第15話あなたの、金の髪
「君って結構思い切りがいいよね」
出張からお戻りになったバルトル様。数日前の件の
「そう……でしょうか」
「ハハハ、まあ僕のお守りも役に立ったようで何より」
「はい、とても助かりました」
バルトル様が不在の間、持たせてくださった小さなドライバー。それがなければ、閉じ込められたままどうしようもなかっただろう。
「それにしても……施設の職員の方のお話しでは、すぐに来れる魔道具士がなかなかいなかったというお話しでした。あまり、魔道具士の人数は多くないのですか?」
「まあそうだね、誰でもなれる職業ってわけでもないから。案外平民よりも貴族の方が魔道具士の資格自体は有してたりするんだが……まあ、形骸的、っていうのかな? お家の伝統になっているから魔道具の勉強して、資格は取るけど実際に魔道具士としては働いてない、って人が多いみたいだ。魔道具自体は生活に身近であっても平民は魔道具の本格的な勉強をするってところでハードルが大きいし、そういうので、実際働いてる魔道具士は少ないといえる」
「そうなのですね……」
「昔は貴族でないと魔道具士の資格、取れなかったらしいよ」
バルトル様はなんだか遠い目をして、肩をすくめられた。
……きっと、バルトル様も魔道具士として台頭されるまでに多くの苦労があったのだろう。そう思う。
「さて、留守にしていた間に僕の工房に来た依頼もこなさなくちゃな。うん、確かに魔道具士は忙しい」
グッとバルトル様は大きくのびをする。
そう言ったバルトル様の横顔は苦笑を浮かべられていたけれど、どこか誇らしげに見えた。
◆
空が茜色に染まるころ。
いつもなら、そろそろ仕事を切り上げられたバルトル様が食堂にいらっしゃるはずなのに、今日はなかなかお見えにならなかった。きっと工房での作業に夢中になっていらっしゃる。
「わたしがお呼びしてきます」
使用人の一人がバルトル様の工房に向かおうとしたところを引き留め、わたしは椅子から立ち上がり、バルトル様のところへ向かった。
バルトル様が屋敷で雇い入れている使用人たちはよい意味で堅苦しくなくて、アーバン家にいた頃はずっと離れで一人きりだったわたしでも気安かった。わたしがそそくさとバルトル様の元へ向かおうとするのを咎めることなどなく、優しい笑みで見送ってくれる。
……バルトル様に少しでも早くお会いしたい。そんな気持ちをみすかされているようで面映くて、余計にわたしは足早く歩いてしまった。
久しぶりに屋敷にお戻りになったから、つい、そんな気持ちが湧いてしまったのだ。
(朝もお会いしたのに……)
そして、庭を歩いて少し、工房にたどり着く。
横開きの扉を開き、外から差し込む夕陽に照らされる金の髪。
ほとんど無意識でわたしは顔を緩ませてそれを眺める。
バルトル様は工房の床に座り込み、何やら真剣な面持ちで図面を睨んでいらっしゃった。
「……あれっ、ロレッタ」
「こんばんは、バルトル様。お夕食の時間です」
「ああ……ごめんごめん、つい没頭しちゃって」
声をかけずにじっと見ていたのに、バルトル様はふとわたしに気付きお顔を上げた。ずっと眺めていたいと思っていたくらいだったので、なぜだかそれにちょっとだけ残念、と思ってしまう。
バルトル様はわたしが呼びに来たことに気がついてもなお、まだ睨めっこしていた図面が気になるようでうーんと唸りながら、また顔を俯かせていた。
「……大変なお仕事なのですか?」
「うーん、なんかうまくいかないんだよな。大丈夫、でも、楽しいんだ、これが」
「ふふ、そうなのですね」
口を尖らせていた彼だけど、パッと顔を輝かせてわたしを見上げてくれる。眩しい笑みは、彼の言うことが本心から、本当に「楽しい」と思っていらっしゃるのだと雄弁に語っていた。
その顔がなんだか微笑ましくて、わたしも微笑を浮かべていると、彼の身なりがずいぶんと汚れてしまっていることに気がついた。きれいな金の髪も、整ったお顔の鼻筋も、頬も、色んなところに汚れがついていた。
「髪に油汚れがついていますよ」
ハンカチを取り出し、彼の髪の汚れたところを拭う。
汚れを拭い去り、そして、そっと彼の髪に触れた。自分の髪よりも硬質で不思議な手触りに感じられた。
「……おや、ブロンドヘアーはお嫌いじゃなかったかな」
「あっ……」
ジッと自分を見つめる青い目と目が合って、我に返ったわたしはハッとして一歩あとずさった。
「す、すみません。つい……」
髪や頬を油や煤で汚れさせてニコニコしている彼がいつもより幼げに見えて。それに、いつもは見上げている頭が床に座り込んでいるおかげで自分の目線よりも下にあったから、そのせいでなんだか手が伸びてしまったのだ。
思わず頬を手で抑えると、我ながら熱くてびっくりする。
「そうかそうか。ぐしゃぐしゃに汚れていれば良いんだね。じゃあこれからはいつも髪を汚していよう」
「そんなことを仰って……。わざとお汚しにならなくとも、その、お仕事は毎日されるのでしょう?」
「うん。毎日、夕暮れごろにはぐしゃぐしゃのきったない頭をしているはずだ。だから毎日この時間に会いにきてくれ。君好みの頭をして待っているから」
「まあ」
冗談めかして言う彼の言葉にクスリと笑う。
「……君が、僕の顔を見てくれるようになって嬉しい」
「あ……」
「顔を上げて、僕とおしゃべりしてくれるようになったよね。いつ頃からだったかな。……ありがとう」
「そ、そんな、あの、むしろ、その、す、すみませんでした」
「なんで謝るの?」
「バルトル様こそ、なぜ、ありがとうだなんて……」
「嬉しいからだよ」
言い切られ、わたしは押し黙る。
俯いたところでバレバレなくらい……きっと、わたしの顔は真っ赤だ。
「……君がお迎えに来てくれたのも嬉しかったな、だからさ、明日もまた迎えに来てよ」
「……はい……」
熱いわたしの手を、バルトル様の意外とがっしりとしていて冷たい手のひらが包み込んだ。
バルトル様はぎゅっとわたしの手を握り、幸せそうに目を細められるのだった。
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