 いや、軍城を預かる代官にも、王都から退去した家宰にさえ会えていない。

 城門の前で空しく面会を求めただけだった。


 王家王国の特使を門前払いする。

 エレナ嬢とマリーニ侯爵の怒りと覚悟がどれほどのモノかが分かる。


「宰相、このままではマリーニ侯爵家との決裂が既成事実化してしまう。

 父王陛下が詫びに行けない以上、王位継承権が1位になった私が詫びに行くべきだと思う」


「マリーニ侯爵家お怒りは並大抵モノのではありません。

 その場で殺される可能性すらあります。

 それでも行かれるのですか?」


「このままでは遅かれ早かれアンゼルモ王家は滅ぶ。

 直接滅ぼすのがマリーニ侯爵家か他の3侯爵家か、或いはレイヴンズワース王国かは分からないが、最終的にレイヴンズワース王国に占領されるのは間違いない。

 だったらわずかな希望であろうと、マリーニ侯爵家との和解に賭けてみる」


「分かりました。

 エンツォ殿下がそこまで決意されているのなら、もうお止めしません。

 ですが、王国騎士団は引き連れて行ってください。

 その方が交渉の余地がございます」


「どういう事だ?」


「臣が陛下と御話ししていた時のような、甘い条件はもう望めません。

 平身低頭、誠心誠意詫びたとしても、マリーニ侯爵家の独立は止められません。

 ですので、最初から独立を認めるのです。

 詫びるだけ詫びた後で、対等の関係での同盟を頼むのです」


「だが、マリーニ侯爵家の独立を認めてしまったら、他の3侯爵家も独立を認めなければいけないのではないか?」


「それは仕方のない事でございます。

 マリーニ侯爵家だけが特別なのはご存じでしょう?」


「ああ、マリーニ侯爵家だけが王家との血縁がほとんどない。

 他の3侯爵家が王家との血縁を深くして力を振るおうとしたのとは真逆だ」


「そのような事ができたのは、他の地方と隔絶しているからです。

 カーショウ山脈という鉄壁の防壁があるので、この地がアンゼルモ王家のモノであろうと、レイヴンズワース王国に支配されようと、何の心配もないのです」


「もう150年前のような食糧不足はないというのだな?」


「はい、臣が調べた範囲では、交易により十分な食糧輸入量が確保され、既に領民全てを10年間養えるだけの備蓄量があるそうです」


「我らと同盟しなくても、新たな支配者となったレイヴンズワース王国を撃退できる、そう言いたいのだな」


「はい。

 ですが我々は違います。

 マリーニ侯爵家が不足する物資を輸入してくれなければ、レイヴンズワース王国の侵攻を撃退できません。

 レイヴンズワース王国が残る3侯爵家に謀略を仕掛けて来れば、簡単に分裂してしまいます。

 そうなれば王家だけでなく、約束を反故にされた3侯爵家も滅ぶだけです」


「分かった、この頭を地になすりつけてでも同盟を締結させてみせる」


 そう言って王都を出たのは良いが、全く相手にされていない。

 特使達と同じように、門前で面会を懇願するだけだ。


 それもそうだろう。

 頭を下げる以外に何の詫びも持参できていないのだ。


 愚兄の直轄領を渡すという口約束も、出てきたマリーニ侯爵家の者を殺すための謀略だと言われてしまったら、反論のしようもない。


 そもそも大臣達が頭を下げて取り付けた婚約を、罪を捏造して一方的に破棄したのは、他の誰でもないアンゼルモ王家の王子なのだ。


「どうしても詫びたいと言われるのでしたら、アリギエーリ侯爵領に行かれよ。

 エレナお嬢様は恥を注ぐべく、王家が密かに逃がした黒幕を追ってアリギエーリ侯爵との決闘に行かれました」


「違う、王家が係わっていたわけではない。

 全てはダンテが勝手にやった事だ!

 シルキン宮中伯にやらせたわけでもない」


 思わず叫んでしまったが、恥の上塗りでしかない。

 長男の教育もろくにできない愚かな王であり王家である事を自白しているだけだ。


 王の命令に従わない悪臣佞臣に財務大臣という重職を与えたばかりか、途方貴族に賄賂を要求させ続けるという無能をさらしただけだ。


「分かった、もう何も言わぬ。

 誠意をもってエレナ嬢に詫びさせていただく」


 何としてもエレナ嬢にだけは許してもらわなければならない。

 エレナ嬢に許してもらえない限り、軍城を超えてマリーニ侯爵本人に詫びる事すらできないのだから。

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