配信5.サンシャイントップイエローのルーチンワーク

※配信者視点


 あー、食パンの耳うめぇ。


 給料日まではあと5日間ほどあるが、財布の中身は乏しくなっていた。

 だけど食わなければ腹は減るし、腹が膨れないと仕事にならない。

 高層ビルの窓拭きなんて仕事では、ある程度体力が必要だ。

 もしゃもしゃとパンの耳を齧る。


「まーた餓えたハイエナみたいにもそもそかじって」

「……うす」

 餓えたハイエナって、その表現がひでぇ。

 痩せ型の体型とは自覚があるんだけど、そこに加えて目付きの悪いタレ目と、寝不足ではないのに濃い目の下のクマのせいで、たいてい死んだ魚の目とケチを付けられる。

 うるせぇ、ほっとけ。


 職場の先輩はどっこいせと隣に腰掛ける。

「あー、どっかから金降ってこねぇかなー。あきら、耳一本頂戴」

「嫌っす。先輩の奥さんの愛情籠った爆弾おにぎりは?」

「あー小遣いパチンコで全部すったらミニマムおにぎりになった」

「自業自得じゃないっすか」

 こんな先輩でも仕事の先輩であることは間違いない。

 惜しいけどパンの耳を一本譲る。


「お前今月パンの耳生活早くね?」

「今月、弟が余分に教材掛かるからって仕送り多くしたんすよ」

「はー、いつ聞いても偉いな」

「……ま、しゃーないっす。弟、俺と違って頭いいんで。せめて行きたい大学行かせてやりたいんで」

「え、ケナゲじゃん。この耳半分食べる?」

「元は俺のっす」

 この先輩は元ヤンっぽいし、パチンコ散財激しいし、よく奥さんに怒られているけど、基本的には後輩想いで奥さんにも優しい。

 ……いや、良くラーメンたかられるけど、面倒見はよい方だ……と信じたい。


「そーいや、朗。お前配信続けてんの?」

「……うす。せっかくなんで」

「お前の配信くそつまんねーのに」

 もしゃ……とパンの耳を齧るのが止まる。

「え、酷くねーっすか。配信セットと古いゲーム譲ってくれたの先輩なのに」

「お前くそ下手なんだもん」

「ひでぇ」


 俺は週に2、3回ぐらいの頻度でゲームの実況配信をしている。

 なんつーか、完全に趣味で。


 そもそもゲーム配信をはじめたきっかけは、この先輩夫婦の影響だった。

 先輩夫婦は元々ゲームが好き同士らしくて、結婚してから持ち寄ったゲームとかは被るものも多かったらしい。

 ついでに子どもも生まれるということで、最新の機種を残して古いゲームやゲームソフトは処分しようってことになったんだが、それを俺が譲り受ける形になった。

『なんか配信者って儲かるらしいじゃん? なんかそーゆー動画やゲーム配信とかもやって副業ウハウハしようと配信機材買ったけど、設定とかめんどくなって放置してたのあるからそれもついでにやるよー』ってゲーム配信用の安い機材とか格安ノートパソコンとかも一緒に譲り受けた。

 それが切っ掛けで、閲覧数が毎回30回とかだけどゲーム配信を趣味でやっている。


「元はといえば先輩の奥さんが、暇なときにゲーム配信とか見たいって言ったんでしょ。俺めっちゃ配信の設定頑張ったのに」

「いやお前の動画、一回目配信終わってから嫁と見ていたけど、初回とか画面設定ミスって音声だけだわ、一面さえクリアできないわで」

「最後はしましたよ」

「死にすぎ」

 ぐぅ。それは否定できない。

「操作下手すぎてイライラするし」

「寛大な心で応援してくださいよ」

「ぶっちゃけ嫁が飽きたんだけど」

「ひでぇ」

「まぁ、お前がそんなに続くとは思わなかったわ」

「……わりと、ゲーム楽しいんで」

 ムズカシイコトはわからないけど、ゲームは楽しかった。

 ちっせー頃から貧乏で、ダチがゲームやってんのが羨ましかったってのはあるけど、大人になってからやるのもまた、面白く感じた。


 ……そう。なんだかんだいって、俺はゲームや配信を楽しんでいる。


「ま、お前の配信はくそだけど」

「ひでー」

「お前が楽しいんなら譲って良かったわ」

「……うす」


「あー、どっかから金降ってこねぇかなー」

 どさりと俺の隣で先輩が寝転ぶ。

「……俺は、飯が食えて、仕送りができて、たまにゲームやる時間があれば、それで十分っす」

「欲がねーな」

「身の程を知っているだけっす」

「俺らが清掃しているこの高層ビルにはさー、おキレイな服着て旨い飯食って、高級レストランでデートするような人種だって居るってのに。なんで俺は餓えたハイエナみたいな後輩とパンの耳かじってんのかなぁ」

「ひでぇ」

 

 高級ビルの窓ガラスの清掃は、契約している幾つかのビルをスケジュール立てて拭いていく形になる。

 特に外資系の会社が入っているこのビルのメンテナンスは頻度も高いし、割が良い。

 中で働いている人間もすごそうな人が多い印象を受ける。

 まるで窓一枚隔てて、そこは世界が違うみたいだ。


 なんてビルの横のエリアで通行人の邪魔にならないように休憩していたんだが、どうやらビルで働いている人たちが戻ってきた様だ。


 戻ってきた人の中でも、特に人目を惹いたのは長身で均整の取れた体格のハリウッドスターや海外モデルをしていそうな超絶美形。

 すれ違う人が惚けて、中にはスマホを向ける人もいるぐらい。

 彫りが深い西欧系の顔立ちの外人の男性だ。

 身に付けているものも超一流で、時計やら靴やらがピカピカで、眩しいばかり。


「あんな完璧な美形なら人生イージーモードだろうなぁ」

 ぽつりと先輩が呟く。

「そうっすね」

「美女を両手に抱えてさ」

「モテそうっすよね」

「億ションに住んでさ」

「最上階とか住んでそうですよね」

「チョー高いワインとか飲んでさ」

「猫とか膝に乗っけて撫でてそう」

「良い生活してそうだよなぁ……」

「そーっすね。……あ、先輩。もうそろ時間ですよ」

「ちぇ、仕事に戻るか」

 

 上を見上げればキリはない。

 下を見下ろしても埋まるのは虚栄心だけだ。

 俺はムズカシイコトはわからないけれど。

 

 ただ、わりと身の丈にあったこの生活を楽しんでいる。


「あ、そういえば先輩。配信の事なんすけど」

「お、登録者数100いった?」

「いやまだ5っす。なんか初回から必ず見てるアカウントがいるんすよね。DDJって言うんすけど」

「えーすごいファンじゃん」

「いや、毎回必ず配信にいるんで。あれは無職の暇人か」

「ま、お前の配信くそつまんねーもんな。確かによほど暇人じゃねーと見ねーよな」

「ひでぇ。それか……」

 あーこちらの方が確率高いよな。


botボットかなって」


 うん。全配信最初から最後までいるし。

 なんか知らないけど、配信最後のいいねのタイミングとか機械的だし。



 怖いからブロックしとこ。




botボットとは

特定の命令に従って自動的に作業を行う自動化プログラムの事。参照:日本大百科全書

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