第17話 そんな大根の日常(大根視点)

『じぶん、だいこんあしなんで!』


 自分は大根(妖精)である。名前はまだない。だが、自分を生み出してくれた御主人様から承った使命によりこの森の見回りを続けているのだ。


 そう……この森の平和は自分が守る!


 こうして名無しの大根は、今日も砂煙を撒き散らしながら走り抜けるのだった。








 彼は“森の魔女”の弟子であるアリアの魔力によって生まれた畑の妖精だ。その大根は短い手足を振り切り、今日も見事なアスリート走りを披露している(何気に世界記録)。だが、アリアに命じられて森の見回りをしている大根には申し訳ないがこの森にはそうそう人間は迷い込まないし、野生の動物も現れない。しかし、一生懸命に自分の役目を果たそうと走り続ける大根の姿に森は微笑ましく思い見守っていた。


 これは、そんな大根のとある日のお話。










 ***











「どこだ?ここは……」


『……!』



 ちょっと休憩しようと木の根元に腰をおろしていると、ガサッと音を立て茂みをかき分けて森の中に迷い込んで来た人間の姿を目撃してしまった。


 金色のキラキラした髪をした人間のオスのようだ。御主人様たちの装いとは違い、いっぱいゴテゴテしたものがついた動きにくそうな服を着ている。


 木陰から覗きつつ、大根は考えた。


 自分はこの森の守護神(大根)。不審者が現れたならば即刻排除するのが与えられた使命なのだ。と。


 だが、この人間は自分より大きい。そしてなにやら武器のような物を腰に携えている。正面から挑んでも必ず勝てる保証はないだろうと分析した。下手をすればぶり大根かおでんの材料……さらには大根おろしにされてしまうかもしれない!……くっ!自分が瑞々しく新鮮で美味しそうな大根なばかりに!きっと葉っぱまで残さず食べられてしまうに違いない。この人間からはそんな雰囲気がビンビンと感じられた。ーーーーこいつ、意外と野菜を残さず食べるタイプだ!と。


 ……だが、怯えているわけにはいかない。自分にはとっておきの秘策があるのだ!








「くっ、迷ってしまった!あの時嗅いだアリアーティアの匂いがする方向に来たはずなのに……この森はなんなん……ずぁっ?!」


 不審な人間のオスが地団駄を踏んだ瞬間、その足が地面に埋まり盛大に尻もちをつく。右足がすっぽりと地面の穴にジャストフィットして身動きがとれなくなったそのオスはキーキーと悪態をつきながら穴から足を抜こうと必死に体を捩った。



 ふふふ……実はその落とし穴は自分の能力により掘ったものなのだ。対象物がすっぽりぴったりジャストフィットする仕様なのでなかなか抜け出せない特製の落とし穴なのである!普段はこの能力で自分が収まる寝床の穴を彫っているのだが、敵の足を捉える事に成功した。


「なっ、抜けないぞ?!くっそ、なんでこんな所にこんな穴があるんだ?!」


 そして右足を救出するべく足の周りの土を手で掘ってなんとか抜け出した次の瞬間。


「やっとぬけ……どわっ?!」


 左足が穴に落ちた。



 こうして不審者は右足、左足と、掘って抜いてはまた穴に嵌まるを繰り返すと「今日は呪われているのか?!」と叫びながら這いずって森からでていったのだった。





 よし!今日も森の平和を守れたぞ!




 そうして穴ぼこだらけになった地面に手作業で土を盛りきっちり穴を埋めると、再びアスリート走りで森の巡回を再開する大根なのであった。



 アリアの知らない所で大根はしっかり使命を果たしている。そんなお話。









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