第10話 ど近眼薬師は叱られる 

「最近、コハクが冷たい……」


 コハクが知恵熱(?)を出してから数ヶ月。あれからさらにコハクは成長を続け、かなり大きくなってしまった。


 とある日、コハクがお泊まりしたので一緒に寝ていて翌朝起きたら、なんと10歳くらいまでに成長してしまったのだ。魅惑のぷにぷにほっぺも引き締まって、すっかり少年の姿である。


 せっかく抱き締めて寝ていたのに、起きた途端に私を見るなり悲鳴をあげてベッドから転げ落ちていたのだ。瓶底眼鏡を外していたのでどんな顔をしていたかはわからないが、しばらく別室から出てきてくれなかった時はショックだったなぁ。


 コハクが眠っている間に布団に潜り込んだだけなのにそんなに怒らなくてもいいじゃないか……。


 そして急激な成長をしたためか実家のある故郷にはいづらくなったので今は師匠の家に住み込みで暮らしている。


「コハクったらあれからお風呂にも一緒に入ってくれないし、夜も一緒に寝てくれないのよ!」


 定期的に息子に会いに来るハンナにお茶を飲みながら愚痴と言う名の報告をしていると、ハンナが毎回のように深いため息をついた。


「お嬢様……実年齢が0歳とはいえ、あれだけ成長したコハクとまだ一緒に寝ようとしているのですか?」


「魔力のせいでどんなに成長したって、コハクはまだ赤ちゃんじゃない」


 少し前まではなんだかんだ言いながらお風呂で背中を洗いっこしたり、一緒の布団に潜り込んでも逃げずに寝てくれたのに急に背が伸びてからはすぐ逃げ出すようになってしまったのだ。うぅ、寂しい。


「この間、コハクがお風呂に入ってるときに突入したら怒って私を追い出したのよ~っ」


 あのコハクが!いつも「ありあしゃま~」って私の後をついて回ってたコハクが!「出ていってください!」って怒ってしまったのだ。しかものぼせたのかその後鼻血を出して倒れてしまい、なぜか師匠にも怒られてしまった。


「お嬢様……勘弁してあげてください」


「もう、ハンナはいつもそれね。私はコハクと親睦を深めようと思っただけなのに……」


「コハクは今、早くお嬢様に追い付こうと必死なのだと思います。精神的な成長も早いですし、もう赤子扱いはやめてあげてくださいませんか。

 “森の魔女”様もコハクは魔力の増加に耐えるために今は成長がさらに早くなる時期だとおっしゃっていましたし」


「……わかったわよぅ」


 反論したいことは山程あるが、言葉と一緒に紅茶をひと口飲み込んだ。謎のファンタジーな病とやらは師匠が大丈夫だと言うので今は様子見だが、また突然熱を出したりしないか心配なのだ。


「それにしてもコハクが“魔力持ち”として目覚めたらどんなことが起こるのか想像出来ないわね」


 そう、コハクは魔力は確かにあるのだがまだ目覚めてはいない。歴代の“魔力持ち”は目覚めの時に災害レベルの騒動が起きているのだが(私は血液沸騰しただけだったけど)目覚める前からものすごい魔力があるとわかってるコハクにはどんな事が起こるか……。


「その心配もあるので住み込みさせて頂いてるのですが、それよりコハクがお嬢様の攻撃にどこまで耐えられるのかの方が心配になってきました」


「私がいつコハクを攻撃したっていうのよ?」


「それがわからないお嬢様はコハクより子供だと言うことです」


 いつもの無表情だが、ため息混じりに「お嬢様の育て方を間違えたかもしれません……」と呟いたハンナはなんとなく眉根にシワが寄っていた。










 ***








 そんなこんなで、その日はやたら暑い日だった。太陽の光がジリジリと肌を焼き付けるのを感じると無性にプールに入りたくなったのだ。


 といってもこの世界にプールや水着などは存在しない。そうなれば川で水遊びしか無いじゃない?と思ったわけである。


「コハク、川に行きましょう!」


「……川、ですか?」


 すっかり敬語が染み付いてしまったコハクは(たぶんハンナの教育の賜物だ)以前のように「ありあしゃま」とは呼んでくれない。


 その代わり?というか、従者だからと多少の言うことは聞いてくれる。……一緒にお風呂は入ってくれないが。


「だって今日はすごく暑いわ!川で涼みたいし、師匠に川辺にしかない薬草を探してきてほしいって言われたの」


 コハクは少し悩んでから「“森の魔女”様がそうおっしゃるなら」と承諾してくれた。


 ちなみにコハクはいつの間にか料理上手になっていて軽食などならあっという間に作ってしまう。コハクの作ってくれたサンドイッチは絶品で、子供の頃よくハンナに作ってもらった味を思い出すほどだ。ハンナ曰くこれも英才教育の一環らしい。


「……アリア様。またなにか企んでいないでしょうね?」


 お弁当の準備をしているとコハクが疑いの眼差しを私に向ける。


「なにかってなによ?私がいつ何を企んだって言うの?」


 一瞬ドキリとしたが、今ここでバレるわけにはいかない。私は平然を装って「失礼しちゃうわ」と、歩き出すのだった。




















 ……で。今、ものすっっっごく怒られてます。


「アリア様。ぼくのことをなんだと思っているんです?」


「えーと……ハンナの子供で、魔力の高い赤ちゃんで、じゅ、従者志望者?」


「志望者ではなく、アリア様の従者です。そしてもう赤子ではありません」


 その従者が主人である私を正座させているのだがそれはいいのだろうか?


「ぼくは母からアリア様の教育も任されているので問題ありません。ちゃんと“森の魔女”様から許可もいただいています」


 心を読まれた!って言うか酷いや、ハンナと師匠!


「だって、コハクはやっともうすぐ1歳になるとこじゃない?」


「でも心身共にすでに12歳くらいだと“森の魔女”様から診断して頂きました。ぼくが魔力のせいで成長が早いのはアリア様もご存じのはずですが?」


「でもぉ……」


「でもじゃありません!」


 コハクが声を荒くしたとたん、それまで晴天だった空模様が急に曇りだした。


 ゴロゴロと雷のような音まで聞こえだし、コハクの背景がまるで魔王降臨のようになってくる。


「あれほどぼくを赤子扱いしないようにと、母や“森の魔女”様から忠告してもらったのに……なんなんですか、それは!?」


 ドカーン!とコハクの真後ろに雷の一閃が落ちた。


 怒っている。なんでかわからないが、ものすごくコハクが怒っている。


 私は何がそんなに悪かったのかわからず首を傾げながらと指差された私の格好を見た。


「……水遊び着?」


 私の格好。それは、水着がないなら似たようなのを作っちゃえばいいのよ!と布で作った水着擬きを着ているのだが……。


 確かに布なので水分を吸って貼り付いているがちゃんと隠れているし、どのみちコハクしか見ていないのだから何の問題もないはずだ。なのに、川に到着したので着ていたワンピースを脱ぎ、この姿になって川に飛び込んだらこうなってしまった。


「だって、川でコハクと水遊びしたかったんだもの!

 でも一緒にお風呂を嫌がるってことは私の裸を見るのが嫌なんだろうと思ってこれを作ったの……に……え、コハク?顔が真顔になってて怖い「アリア様……」は、はい」


 コハクの足元から地響きが聞こえだし、背後の雷はさらに酷くなった。


「アリア様なんか……もう絶交です!!」





 ドーーーーーーーーン!!!!





 その日、コハクの魔力が目覚めた。


 地面にはいくつもの亀裂が入り、森の上空は嵐が吹き荒れ、せっかく芽吹いていた草木は恐怖にかられてその新芽を引っ込めた。


 なぜか井戸からは温泉が慌てたように勢いよくふきだし、アリアの手入れしていた畑からは覗くように抜け出そうとしていた大根が「ヤベッ」とばかりに根っこをしまい知らないフリをしだす。


 ひび割れた地面の中からは金塊たちが飛び出してくるし、その中にはいまだ発見されていない珍しい鉱石もあったとかなかったとか……。シロに至っては羽を器用に動かし森の動物たちを密かに作っておいたシェルターへと誘導していた。


 幸いにも不思議な森の守護のおかげなのかその騒ぎが森の外に漏れることは無く、地面の亀裂や怯える新芽も“森の魔女”によって元に戻され、思わず湧き出た温泉もやっと冷静になり水へと戻る。金塊たちも誰の目にも触れること無く地面の中へと戻っていった。



 それから1週間。


 コハクはアリアと目も合わさずに母であるハンナと共に実家に帰ってしまい、絶交を宣言されたアリアはショックのあまり寝込むのだが……。


 事情を知った師匠からは呆れたように「自業自得だねぇ」と言われ、専属聖霊であるシロからも「ピィ~」と肩をポンポンと叩かれただけであった。




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