掌編小説・『ぐちゃぐちゃ』
夢美瑠瑠
掌編小説・『ぐちゃぐちゃ』
エントロピーが最大の状態、エネルギーが完全に枯渇した状態、所謂熱平衡状態が「ぐちゃぐちゃ」である。そこから整然とした秩序をとり戻して常態を復して人間が住める街並にして、嘗ての「ぐちゃぐちゃ」の惨状が跡形もないようにする、ぐちゃぐちゃだった頃の悪夢のような記憶がすっかり風化して雲散霧消する、エントロピー増大の無為自然に逆行する事は、現代の人類の科学技術をもってしても大変な手間と労苦を要する。それは例えば「覆水盆に返らず」という太公望の故事の、その覆水を超人的な根気強さで元に戻そうとするような、いわばそれは一種の奇跡だと思う。世間知らずの自分でも知っている。日本の人々は、いや日本に限らないだろうが、草の根の庶民はずっとこうした権力者のエゴで作られた「ぐちゃぐちゃ」を、ひたすら、黙々と片づけさせらて来たのだ。否も応もない。自分達で片付けねば誰も片付けてくれない。無意味な破壊や殺戮、事後承諾で何のexcuseもなく不条理で非人間的なプロセスだけが当然のように執行されるのみ。どこにももっていきようのない怒りだけが残るのだ。「ぐちゃぐちゃ」とともに…
「ぐちゃぐちゃ」はつまり「ぐちゃぐちゃ」で、残酷なくらいに非情で、全くコミュニケーションを受け付けない即自存在、偶然に存在するだけの「虚無」だ。マロニエの樹木とかが楽園のオブジェに思えるくらいに殺伐していて嘔吐を催す。
しかしそれは絵空事ではなくて、「ぐちゃぐちゃ」なのが現実であるというひとつの破壊活動、社会への挑戦、危険な宗教、思想なのだ。人間性の否定、冷酷な文明へのアンチテーゼ、絶対的な「悪」。「ぐちゃぐちゃ」が齎す哄笑、それを好餌としている闇の「魔」。禍の引導。許してはならない。本質的に善であれ悪であれ、それは「ぐちゃぐちゃ」をせっせと片づける我々を虫けらとしか思っていないやつらなのだから。
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