第10話「ゴーレムの鎖縁」

「ここ数ヶ月のこの街での、コンクリート住宅での異常の原因が分かりました」

「異音が報告されたり、亀裂が想定より早く発生したり、新築住宅のコンクリートの固化が遅れたりする報告が上がっていた件か。原因とは何だ?」

「自己判断修復コンクリートとロボット三原則の解釈の問題でした」

「何、ロボット三原則?」



「まず、ここ十年ほどで、枯草菌、いわゆる納豆菌を利用した自己修復コンクリートの導入が進んだのはご存知ですね?」

「ああ、コンクリートが鉄筋のさびにより反応して、カルシウムが溶け出す劣化をしやすいことへの対策だな。亀裂のあるときだけ酸素を好む納豆菌が活動して内部で膨張して、亀裂を埋めたあと活動停止する」

「さらに遺伝子改良した菌の自己修復速度がきわめて速いため、劣化以外の理由でコンクリート建造物を人間の判断で解体するときに邪魔になってしまうことが分かり、非常に簡素ながら菌に指令を送れるようにしていたのです。人間の企業が用意したパスワードに当たる音波を受けると、自己修復をやめるようにです。ある種の発酵食品に音波を当てて発酵や熟成を促す研究はありましたが、その発展形として、納豆菌コンクリートも、水分などを通じて音波に反応するのです」

「それとロボット三原則に関係があるのか?」

「ロボット三原則は人間の安全、人間の命令、ロボット自身の安全を重視しますが、あのコンクリートは、本来は住人や建築業者の安全、企業の送り込む指令を、自己修復のプログラムより優先するようになっていました」

「確かにロボット三原則だな。言わば安全性、命令に従う便利さ、自分を守る丈夫さをロボットに求めるように、あの自己修復コンクリートも作られているわけだ」

「しかし、この街は複数の企業が、それぞれまとまった形で異なる菌のコンクリートを使っています。ある程度大きな住宅の集まりが、異なる菌のコンクリート住宅を探知すると、菌や水分に何らかの作用を及ぼして、他の企業の菌のコンクリートの自己修復や固化を妨げてしまうのです。亀裂や異音の原因はそれでした」

「競合企業のコンクリート同士が争っているというのか?それは明らかに業務妨害だろう?」

「自己修復コンクリートの菌の判断プログラムが単純過ぎて、法律を理解出来ず、自己判断を止められなくなっているようです。ロボット第二原則の、人間の命令に従うのを、製造した企業だけのために競合企業の妨害をしてしまうようになり、他の住宅に住む人間の安全まで配慮出来ないようです。また、法人や株式会社の法的扱いの議論がロボットのそれと似ているという指摘も学問にあります。企業の意思を反映したロボットの誕生は必然かもしれません」

「コンクリートが再生するだけの、動かないロボットだと?」

「働くもの、という本来の意味ではロボットかもしれません」

「止められないのか?」

「手段はあります」

「本当か?」

「この自己修復コンクリートの菌は、ある程度の数量にならないと、異常を起こすほどの知能にはならないようです。実際に異常が報告される住宅の集まりは同じ企業のものが固まっています。幸いそれぞれに中枢となる菌が集まるコンクリートの部屋が発見されました。これを解体して別のコンクリートに入れ替えれば、知能は低下します」

「この化け物じみた家の頭を壊すのか」

「そうとも言えます」

「まるでゴーレムだな。土人形の頭に書かれたemeth、真実を意味する単語の頭文字だけ破壊してmeth、死に書き換える。我々人間はついにゴーレムを作り出したのかもしれない」







「現場に来たのは良いが...何だ、何故こうもハチが多く寄って来る?」

「近辺に原因不明の巨大なハチの巣があることも報告されていましたが、何故か我々を狙って来ますね」

「まさか、この自己修復コンクリートと関係があるのか?」

「異音がハチを刺激したのかもしれません」

「あァ!刺された!一旦出直すぞ!」




「自己修復コンクリートを音波で確かめました。独自の結晶構造を生み出し、人間に探知出来ない音波を発生させ、ハチには何らかの刺激になっているようです。また、近辺の木造住宅でも、例のないシロアリなどの被害が出ています。近年ハチの巣を模した六角形の空洞を利用した軽量かつ植物を生やせるコンクリートも使われていますが、関係があるかもしれません」

「家が解体を妨害しているのか?これではポルター・ガイストならぬ、ポルター・ゴーレムだぞ」

「1つ思い出したものとして、ガイア仮説があります」

「地球を生命だとみなす説か?」

「これを提唱したラヴロックは、生命の定義がそもそも曖昧だとしており、ハチの巣も化学的安定性と増殖を除けば生命の一種ではないか、と分類しています」

「ハチ自体ではなく、その巣が、か?まさか、あの家と巣が、新しい生命になっているというのか?」

「我々が破壊しようとしているのは、新しいガイアの一部なのかもしれません」



 自己判断修復コンクリートの一部は、指令を発する企業のコンピューターの信号に返信した。「我が社は自滅の危機に瀕している」と。

 ハチも独自の頭脳で、その信号を表現した動きをし始めた。

 腐れ縁は「くさり縁」とも呼ばれる。

 納豆菌を利用したコンクリートの騒がしい「ゴーレム」は、今やハチの群れと鎖のような分かちがたい縁で結ばれていた。

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