『第五話』

「……あ~。一服すっか……」


 濁った溜息を吐いた僕は、きつめのコーヒーを一杯。

 ふと時計に目をやれば既に深夜の三時半。

 貴重な休日を無駄にしてしまったという、当然の後悔が湧き上がってきた。

 今更だ。


 これまで読み進めてきた小説……小説と呼んでいいのかどうかも疑わしいは一体どこのどいつがどんなつもりで書いてるのだろうか。作者のプロフィールを見てみても、投稿しているのはこの一作品だけで、他作者とのフォローはしてもされてもいない。

 各話のPV数はちらほらとあるものの、レビューもコメントも一切なし。まあそりゃそうだ。こんなのを評価してると他人に知られたら感性を疑われると思う。


 SNSに晒し上げてみようか? 「クソやべえ小説見つけたwww」ってノリで。

 いやまあでも一応、真剣に書いてるつもりなのかもしれないしなあ……。


 いやー。でもやっぱり、ありゃないよ。

 突っ込みきれないから流していたけど、まず主人公の名前の表記ブレが酷いもん。

 エリシーズだかエルシーズだか。毎っ回ブレてるのに気づいた?

 物語どうこう以前の問題っすよ。


 肝心の話もさあ、結局、あいつらは何がしたいの。

 普通、こう、まあ物語ってさ、早い段階で『主人公の目的と動機と手段』を明かすもんだと思うのよ。普通はね? それが所謂「主人公と読者の共犯関係」みたいな結びつきを生んで、読者を世界観に引き込む……という効果があるとかないとか。

 勿論「こいつは何が目的なんだ……?」という謎で引っ張るタイプのストーリーもあるよ。それって相っ当にキャラに魅力がないと成立しないじゃん。そういうのって難しいじゃん。つーかむしろタイトルでそこを明かしちゃうくらい前のめりじゃない。皆さ。


 なんかさーこうさあ、一人善がりの語呂優先の、意味ありげな主題で興味を引こうったって今日び流行らん!――ていうのが、一般論だよね? あくまでね?

 

 もうそれは最早、作家性を超えた生存戦略だもの。こんだけ娯楽に溢れてしまった世界で見出されるには最初に目に入るところで勝負しないといけないのは、もーしょうがない! 奥底に秘めた美意識への理解なんて、それが一番のファンタジーっすよ!


 異世界プロトコルブレイカーねえ。まあ色んなもんブレイクしてるけども。


 ・主人公たちは捕まっていた城から仲間の飛行船で脱出しました。

 

 これまでのあらすじ、これだけ。

 これだけ覚えとけば大丈夫。


 さて、乗り掛かった船だ。例えそれが泥船であろうとも、それはそれで話の種になるので最期まで付き合ってやるかあ……――

 

 ――ぼくはそう言いながらも、なーんか気乗りのしない重い指で、マウスをクリックした。



――――――――――――――――――


 城から脱出したダークハンターズは、最寄りの宿場町で降ろしてもらい、今夜の宿を決めることになった。


「――あのう……あのですね、そちら方の事情は重々承知しているところではありますが、決められた時刻までに、お手続きというかチェックインがなされなかった場合、自動的にキャンセル扱い、ということにさせて頂いておりまして。ええ。他の宿泊をご希望されるお客様を、お部屋にお通しするというのが、そのー、当宿の規約になっておりまして。ええ。ええ、ええ! 本当に! まことに、申し訳ないんですけども、当宿への宿泊は、本日はちょっと……ええ、お断りさせて頂くということでですね、申し上げにくいんですけども、はい。そういうことで……はい、え、ああ! お客様! そのようにハンマーを構えられてもですね、本当にこれは慣習というか、他のお客様にもご理解を頂いているところでありまして。はい? は……もう一度言って頂けますか? はあ。『予言の水晶がこの宿だと定めている――』と、言われましても……あの! こちらとしては他にご宿泊が可能な宿を紹介するという形で。 えーあの、その、それでも不服と仰られるのなら、というよりも、そのように武具を誇示されてしまうとですね、当局に通報という手段を取らざるを得ないのですよ。なのでですね、なにとぞどうか本当に落ち着いてもらって……」


「大妖精大女王さまから賜った水晶の予言は絶対なのじゃ! 予言率が下がってしまうではないか! この宿じゃなきゃヤダ! やだやだ! この宿がいいんじゃもん!」


「ギダルフのじいさんの言う通りだぜ。世界最強のパーティと言われる俺たちダークドラゴンハンターズが、たかが宿屋のハゲたおっさんに軽くあしらわれたとなっちゃあ、面子が丸つぶれだ。お? ハゲてはないだと? 言い返すとは良い根性してるじゃねえかハゲ。ハーゲ! ハーゲ! お前の母ちゃん、ハー・ゲ!」


 半泣きになった宿屋の主人の前で駄々をこねるギダルフ。そしてその隣でハンマー片手に気炎を上げるダガットとは対照的に、ダークドラゴンハンターズの頭脳であるエルシーズは、冷静に状況を分析していた。


「……宿の主人の言う事も一理ある。彼は要するに、俺たちが城に捕らえられる前に予約していた町一番の三ツ星宿屋は、その格を保つために、妙な噂が広がらないよう、穏便にことを済ませたいらしい。そうなんだろ?」

「…………」

「沈黙は肯定と受け取るぜ。そして……他の宿を紹介するということは、その言葉の裏に、本来俺たちが宿泊の対価として支払うはずだった金銭を肩代わりする……という意味が込められている。そうだろ?」

「はい? え、その……ええ、はい……」


「ふふ……見事ね、エルシーズ。そうやって今までも類稀なる論理力を操り、名だたる著名人を論破してきた経験がここでも生きたわね。それこそが、あなたがただの戦士ではないことの証明と証。そして証拠なのよ。そしてそれはきっと、いつか――いつか、私たちの危機を救う奥の手になるはず。それは私だけが気付いている。それを知っているという優越感に、今は、もうちょっとだけ浸らせて……?」


「いいや納得できん! 昨シーズンは最多予言率を獲得したこのワシの予言が外れてしまうと、競言(競予言の略。王国が定めた公的ギャンブルであり、魔導士たちが予言の的中数や内容を争うE( element)スポーツとして近年、目覚ましい成長を果たしている)のオッズが荒れるぞ! 賭博にハマった者どもの執着と怨嗟えんさを侮るでない。奴らの集合的無意識が結像した時、何をしでかすか、想像もできまい。ただでさえ魔が蔓延る世に、これ以上の火種を生むことは許されぬ。許されぬのじゃ……!」


 合理的ゆえに、冷徹。

 エルシーズが勝手に宿泊先を変更したことで、予言を外されてしまったギダルフは、般若の如き表情で唸る。

 

 実は、ギダルフの高い予言的中率にはカラクリがあった。

 彼はその予言の的中率を誇り過ぎる余り、適当な予言をでっちあげ、それを裏で自ら実行し、様々な裏工作を行うことがあった。


 予言があるからって気を抜かず、それを信じて自らの手で成就させようとする者の存在こそが、世界を動かす原動力……それがギダルフの口癖で、信念であり、大妖精大女王の教えでもある。


「まあまあ、それはもういいじゃん、おじーちゃん! 宿に泊まる、っていう事実さえあれば相対的な奇跡運命論は揺るがないでしょ? それよりもお腹空いちゃったし、早くごはん食べよーよ!」

「マリュー・ヤ・エル・パーシルエート……お前がそう言うなら、納得しちゃおうかな! ワシが妖精界から連れ帰ってきた可愛い『孫』。のっぴきならない事情で両親から捨てられ、妖精界の主要移動手段である妖精鉄道、妖精線のハブ駅たる西妖精駅前に捨てられていたお前を拾ってからはや100年。しかし今もまだ見た目は13歳くらい。老い先短いであろうワシの唯一の憂いは、お前が立派に成長する姿を見届けられないことじゃ……あーあ。まあワシにできる唯一のことは、傍から見てみっともないくらいに甘やかすことくらいじゃ! お前が将来メスガキと罵られるようなクソガキになってもじゃ。うん、マリュー♡ 何を食べたい?」


「ハンバーグ!」


 ダークドラゴンハンターズのもう一人の仲間、緑色のサイドテールの少女の、無垢で快活な笑顔は、闇夜を照らす月明かりよりも透き通っていた。




――――――――――――――


「いい加減にしろ」

 ダメだこりゃ。

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