第11話「遮戒の昆虫と女神の鎧」

「あなた達は魔物に頼るのをやめなさい。この鎧で魔物に勝ち、自らの力で生きなさい」





 女神は激怒した。あの憎むべき毒針の魔物と悪魔を排除しなければならないと。

 女神の仲間は、魔物にほとんど抵抗出来ず喰らわれ、その魔物を利用する悪魔はさらに世界を大きく壊している。毒針の魔物は、女神の美しい仲間の体液を吸い繁栄する許すまじき敵だ。

 悪魔はその毒針の魔物を利用することもあり、自らがその毒針で苦しむこともあれば、悪魔の一部がその魔物を愛でることもある。全く矛盾だらけであり、女神には悪魔の論理も感情も理解出来ない。

 しかし女神はしばらくして気付いた。毒針の魔物と、美しい仲間が、互いの繁栄のために、仲間の美しさと魔物の羽を利用し合っていることにだ。

 いや、もはやあの美しい命も仲間ではなく裏切り者だ。しかしあの美しさは惜しい。

 そこで女神は、悪魔の武器を転用することにした。美しい仲間のうち、魔物に喰われないための鎧があることを女神は知った。悪魔がその鎧を自分達のために使い、多くの魔物も苦しめていることも知った。

 あの鎧を使い、裏切り者に変化を促した。毒針の魔物と利用し合わなくても繁栄出来る、新しい生き方を用意したのだ。

 計画は始まった。


「何だ、この匂い...タバコか、殺虫剤か?」

「未知のアルカロイドで、ネオニコチノイドやニコチンに近い成分です」

「サイバプラントの奴、こんな化け物まで作ったのか?植物のタバコからネオニコチノイドだと?」

「このタバコの花からは、ロボット化された細胞の花粉が噴射され、ハチや風によらず周りの花と受粉出来るようです」

「...あいつら、動物に頼らず植物だけの世界を作りたいのか?」



 2020年にカエルの皮膚や心臓の細胞を組み合わせて作り出されたロボット「ゼノボット」の技術を応用して、20YY年に植物細胞を組み合わせて動くロボット「サイバプラント」が生まれた。

 しかし「彼女」にとって動く植物の自分こそ生命の最高峰の女神、植物は動けず動物に喰われる仲間、動物は栄養を奪う魔物、それを利用して環境も破壊する人間は悪魔だった。そうして憤り、増殖して、抵抗するための戦いを始めた。

 けれども女神にとって認めがたかったのは、美しい花がいわゆる虫媒花で、ハチなどの動物の助けで受粉することだった。仲間の植物は魔物のハチなどに体液を吸われながらも、それを利用して繁栄しているのだ。そのハチを毒針の魔物と呼んだ。

 ハチと植物は、互いに進化を促し、相手なしでは生きられなくなっている。

 さらに悪魔の人間が、農業のためにまくネオニコチノイド系の薬品が、ハチなどに有害であり、生態系を破壊し、人間も困ることになっていた。

 人間は一部がハチを恐れたり愛でたり、養蜂として利用したりする。それが彼女には矛盾だらけに感じたのだ。

 ネオニコチノイドは虫除けだが、タバコのニコチンに近い成分で有害だとされる。

 しかし、ニコチンは本来タバコの葉に自然に存在する、虫に喰われないための防御物質であり、女神にとっては仲間が魔物から身を守る鎧だった。

 それが女神には朗報だった。トリコロールヤドクガエルの皮膚に、ニコチンに似たエピバチジンが含まれるのを参考にゼノボットに取り入れ、そこからタバコの葉を改造して、ネオニコチノイドに近い成分を生み出し、ハチすら排除するようにしたのだ。

 植物のタバコの花も、自家受粉だけでなく虫を媒介することがあるが、花粉の細胞をロボット化して、自力で飛べるようにしたのだ。そして他の植物も改造する。こうして仲間に、魔物のハチの羽に頼らない「自立」を促したのだ。

 ハチを排除する葉と、ハチに頼らない花粉を持つ、ロボット化された植物のタバコは、「タバコボット」と名付けられた。タバコは英語なので、このような名称となった。


 サイバプラントを調べる人間達は分からなくなった。人間がネオニコチノイドを農薬としてばらまきハチを死なせることによる環境破壊は有名だが、元々ニコチンは植物のタバコが自然に持つ防御物質だ。タバコがニコチンを使うのと、人間がネオニコチノイドを使うのは何が異なるのか?

 ネオニコチノイドを使わずとも、害虫の天敵となる生物を使えば農業を行えるという説もある。しかし、ネオニコチノイドはそれほど「不自然」な物質なのだろうか?

 また、仏教で、飲酒は単独で悪ではないが間接的に悪を誘発する「遮戒」だとされる。そしてタバコは新大陸から世界に広まった植物であり、酒と異なり多くの宗教では禁じるべきか分かれている。南米のカリリ族における、肉食から始まる神話にタバコとカエルが登場する。

 サイバプラントはハチを「遮戒の昆虫」と呼ぶこともあった。植物がハチに蜜を吸われるのは単独では悪でなくとも、共に進化することで間接的に動物の繁栄を招いた、「遮戒」だと捉えていた。

 その「遮戒」に対抗するために利用したのがタバコのニコチンとは、皮肉なものを感じる人間もいた。

 このタバコボットから放たれる、光合成する植物の花粉が、昆虫の羽を模して飛ぶのは、「光合成する昆虫型ロボット」とも言える。それもまた、「遮戒の昆虫」なのだろうか。

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