「彼女とキスしたいんだけど」と相談してくるが、そんなの俺にわかるわけがない

島本 葉

第1話

「ねえ、キスってどうやったらいいのかな?」

 

 時は放課後。処はいつもの駅前のハンバーガー屋。


 注文したポテトやドリンクに手を付けないまま、敬太は真剣な表情を浮かべてそう切り出した。ヒソヒソと、秘密の話を打ち明けるように。まあ、こんな話、大声でされても困るんだが。

 向かいに座っていた俺はとりあえず敬太の方を見ないようにして、ポテトを数本口へ運んだ。次いでコーラも一口。うん。うまい。


あさちゃんとさ、そろそろキスしたいんだよ」


 真面目に聞く気がないアピールをする俺の様子にもめげず、話を続ける敬太。

 あさちゃんというのは敬太の彼女だ。

 

「いや、普通にしたらいいやん。付き合っとるんやし」

 

 とりあえず相手をしないと終わらないのは解ってるので、当たり障りのないところから答えてみる。

 

「それができないから相談してるんじゃないか」

「え? これ相談なん? 惚気ノロケやなくて」

「違うよ。秋人ならいい知恵も浮かぶかと思って」

「お前の中で、俺はどんな評価やねん」


 敬太が彼女と付き合い出したのは2ヶ月ほど前だ。その時もどうやって告白しようかとか、同じような相談をされたことをぼんやりと思い出す。それ以降、何度かこうやって相談と言いながら話を聞かされるのだ。

 俺はとりあえず、セットのダブルチーズバーガーを頬張った。

 

「で、手は繋いだん?」

 

 たしか一番最近の相談はそれだった。


「うん。あさちゃんの手はね、とても暖かくてね……」

「いや、それはいいから。お前も食え」


 惚気が始まりそうだったので、ポテトを押しやる。少し残念そうにしながらも、敬太はポテトをつまんだ。

 俺はムカッとする心をコーラで鎮める。


「普通にデートの帰りとか、別れ際でしたらいいんと違うん」


 特に経験があるわけではない俺としては、ありきたりなことしか返せるわけがないのだ。漫画やらラノベやらで出てきそうな展開を言ってみる。ほんま、俺に聞くなや。


「それは考えたんだけど……」

「けど?」

「マスクってどうやって外したらいいのさ!?」


 今は世界的な感染症対策で、みんなマスク姿だ。

 そりゃ、付き合いたてのカップルにはハードルは高いのだろうが俺の知ったこっちゃない。

 

「俺に聞くなよ。君の顔見せてよ、とか言ってはずせや」

「なるほど!」

「なるほどちゃうわ!」


 これで良いこと聞いた、みたいな雰囲気になるのだから納得いかない。

 敬太が彼女の顔にそっと手を差し伸べて、クサイ台詞を吐いてるのを想像して、余計にイラッとする。

 その後も、どこかで見聞きしたような話をいくつかして、そのたびにムカついた。


「でもやっぱり、観覧車かな」


 俺が正解を出さないので、敬太は飲み終わったコーラのストローを俺に向けてニッコリ笑った。


「観覧車だったら、二人っきりになりやすいし、隣に座ったら距離も近いよね」

「まあ、そうやな」


 この野郎と思ってると、不意に俺のスマホがピロン、とメッセージの着信を知らせた。さっと通知を確認して、テーブルに伏せる。


「でも、観覧車で隣に座ったら、下心ありそうでどうなんだろう?」

「いや、下心あるやろ、お前」

「そりゃそうだけど。あさちゃん幻滅したりしないかな?」


 コイツはいつもそうだ。結局どうしたしたいかは決まってるくせに、背中を押してもらいにやってくるのだ。こっちの気なんて知らずに。

 

「知るか! ぐちゃぐちゃ言ってないで、とっとと遊園地誘えや」

 

 俺はそう言ってテーブルの下で敬太の足を蹴飛ばした。

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