第3話 メイクグッズ
「あ!コラ!待て!」
私はスリッパを持って黒い物体を追いかけていた。
そう、カレの名前はG(ゴキブリ)。Gはすばしっこくて体が硬い。だからよっぽど強く叩かないと、コロンとはいかない。
Gは私の追いかける様を鼻で(鼻あったっけ?)あざ笑うかのように、物から物へとすり抜けて行く。
遂には物の下に滑り込み、姿を見失ってしまった。
「あー、逃げられた…」
私は毎日あのGと一緒に暮らしている。
だからたまに見つけても、差程驚きはしなくなった。
だがGが居るということは、余程の汚部屋なのだろう。それは自分でも自覚している。しかし忙しさにかまけて気がついた時には、床が全く見えない状態になってしまった。
もし急に誰かが来たとしても、中には入れずに外で会話をしていた。
そんな時親友の美由里からスマホに電話がきた。
「もしもし、美由里?久しぶり!」
「聖、今忙しい?」
「うん、まぁ忙しいと言えばそうだけど…。どうして?」
「今度さ、合コンあるんだけど、聖来ないかなと思って…。ずっと原稿用紙とにらめっこなんでしょ?たまにはいい男でも見て目の保養しようよ」
「目の保養ねぇ。いつ?」
「今度の土曜日。場所は……」
「分かった。気晴らしにもなるかもしれないし、行くよ」
「良かった。少しオシャレぐらいしてきてね。あとメイクも!」
「メイクか…。しばらくして無いな」
「ダメだよ!少しは女子力上げないと、枯れていくだけだよ!」
「はいはい、分かりました。じゃ土曜日ね。了解」
果たしてこの部屋のどこにメイク道具があるのだろう…。聖は物を踏みつけながら洗面台に行ってみた。開けっ放しの扉の中を散策してみる。するといつ使っていたのか忘れるくらいの化粧水が見つかった。
「食品じゃないから賞味期限なんて無いだろうけど、最後にいつ使ったっけ…」
ぶつぶつ言いながら、更に奥に手を伸ばすと、マニキュアが出てきた。しかも中身は分離していた。
「これは美由里が買ってくれたやつだ」
思い出(?)の品がぞくぞく出てきた。が、口紅は1つも見当たらなかった。
「こりゃあ買うしかないな」
口紅もなければファンデーションも無い。まるでとうの昔に女を捨ててしまったようだった。
雲がオレンジ色に変わり、日が沈みかけていた。
聖は思い立った時しか買い物に行けないと思い、すぐにデパートへ向かった。
「いらっしゃいませ」
バリバリ化粧している店員さんに声をかけられる。
「あのファンデーションと口紅が欲しいんですけど…」
「はい。かしこまりました。メーカーのご希望ございますか?」
「特に無いですけど、なるぺく安いのでいいです」
店員さんの笑顔が一瞬固まる…。
「リーズナブルな価格の物ですね。それでは…こちらはいかがでしょうか?お若い方から中高年の方まで、人気がございますよ」
ん?中高年?私は中高年に見られているのか?まだ35才なんだけど…。
少し疑問が湧いたが、低価格な化粧品だったので、ファンデーションはそれに決めた。
「口紅はなるべく落ちないのがいいんですけど…。合コンなんで…」
「まあ、そうでしたか。それでは少しお値段が高くなりますが、こちらのブランドのお品物が良いと思いますよ。そうですね。お客様は色白ですので、ローズ系のお色なんてどうでしょう」
店員は3本の口紅を選び、自分の親指の付け根に塗り、色を見せてくれた。
「あ、じゃ、真ん中の色で…」
「かしこまりました。それではお会計の方をさせていただきます」
「思わぬ出費が出た」
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