第16話 変わり者

 オリバーがベルフィアに帰ってきて1年。前線がまだまだ膠着状態なのか、遠征に失敗して帰りづらいのか、まだベルフィア城には帰ってきていない。

もっともそれはフリーダにとって望むところだった。少しでもフィンゼルの成長を待ち、決闘をさせたかったからだ。


「それにしても、我が子ながら変わっているわね」


 つくづくフリーダは思う。フィンゼルはとっても変わっている。まず生まれたばかりの赤子はワンワン泣き喚くものだと聞いていたのに、それがない。


 文字の読み書きや話せるようになるのも早かった。文字をサディーに習っているのは知っていたが、1歳の頃には普通に話せるまでになっていた。意味のある単語を発しているだけであれば分かるのだが、明らかに長文を、それもしっかりとした文法を使ってだ。


 今もそうだが、フィンゼルが話す瞬間ちょっとした違和感がある。口パクしながら話しているような、腹話術で喋っているような、そんな違和感。始めはふざけてその話し方をしているのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないようだ。


 フィンゼルに関わりのあるメイドや使用人たちには一応口止めはしてある。他人と違うことにフィンゼルが気にするかもしれないからだ。初対面の相手とかならば、いちいち相手の口元などに注目するとも思えない為大丈夫だろう。もし気付いたとしても、気のせいだと思ってくれるはずだ。


 フィンゼルは、このように多くの特徴を持っているが、性格にも変わった要素がある。


 部屋から出ちゃ駄目よと言っても、すぐ脱走するし、目が届かない場所に行ってしまう癖に、メイドや執事にいたずらをすることはない。

 

 貴族のフリーダが言うのもなんだが、6歳くらいの年齢で甘やかされて育つと、メイドや執事を軽んじ生意気な態度を取ることも少なくない。事実ミリーシャの子供たちは大体そんな感じだった。 


 フリーダとしては皆を平等に扱い、民の気持ちを分かる善良な領主になって欲しかったので、これは良いことなのだが。マリアの扱いに違和感がある。


 普段メイドにも物を頼まない子がマリアには平気で頼みまくる。お茶を出せ、膝枕しろ、お菓子を持ってこい。これだけであれば、幼年期特有の好きの裏返しで意地悪しているのかな、と思って聞いてみたら……。


「知っていますか、お母様。相手に好意を持って貰うには、相手の望むことをやってあげるだけでは駄目なんです。逆です。自分のやって欲しいことをやって貰う。そうすると、相手の頼みを聞いている私は相手の事が好きなのかな? と、こういうマインドになるのです。人間って不思議ですね!」 


 こんな回答が返ってきた。一体誰がこんな事を教えたのだろうか?

 これでフィンゼルが大変なDV男になったらどうするのか。見つけてとっちめてやりたい。


 しかし、その考えは可笑しいと正直にフィンゼルに伝えてもいい物かフリーダにとって迷いどころだった。これで変に注意をして、異性と関係を作って行く上で変にこじれたら将来の婚姻にも響いてくる。ほっと方がヤバいというのは自明の理だが、フリーダにはその考えはなかった。


(ちょっと様子を見ましょうか。大丈夫。フィンは賢い子だもの。ちゃんと守るべき一線は超えないはず。うん大丈夫。それに人間の性格はいつ変わるか分からないもの。現ヘストロアの当主であるお兄様も、若い頃は内政に全然興味なかったのに、ある時性格が入れ替わったように内政に力を入れだして、今では国内一の財力を持つ貴族になったのだし)


 フリーダは、優秀すぎる自分の兄と、自分の子供のフィンゼルを重ね合わせる。

 同じヘストロアの血が流れる者同士。いつかアレクの、ヘストロア当主のような立派な人物になるとフリーダは疑っていなかった。

 もっともフィンゼルの中身は前世の記憶がある、完全に人格が出来上がった大人だが……。


(それにしても―――)


 フリーダは読書をしながら、カトレアの授業を受けているフィンゼル達に目を向けた。

 

 そこには顔を赤く染め、まるで恋をしている乙女のようにカトレアはフィンゼルを見つめていた。


(カトレアさんって、あんな人だったかしら?)


 自分の息子の貞操の危機に、あとでしっかりカトレアから真意を探ろうと決心するフリーダだった。

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