6 勢力図
アルニカは頭の中で、今まで得た情報を組み立てていく。
皇室や皇族の話は、ベンディゲイドブランから聞いていた。加えて、フィリベルトからの話。彼の印象、思考の仕方。それとコルネリウスら、フィリベルトの周りの者達。
(今の皇様はエーレンフリート・グロサルト様。二十五年前に王妃として迎えられた──フィリベルト殿下の母親が、ブリュンヒルデ様。ブリュンヒルデ王妃は十五年前、不治の病で亡くなった。そして──)
世継ぎは三つになったばかりのフィリベルト一人。もし何かあったらと憂いた周りは、エーレンフリートに新たな王妃を娶るよう進言する。ブリュンヒルデを愛していたエーレンフリートは最初はそれを拒否したが、熱を出し、一時は命が危うくなったフィリベルトを目の前にして、愛より国を選んだ。
そして、選ばれたのは属国の姫。名前はカトリーヌ。当時十八だった彼女を新たな王妃に据え、二年後、姫が生まれる。男でないことに落胆する周りに憤りながらも、エーレンフリートは第二皇子を得るため、カトリーヌと夜を共にした。その三年後、待望の男児が生まれる。その赤子は、イージドーアと名付けられた。
この時、フィリベルトは九歳。フィリベルトの腹違いの妹、セレストは三歳。
(そして今、前王妃派と現王妃派で、水面下の争いが起こってる)
国王が愛した前王妃ブリュンヒルデに瓜二つの第一皇子、フィリベルト。
属国の姫が産んだ第一皇女セレストと第二皇子イージドーア。
最初は、フィリベルトを支持する前王妃派が強かった。フィリベルトは幼い頃から才覚を表し、魔法使いには及ばずとも魔法が使え、その後ろ盾となるブリュンヒルデの父親は、この国一番の公爵、ヨアヒム・バルシュミーデだったのだから。
(けど、殿下が……フィリベルトが十二くらいの時から、風向きは変わってくる)
フィリベルトのその才覚は鈍くなり、見えなくなり。彼は魔法も使わなくなった。周りは使えなくなったのではと囁きあった。
そして、フィリベルトは、皇族の理想からかけ離れた行動をし始める。勉強をサボり始め、女遊びを覚え、公務はほったらかし。
(そして今や、能無しの第一皇子、ね)
アルニカはまたベッドに仰向けに倒れ、天井を眺める。
(みんな分かってないのかな。いや、分かっててこうなってるのかな? あの人、皇位を継ぎたくないんだよね?)
だからフィリベルトはあんな行動をしているのだろうな、とアルニカは想像している。
自分勝手に動き、周りの迷惑も気にしない。自分の評判も気にしない。いや、ある意味気にしての行動だが。
(で、そんな第一皇子の専属魔法使いになったのが、アルとかいうどこぞの小僧。魔法使いのランクは一級)
あの有能なコルネリウスを側に置いていることだけが疑問だが、それ以外の要素は完璧だ。
とても残念で頼りなく、国の未来を背負う者として、全く相応しくない。
(あの人の求めていることは、第二皇子のイージドーアを世継ぎにすると父親に宣言させるか、自分を廃嫡させるかって、ところだと思うんだけど)
ならば、自分のやるべきことは。
「……使えない魔法使いだと見せつけること」
そして、頃合いを見計らって逃げ出すか、追い出されること。
「はぁ……やりがいのある仕事だよ」
アルニカは呟き、フィリベルトが呼んでいる、と声をかけられるまで、そのまま寝っ転がっていた。
◆
「やー、もう。正式な専属魔法使いになるための申請書類、多すぎて嫌気が差すね」
「そう言いながらもどんどん捌いていくね、君」
フィリベルトの執務室にて。呼ばれたというので素直について行ったら、待っていたのは書類の山だった。
「ちゃんと読んで書いてるかい? 適当にサインすると、後で痛い目を見るよ?」
本来フィリベルトが座るはずの執務用の椅子に座らされたアルニカは、カリカリとペンを進めていく。
コルネリウスは横の机で何やら書類を分別しているが、フィリベルトはアルニカの横に立ち、それを覗き込みながら小言のようなそうでないようなことを言ってくる。
「読んでるって。さっき書いたのは魔法使いのランクの試験を受けた年月日と内容と試験結果。今書いてるのは自分の得意魔法と不得意魔法だ」
「あ、その得意不得意だけど、」
「大体の魔法は不得意にしてるんで、ご心配なく。基本的なものを最低限だけ使えるように書いてますんで」
「……君は有能だねぇ」
しみじみ言うフィリベルトに、「あ、そうだ」と、アルニカは顔を向けた。
「あの魔法紋章を刻んだやつ、誰だか分かったのか?」
「ああ、今調べてる。私からの依頼だから、時間がかかるだろうけどね」
「そっか。大変だな。でもちょうどいっか」
フィリベルト達と行動をともにして五日目の昼、アルニカはこそっとフィリベルトに尋ねたのだ。
魔法紋章の作りが甘いが、これはあえてなのか、と。
『ああ、最初はきちんとしたものだったよ? けど、三ヶ月経たずに崩れ始めたんだ』
不便はないからそのままにしている、と言ったフィリベルトに、アルニカは疑問をぶつけた。
『一応誰が刻んだか調べて、でも分からなかった、とかいう手は使わないんで?』
その言葉に、フィリベルトは『……君はずる賢いねぇ』と言い、コルネリウスは『その手が……』と呟いていた。
「あー! 終わった! 疲れた! 書類仕事疲れる! 魔法陣書くより疲れる!」
紙の山を片付けたアルニカは、机にべしょっ、と突っ伏した。
「はいはい、お疲れ様。そろそろ菓子が来るだろうから、食べていくといい」
「お菓子?!」
フィリベルトの言葉に、アルニカはガバッ! と顔を上げる。
「君は本当に菓子が好きだねぇ」
「そりゃあもう! ……殿下はそれほどでもねぇよな。なのに、なんで菓子が来るんだ?」
首を傾げたアルニカに、フィリベルトはコルネリウスを示しながら言う。
「ネリが菓子に目がないからだよ。こんな主人のもとで働かせているからね。少しでも気分良く過ごしてほしいのさ」
「へぇ……え? でも、道中ルター兄ちゃんが菓子食ってるとこ、見たことなかったけど」
「旅は危険度が増すからね。気を引き締めるために食べないって決めてるらしい」
「へぇー」
そこに、ゴホン、と咳払いの音。
「ああ、ごめんネリ。勝手に君のことを話してしまって」
「いえ」
そんな二人のやり取りを見ていたアルニカは、
「二人の馴れ初め……違うか、出会いって、どんなんだったの?」
「ああ、気になるかい?」
「うん」
素直に頷けば、フィリベルトは微笑んで。
「そうだな。あれは、正に運命とも言うべき──」
「殿下」
「分かったよ」
コルネリウスの声に、フィリベルトは肩を竦める。
「じゃあ、簡潔に言うけど。通っていた学院で私の右腕に相応しい人物を探していた時に見つけたのが、ネリって訳だよ」
「へぇ。右腕」
「そう。右腕」
アルニカは、首を傾げ、
「高性能すぎねぇ? その右腕。──あ」
アルニカはハッと何かに気付いた素振りを見せ、フィリベルトとコルネリウスを交互に見る。
「……なるほど」
得心した、というふうに呟くアルニカを見て、フィリベルトが口を開く。
「……ねぇ、アル」
「はい?」
「何がなるほどなのかな?」
「ああ、いえ。じゃない、いんや? 殿下がルター兄ちゃんを重用する理由に見当がついただけ」
「どんな見当なのかな」
「んぇ? 言っていいの?」
「ああ。是非聞かせて欲しい」
アルニカは少し考えた後、左手の人差し指を立て、青白い光を放つ球を作り、弾けさせ、簡易の防音の膜を張った。
「優秀な右腕がいることで、より自分のだらしなさに目が行くようにするためかなって」
言い終わると、アルニカは左手を振って握りこむ仕草をする。これで、防音の膜は壊れた。
「で、これでいいか?」
「……うん。君は素直だねぇ」
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