第7話 魔法教育2

 俺は今、城の外の離れにある修練上にいた。修練上はおおよそサッカーコート2面ほどの広さがあり、その端には石でできた的が等間隔で配置してある。


「で、何すればいいの?」

「まずは、サディーさんに見せた火球ファイアをお願いします」


 一緒に修練上に来たカトレアが答える。今日は初めてのカトレアとの授業。前にスケルトンの召喚を成功させていることもあって、もはや魔法陣がなくても俺が魔法を使えるということは証明されている。


 美人なカトレアをがっかりさせないようにここは気合を入れるか。

 俺はカトレアに了解の返事をして、右手に魔力を集めて炎に変換させる。そして一気に放出。


火球ファイア!」


 放たれたサッカーボールほどの大きさの火球は、一直線に飛んで石の的を捉えると、的を軽々粉砕し爆発音と共に小さなクレーターが出来た。


「なるほど。噂通りですね。いや、それ以上。魔法陣を使っていないのに、魔力が恐ろしいほど安定している。やはり魔族体質サタナキア……。彼女は正しかったということですね」


 彼女……というのはサディーのことだろうか?しかし、それよりも気になる単語が出て来たぞ。


「さたなきあ?」

「魔力が暴走しにくい体質のことです」

「へー」


 カトレアはさも当然のように話す。カトレアの反応的にあまり珍しいことではないのかもしれない。そこはちょっと残念だな。俺だけの力なら、俺の自己肯定感も爆上がり。自信も付いて言うことなしだったのに……。


「フィンゼル様の火球ファイアは大きさのわりにかなりの威力が出ていました。恐らく通常の魔法使いが使う強火球マイティ・ファイア程度の威力だったと推定します。フィンゼル様に宿る魔力はかなり質が良いみたいですね」

「質?」

「体に宿る魔力にはそれぞれ濃度があります。濃度が濃ければ濃いほど質が良い魔力となり、それだけ魔法の威力が増すということです」


 なるほど。いくら難易度が高い魔法を使っても、個人の魔法攻撃力が低ければ、大した威力は出ないということか。いくら運転技術がずば抜けていようとも、軽自動車ではレースに勝てないのと同じだ。


「そして、魔法の扱いに慣れると、このようなことも出来ます」


 カトレアは、おもむろに赤い魔法陣を展開すると、魔法陣から一つの火の玉が放出される。それは、石の的に飛んでいくと―――


 ドカー―――ン!!!と俺が放った魔法とは比べ物にならないくらいの轟音を放ち、着弾した場所は大きなクレーターを残して何もかもがなくなっていた。


「すっげ……。今のが、炎魔法火球系の最上位?」


 魔法には段階がある。基本的には通常、強化マイティ雄大グランド地獄ヘルの4段階。例えば火球ファイアなら、強火球マイティ・ファイア雄大なる火球グランド・ファイア地獄の火球ヘル・ファイアの順に魔法の難易度が上がり、大きさと威力が上昇して行く。

 カトレアが放った魔法の威力は、威力がとんでもなかった為、最上級の地獄の火球ヘル・ファイアだと思ったが―――


「いいえ。これは地獄の火球ヘル・ファイアではありません。火球(ファイア)です」


 カトレアは、まるでどこかの大魔王のような言葉を放つ。

 俺がその事実に驚いていると、カトレアは続けて説明をする。


「今のは魔力の中でも質のいい魔力を集めて放ったものです。体に宿る魔力の質は均等ではありません。あくまでもフィンゼル様の中には、質のいい魔力が多いというだけであり、これを意識せずに魔法を扱うと、思う様に威力が出ないこともありますので、注意してください」

「分かった」


 俺は素直に返事する。

 

 その後もカトレアからいろいろ教えて貰った。

 魔法を使う際は魔力よりも頭を使う。戦場にいればパニックになり、正しく魔法陣を描けなくなってしまい、いつもの実力が発揮できなくなってしまうため、魔法を使うときは、常に冷静であること。これは魔法陣を使わない俺にも当てはまるそうだ。魔力を冷静に練らないと、たとえサタナキアと言えど、魔力が暴走することはあるらしい。


 次に雑念を捨てること。魔法を扱うのに別の事を考えるのは非常に危険な事らしい。特に魔法陣を使わず、イメージのみで発動させる俺にとってはさらに危険の様だ。


 そして最後に一番重要なことが、魔法は様々なアレンジを行うことができるということ。


 例えば、盾を構えた敵を、火球ファイアで倒そうとした場合、直線上に放っても、盾に弾かれてしまう。そういう時は、魔法陣に火球を旋回させて、回り込むように敵の背後を狙うよう記述すれば、そのように動いてくれるようだ。カトレアはいくつもの火球を空に放つと、それをグルグル回転させる動きを見せてくれた。


「魔法使いはこんなことも出来るのか……凄いな……」


 正直このアレンジと、俺の魔法陣を使わずに魔法を発動させるやり方は相性がすこぶる悪いと感じた。


 魔法の形を固定し、直線上に放つとかなら魔法陣を展開させて発動する魔法より数倍早く発動することが出来る。しかし、左右に曲げながら放つとか、そういう器用な事は難しいようだ。カトレアいわく、イメージだけで魔力に指令を出すのには限界があるのだそうだ。


「いえ、ここまでできるのはわたくしぐらいですね。普通の魔導士は一つの魔法に一つのアレンジぐらいで限界です」

「え……カトレアって何者なの?」

「何者……元々どういう立場にいたかという意味なら、わたくしは王宮魔導士の筆頭を務めさせてもらっておりました。ギュンターくんや元上位騎士のサディーさんに聞いておられたのかと思っておりましたが……。自己紹介が遅くなり申し訳ございません……」

「いや、それは良いんだけど……」


 王宮魔導士の筆頭……なんとなく凄いのは分かるが、どのくらい凄いのかは正直分からない。若いのに筆頭を務めていたということは相当優秀なのだろうが……。

というかサディーが元上級騎士?


 騎士は見習い騎士から始まり、三級騎士、二級騎士、一級騎士、上級騎士、そしてそれらを束ねる筆頭騎士の六階級に分けられるが、上級騎士はその上から2番目だ。やたら厳しいし、メイドの癖にやけに武人気質だとは思っていたが、まさか本当に元武人だったとは……。


「フィンゼル様」


 俺がサディーに付いて考えていると、カトレアに呼ばれた。


「なに?」

「今日の授業を経て、わたくしは確信しました。フィンゼル様は、魔法の扱いに関して多大な才能を秘めてらっしゃいます」


 カトレアは俺の目を見て断言する。こう面と向かって言われると照れるが、悪い気はしない。しかもとんでもない美人に褒められると、俺の自己肯定感は上昇して自信が付くというものだ。


「ですから……」


 カトレアはそこで言葉を切ると、屈んで俺の身長に合わせる。俺の手を取り、じっと俺を見つめる。その顔はちょっと赤く火照っていて、そんな顔で見つめられると、俺も緊張して心拍数が上げていく。


わたくしが責任をもってフィンゼル様を偉大な魔導士に導きますので、大丈夫です。安心して下さい」

「え? ああ。うん」


 カトレアの言葉は俺に言っているようで、ここにはいない誰かに言っているような気がした。

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