D・D・Jは投銭したい! ~ダウナー系ゲーム配信者と外資系強火ファン~

弥生

配信1.パウダーブルーのゾンビパラノイア


 19時30分。


 すべての業務を終え、時計を確認する。

 完璧だ。


「D・J、お帰りですか?」

「ああ」

「良いワインが手に入ったと、行き付けのバーから連絡がありましてね。これから一杯如何ですか?」

 柔和な笑みを浮かべる同僚からの誘いは魅力的だが、今夜は少々用事がある。

「ありがとう。だが今日はこれから所用があってね。また誘ってくれ。今度はこちらが一杯奢ろう」

 またな、と軽く挨拶して踵を返す。


 そう、今日は大切な用事があるのだ。


 務めている外資系商社ビルから車で30分。高層マンションの地下に車を停めると、一階のコンシェルジュに郵便物の確認を取ってから最上階に向かった。

 シャツなどを依頼用のランドリーに入れて軽くシャワーを浴びる。

 週に二回程度、個人契約制のジムでパーソナルトレーニングを行っているが、もう少し身体を締めたいところだ。

 なんて筋肉の様子を見ながらキュッとシャワーを止めた。

 寝着に着替えると、髪を乾かし軽く食事を温めて食べる。

 雑多なことを片付けると、それから小一時間ほど仕事や株などのデータを整理し、次に取得する予定の資格などの勉強を行った。

 あらかた仕事に関わる資格は取り終えたが、やはり言語系と特許取得系の資格はもうワンランク上を目指したいところだ。


 なんて過ごしていると、時計の針は21時45分を指し示す。

  仕事関連の資料を片付け、ワインセラーから一本赤の92年ものを取り出すと、チーズや生ハムなどを用意して、パソコンの隣のサイドチェストに置く。

 サウンドがクリアに聞こえるゲーム用のヘッドホンを装着し、気づけば時刻は21時55分。

 完璧だ。


『えー、あー。ども。今日もはじめるっす』

 22時00分に待機画面からリアルタイムの配信画面に切り替わる。


 来た。来た来た!

 定刻通り!

 タイムラインに笑顔のスタンプを流しながら視聴人数を確認すると……5人!

 素晴らしい。前回よりも1名増えている!!


 ワインを一口飲みながら、今日の配信内容を思い出す。そうだ、今日は……。


『えーと、今日はあの映画にもなったゾンビを倒すゲームっすね』

 今日の配信は、ゾンビを倒していく有名なゲームの初期版と言うことで、期待に胸を膨らませている。

 世界的に大ヒットし、全世界でシリーズ累計1億本以上売れている怪物級アクションゲームだ。海外で映画化もされており、そちらも有名になっている。

『なんかその、主人公が警察官……なのかな。そんなのが、えーと、建物に……英語何言ってるのかわからないな……』

 ふっ……全く説明になっていない!!

 主人公は特殊部隊に所属しており、仲間と共に謎を追っていくというストーリーだが……。

『まぁいいか。始めよ』

 このゲーム配信をしているとは思えない説明のなさ!!

 おいおい、ちょっと待ってくれ。ムービーは飛ばさないでくれ! さすがにそこは見せてくれ!


 無慈悲にはじめる配信に思わず声を上げそうになるが、落ち着こう。まだはじめて5分の段階だ。

 おぉ、プレイしている媒体は本当の初期のようで、画質も粗い。

 男性のキャラクターを操作して扉を開け……。

 ……。

 壁に向かって……走って……いる……だと……。

『あれ、コントローラー効かないな。えーと、上を押すと進む。右は……』

 男性キャラクターが右回転し始めた。

『……こうか?』

 今度は逆にキャラクターが左に高速回転しはじめる。


「もどかしい!! 違うんだ、初期のホラーゲームの中には上ボタンだけが進み、左右は向きが変わるだけのもあるんだ!!」

 や、やっと少し壁から道に向かって進み始めた。

 お、最初のゾンビがあらわれたぞ!!

 いいぞ、そこで武器を使っ……っ。

「んあーーー!! また高速回転を!!」

『うわ、えっと、えーっと、あっあっ』

 のたり、のたりと近寄るゾンビ。

 そして慌てているのか、右へ左へコマのように回り出す主人公。


 【GAME OVER】


『あーあ……』

 むろん、成す術もなく倒れていくキャラクター。

 もどかしい。……もどかしすぎる。

 目頭を抑え、無惨に倒れていくキャラクターを直視できない。

 いや、まだだ。ゲームは始まったばかり!


 リトライしたときには、少しだけ回転が収まり、ジグザグと進み行く。

 だが、横を通りすぎるなんて器用なことはできず、キャラクターにゾンビの魔の手が伸び……。


 【GAME OVER】


「た、頼む……頼むから銃を使ってくれ……!!」


 【GAME OVER】


「ひっ、よし、いいぞ、そこだ、そこで、構えて……んんんんん!!!」


 【GAME OVER】


『え、どうやって進むの』

「倒すんだよ!! 説明書を読んでくれ!!」

 なんて届かない声援の中、気がつけば……。

「視聴数減ってる!?」

 なんてことだ。今ここまで生き残っている視聴人数は3名だ。頑張れ。最後まで一緒に見届けるんだ!

 

 祈りが届いたのか、何度目かのリトライでゾンビを倒し、先に進める。よし、いいぞ。回転数も減ってきた。すでに時刻は22時50分。なんてこった。まだゾンビを二体しか倒していない。

 画質が粗く、暗いエリアは見通しが悪い。

「うおぉ、それ、ハーブ! そこのハーブ拾ってくれ!!」

『回復ってどうやるんだ? なんか赤いけど』

「このゲームの回復はハーブなんだ!」

『あー、もう時間だな。えーと、今日はここら辺まで。セーブして終わりにするか。えーと、次は三日後? あー、たぶん。また同じゲームかも』


 良くある「高評価お願いします!」などの台詞もなくプツンと途切れる。

 ふぅ、終わる前にグッドボタンは押せた。間に合ったか。

 おい誰だよバッドボタン押しているの。最後まで生き残った視聴者2名のどちらかか。最後まで見守ったのなら、せめて優しくしてやってくれ!

 

 今日のゲーム配信を反証する。

 今日も……今日とて……一秒も見逃せない感じだったな……。まぁ、見逃した瞬間死んでいるんだが。

 内容も三ミリほどしか進んでいない。

 いそいそとカレンダー機能に三日後の22時を登録する。


 世の中には上手いゲーム配信者も、魅せ方を知っている配信者も山ほどいる。

 小粋なトークや耽美なアバター。そういった配信者も多数いるだろう。


 だが、ここまで視聴者のことなんて居ることすら忘れているんじゃないかと思う配信者はそうは居まい。一瞬たりとも目を離すことができない。

 はじめてのお使いを見守る大人的な意味で。


 そう、私はうっかりこのダウナー系配信者にハマってしまったのだ。

 初回から欠かさず配信を追ってしまう程度には、このやる気のない声が特徴の『ろーわん』という配信者を気に入っている。

 こう、絶妙に心配になるほどのド下手くそなのが癖になる。


 毎回たった1時間の配信だが、手に汗を握ってしまうのだから困ったものだ。

 ヘッドホンなどを外して配信視聴用に買った大きなモニターのPCを落としながら、ふと心配になる。


「セーブって……このゲームのセーブ方法は確かタイプライターなんだが、彼はセーブできただろうか……」


 一人、心配で頭を抱えてしまった。


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