14 報せ

(そろそろ、だと思うんだけど)


 専属魔法使いを辞め、ベンディゲイトブランの待つ家に帰ったアルニカは、空を眺めていた。

 あれから、約二ヶ月。季節はもう冬だ。

 アルニカ達の住む山はすっかり雪に覆われ、アルニカは玄関前に積もった雪を、雪かき用のシャベルでどかしていた。けれど、その作業の手が時々止まる。そして、アルニカは皇都の方へ顔を向ける。

 と、玄関扉が開き、ベンディゲイトブランが顔を出した。


「アルニカよい。あまり長く外にいると寒さにやられるぞ。ほれ、中に入りなさい」

「……うん。じーちゃん」


 アルニカはシャベルを仕舞うと、暖かい家の中へと入る。

 コートを脱ぎ、手袋を外し、マフラーを外していると、


「……アルニカよ」


 ベンディゲイトブランが、難しい顔をしてアルニカを見下ろしていた。


「? なに?」

「お前が無事戻ってきて儂は嬉しいが……まあ、髪を切ったことには死ぬほど驚いたが……いや、それはよい」


 ベンディゲイトブランは、浅く息を吐くと、しゃがみ込み、アルニカへと少し厳しい視線を向けた。


「アルニカ。……何を、隠しておる?」

「内緒」


 アルニカはニコッと微笑んで、コート類をコート掛けにかける。


「そのうち教える。ていうか分かっちゃう。じーちゃんには隠し事はできないもん。……でも、待ってて」


 真面目な顔になったアルニカは、まっすぐにベンディゲイトブランを見つめた。


「……そうか。分かった。では、その時を待とう。……さあ、おやつの時間じゃぞ」

「おやつ!」


 立ち上がり、奥へと歩き出すベンディゲイトブランに、アルニカはステップを踏みながらついて行った。


 ◆


(……!)


 その数日後。久しぶりに晴天になった冬の午後。自室で魔法書を読んでいたアルニカは、その気配を捉えた。

 アルニカは急いで紙とペンを取り出し、最低限のことだけ走り書きしてそれを机に置くと、


「ふっ!」


 四階にある部屋の窓から飛び降り──

 フォン、と飛行魔法を発動させ、気配のする方へ飛んでいく。


「あ!」


 それほどせず、目的のものが見えてきた。それは、青い光の粒子で出来た小鳥。

 小鳥もアルニカへと一直線に飛んできて、空中に留まったアルニカの手の上に留まると、スゥ……と消える。


(合図が、来た)


 アルニカはそのまま、空中で集中する。

 自分の今いる場所、そして、小鳥が飛んできた場所──小鳥を飛ばした人物の場所を特定し、


「……」


 目の前に、複雑な紋様の魔法陣を展開すると、


「……大丈夫。上手くいく」


 祈るように言って、その魔法陣に触れる。

 瞬間、アルニカの姿は、消えていた。


 ◆


「うわ?!」

「静かに! ルターさん!」

「むぐ?!」


 目の前の人物、コルネリウスの口をふさいで、アルニカは辺りを見回し気配を探る。


(……大丈夫。行く前に感知した通り、周りに人はいない)


 見る限り、ここは、林の中らしい。

 アルニカは手早く防音と認識阻害と気配察知の魔法をかけ、そしてやっと、コルネリウスから手を離す。


「ゲホッ、ゴホッ……ハァ……」

「すみません。大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫。声を出してしまってすまない。けれど、まさか本当に、目の前に突然現れるとは」

「転移魔法って、そういうものですし」


 アルニカはけろりと言い、


「で、状況は?」


 コルネリウスにずい、と迫る。


「……今しがた、僕の家にも知らせが届いたばかりなんだ。……殿下が、フィリベルト様が、亡くなったと……それで、君が言った通りにこの紙に言葉をかけたら、青い小鳥が現れて──」


 コルネリウスは、手に持っている紙をアルニカに見せようとして、


「亡くなったんですね? 殺されたんじゃなくて自死したんですね?! そしてばっちり息絶えたんですね?!」


 ずずい、と迫るアルニカに気圧され、一歩下がりながら「あ、ああ、いや」と、歯切れ悪く答える。


「その場に僕はいなかったから……詳しくは分からない。けれど、正式に書状が届くくらいなのだから、……あの薬を使ったとみて、……いいと思う……」


 暗くなったコルネリウスの両頬を、アルニカはパチンと挟む。


「いちいち暗くならないでください! これからが大事なんですから! 気落ちしてる暇なんてありませんよ!」

「……あ、うん……」

「分かりました?!」


 顔が迫る。


「……分かった」

「本当に?!」


 迫る。


「分かった! 本当に分かった!」


 コルネリウスはアルニカの手を掴んで頬から外し、アルニカから距離を取ると、


「僕だって、覚悟を決めたから君の提案に乗ったんだ。成功させなければ意味がない……!」

「よし! その意気です!」


 アルニカはコルネリウスの手から自分の手を引き抜き、


「で、ここ、ルターさんの家の敷地内の林、で合ってますか?」


 再度、辺りを見ながら聞く。


「ああ。特にこの辺りは放られている場所だから、人が来ることは稀だ」

「じゃあ、ここで流れをおさらいしましょう。まず、皇族が亡くなったら、一週間以内に皇族用の棺が用意されて、盛大に葬式が行われて、遺体はそのまま皇都の大聖堂に公開安置される。その期間は季節によりますけど、今は冬ですから長い。恐らく二週間くらいは置かれる。合ってますか」

「ああ」

「で、そのあと、皇族用の墓地に埋葬され、一年以内にその人用の神殿が建てられ、そこに埋葬され直される」

「ああ」

「と、いうことは、殿下が皇族用の墓地に埋葬されるまでの約三週間、私達は殿下には手を出せない。勝負はそれからです」

「……ああ」


 アルニカの言葉に、コルネリウスは強く頷いた。



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