配信3.ネイビーブルーのファーストコンタクト

 さて、そもそもなぜ私があの配信者にハマることになったのか。

 そこを語るには少々仕事の話をせねばなるまい。


 私は外資系の会社に勤めているのだが、常日頃から情報収集と自己研鑽を大切にしている。

 特に日本の市場は開拓が難しく、企業としてどのターゲット層に自社製品を届けるかというのは、社内でも度々戦略を練り直す事があった。

 日本は国内市場が強い。製品も企業努力という名で人的コストを押さえつつ、製品開発は手を抜かないのだ。

 安く良い製品を。

 それを抑えて市場を取り込むならば、ブランドを売り込まなければならない。

 我が社の世界的なのネームと、所有するメリット。そういった富裕層を対象にした付加価値を前面に出した戦略はそこそこに利益を産んでいる。

 だが、もうひと押し足りない。

 何か爆発的な……島国特有のムラ意識を利用したうまい戦略はないだろうか。

 そう悩んで世界的な戦略で有効なインフルエンサーを利用した商戦をより研究しようとしていた時期だった。


「興味深いな。日本では、実名を使ったSNSよりも仮名を利用したツールのほうが、利用頻度が高いのか。それにタレントなどの広告と同じくらいバーチャルタレントの広告効果は高い」


 近年の経済統計などを分析してみても、非常に興味深いデータが抽出できる。

 おそらく電子ツールと共に進歩してきたテキストチャットを主体としたチャンネルの発展と、プロアマ関わらず動画を配信できるチャンネルの隆盛に伴う抵抗感の少なさが、他国と比べてもこのような匿名タレントが受け入れられる様になってきたのだろう。


 少々調べてみるかと、様々な動画の実況について調べてみることにした。

「ううむ……」

 上位配信者と称される者の動画はある程度確認した。

 売りにする面はそれぞれ異なるが、美容、健康、ペット、料理に音楽。どれも世界的インフルエンサーと比べても少し弱い。

 ただある程度ペットタレントなどを使った広告は広い層に届きそうだと視野に入れつつ、メディア系の動画配信なども確認していたがどれも見飽きてしまった。


 22時。

 もう良いかと、次の日の戦略会議に向けて各種資料を揃えていた時だった。


「生配信……初回……ふむ。最後に一本ぐらい素人の配信を見てみるのも悪くない」

 配信内容がゲームと言うことで、あまり気は進まなかったが……。

 日本のゲームカルチャーは世界でも有数だ。有名な配信者のものは、そこそこ見れるものも含まれていたし、大丈夫だろう。

 期待はしないが流し見程度に、気楽に見ることにしよう。

 なんて一本の生配信を見る事にしたのだ。


 それが“ろーわん”との出会いだった。


 丁度生配信に潜り込めたのだが、画面は暗く、いつ始めるのだろうと待っていた時だった。


『あ、これ……もう撮れてんの』

 少し掠れた若い男の声。

 画面は切り替わっていない。

『まいっか』

 いや、よくないだろう?

『うす。ゲーム始めるか』

 チャチャッチャーチャチャーチャーッ♪

 え、このまま始めるの?


 一瞬こちらの画像が上手く映っていないのだろうかと設定を開いたり、全体画面から切り替えて他を写してみるが、問題なく映っていた。

 名乗りさえしない配信者の配信が始まってしまった。


『懐かしいゲームソフトで、なんかそんなの』

 どんなのだよ!

 どこか聞き覚えがある音楽で、喉元まで出てきているのに思い出せない。

 ビョ~ン! ビョビョ~ン!!

 どこか電子音的で懐かしい音がする。

 『あ』

 チャチャーラチャチャーララ。

 という少し切ない音が鳴る。

 いや、画面が黒いままで全然何が起きているかわからないのだが、どうやらGAME OVERしてしまったらしい。

 チャチャッチャーチャチャーチャーッ♪

 あ、リトライし始めたのか?

 ビョビョ~ン!!

 チャチャーラチャチャーララ。

『うげ』

 早! え、GAME OVER早くないか!?

 まてまてまて、全然見えないから音から判断するしかないが、こういったゲームって最初は簡単で、徐々に難易度が上がっていくというセオリーじゃないのか??


『くそ』

 チャチャッチャーチャチャーチャーッ♪

 よしよし。

 ビョ……ビョ……。

 お、次は溜めている。そうだ、慎重に……。

 ビョ~ン!!

 チャチャーラチャチャーララ。

「早いよ!!」

 GAME OVERが早すぎる!

『えー、ジャンプした先に敵がいるの、ずるくね?』

 いや知らないが!!

 うわぁぁぁ!! なんで画面が映らないんだ!! どんな難易度のゲームがやっているんだ!!

『栗が……倒せない……』

 え、何と戦ってるの??

『なんでこんなに……穴空いてるんだ……』

 え、どんな欠陥住宅に入り込んでいるんだ?

『食中植物……丸飲み……』

 怖!! シンプルに怖い!!


 え、どんなゲームやってるんだ!?!?

 目をつぶって想像の翼を羽ばたかせてゲームプレイ画面を想像するが、配信者のGAME OVERが早すぎて、全然情報量が足りない。

 お前は何と戦っているんだ!!

『え、ジャンプしすぎても落ちるし、足りなくても落ちるし、どうすりゃいいんだよ……』

 神に祈るしかないのかもしれない……。

 いやいや、真剣に考え込んでしまったが、何か方法があるかもしれない。おそらく。

『あ、一時間たったから、ここまで』

 唐突に配信が終わる。

 え……え……??


「え????」

 

 時計は23時を指し示し、再生数1の真っ暗な画面が取り残されるのみ。

「お前は……何と戦っていたんだ……?」

 一人現実に取り残されて……脳内に響くチャチャッチャーチャチャーチャーッ♪ という電子音のみ、余韻を響かせる。

 ああああ配信者として画面不備に、どのゲームか、また誰の配信かなどの説明不足!

 視聴者置き去り型配信で、まったく内容が頭に入って来ない!!

 評価は断然今まで見てきた配信者とは比べ物にならないほどヤバい初回配信だ!!


 だが、そう、だが……。

 まるではじめてのお使いを応援するような……。

 また何故か見たいと思ってしまうような……未完成さが後をひく……。


「……次も頑張れ」

 そうして、ぽちりと良いねボタンを押したのだった。



 後から、社内の若い部下に恥を忍んでチャチャッチャーチャチャーチャーッ♪ と歌ってどのゲームかを聞いて、移植版を買って実際に自分でもやってみたが、わりと簡単にクリアできてしまって、どこであそこまで詰まっていたのか、永遠の謎になってしまった。


 この神回より、私はろーわんの配信を欠かさず見ることになる。

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