第3話 ど近眼令嬢は友を得る

 そして10歳になり、最初のイベントである婚約者選びの日が来た……。




 婚約者選びの会場でもある王城の広間で私はため息をつく。妙に張り切ってドレスや装飾品を押し付けてくる両親から逃げるようにやって来たが、そこには数人のご令嬢がそれはもう豪華に着飾って並んでいている。あ、私の眼鏡を見下してきたあのときの縦ドリルだ。


 みんな「え?ほんとに10歳?」ってくらいばっちりお化粧して重そうなダイヤモンドをぶら下げている。


 うわー宝塚も真っ青な厚化粧。原型わかるのかな?



 え?私?すっぴん眼鏡ですけど、なにか?


 いやほら、眼鏡が重いから化粧とかしてもずれてとれちゃうし、鼻当てのとことか汗かくし。あの眼鏡を外した時にできる鼻当ての形がいやなんだよなぁ。


 それにまだ10歳じゃん?お肌ピチピチじゃん?今からそんな厚化粧してたら将来お肌ボロボロよ?


 ドレスも目立たないように地味……シンプルなものにした。アクセサリーも申し訳程度の地味……控えめな感じである。

 これならこのゴテゴテ集団に埋もれて、いるかいないかわからない存在になれるという作戦だ!ひっそり息を潜めてやるぜ!


 あの両親が用意していたゴッテゴテの派手なドレスや宝石、山盛りの化粧道具はもちろんハンナがこっそり処分してくれた。


 ハンナ曰く「お嬢様が1番輝いておりました(眼鏡が)と報告しておけば問題ないかと」らしい。確かに私の瓶底眼鏡はハンナがピカピカに磨いてくれたのでキラッと光を反射しているが……まぁ、いいか。


 それにあんなごってりした化粧品なんかを塗りたくってたら皮膚呼吸出来ないし、あの重そうな宝石も首が折れそうな気がする。


 うん、ハンナぐっじょぶ!


 さぁ、さっさと婚約者候補から抜けて再び本まみれの日常に戻るわよぉ!










「王子の婚約者は、この娘よ!」


 それからちょうど1時間後。王妃様が妙にハイテンションで私を指差した。


 あ、人生オワタ。


 私がその瞬間、思わず膝を地につきOrz状態になってしまった事は言うまでもない。


 周りのゴテゴテした令嬢たちが信じられないという顔で私に注目する。ものすごい形相でこちらを睨んできて呪詛でも呟いているようだが、私だって不本意だ。


 ちなみに王子は苦虫を噛み潰したみたいな顔して渋々従っていた。そうですね、親には逆らえませんよね。でも本心駄々漏れの顔で私を睨まないでもらえます?そんな顔したいのはこっちだボケ。


 でも不幸中の幸いか魔力持ちなのはバレなかった。まぁ、わずかしかないからね。隠し通せば隠しきれるはず!


 ……ん?魔力持ちだってバレてないのになんで婚約者に選ばれたんだ?まさか、小説の強制力的な何かの力が作用したとか?



 謎だ……。









 そして12歳。この頃から私は極秘作戦を決行することになるのだが……。



 王子とは、良好?とは言えないが最低限の接触だけをして婚約者続行中。と言っても本人同士の相性は壊滅的だが。


 眼鏡はもちろんはずしません。これは顔の一部です。








「お前の家には、まだ鏡が無いのか?」


 毎月1回の面会で必ず同じ嫌味を言われるのだが、どうやら王子にはボキャブラリーというものが無いらしい。


「王子は本当に鏡がお好きですわね」


 私はずり落ちかけた瓶底眼鏡をくいっと指先で持ち上げ、王子にいつもの返事をする。


「ふん、お前はいつも同じ事しか言わない女だな」


 鼻で笑いながら吐き捨てるように言ってくるが、それはこっちのセリフだ。


「あら、王子こそたまには違う事をおっしゃってはいかがですか?」


「お前の方こそ、いい加減そのみっともない眼鏡を外したらどうだ!まったくこんな女が婚約者なんて恥でしかない……王子である俺が素顔を見せろと言っているのに不敬だと思わないのか!?」


 イライラした様子で足をパタパタと動かす王子。仮にも自分の婚約者をお前呼ばわりする王子もどうなんだ。

 そんな王子に対して私はにっこりと口元に微笑みを浮かべた。


「絶対嫌ですわ」


 まったく……素顔を見せろ?不敬だぁ?毎回同じ事ばっかり言わせやがってーーーー


 眼鏡は顔の一部だって、言ってんだろ!


 王子をガン睨みする悪役令嬢のレッテルなんか貼らせるもんか!眼鏡令嬢のレッテルでギリでしょうが!

 もはや王子を拒否してる時点でギリアウトでしょうがよ!


 でも素顔でガン睨みしたら確実に死刑なんだからそれだけは回避する!


 そんな事を考えながらも口元だけは頑張って笑みを浮かべにこやかに王子に対応するのが毎月1回のお決まりだ。


 ちなみに心の中では毎度王子を回し蹴りで吹っ飛ばしているのだが……いつか#実行す__殺__#る!


 そんな眼鏡の奥では殺意に満ち溢れた瞳をしている私の事など気にするでもなく王子は「鏡を見てから出直してこい」などと面白くもない事を繰り返し言い続けるのであった。


 ひとつだけマシな事と言えば、この月1回の面会以外は呼び出しなどが無い事くらいか。王子の婚約者ともなれば王妃教育とか礼儀作法とかあるかもしれないと思っていたのだが、王妃様からは何も言われない。

 私が図書庫に籠ってある事も知ってるだろうが見て見ぬふりをされているようだ。 


 まぁ、公爵令嬢だし教育は行き届いていると思われてるのかな?どのみちめんどくさいことが無くてなによりだ。







 *******








 そんな頃、私には友達ができた。


 毎日図書庫に籠っていたらどこから入ってきたのか、小鳥が本棚の上からこちらを見ていたのだ。


「ピィ」


 真っ白なその小鳥は小首を傾げながら私の上をくるくると飛び、そして頭の上にちょこんと留まった。


 か……可愛いぃぃぃっ!


 なんていう種類の鳥だろう?大きさ的にはインコっぽいけど、微妙に違う気もする。どこかに鳥の図鑑があったはずだが、下手に動いて小鳥が逃げてしまったら嫌なので上目遣いでチラリと見ると、なんとその真っ白な小鳥はヨダレを垂らし、かくんかくんと居眠りをしていた。そしてこてりと私の頭の上で眠ってしまったのだ。


 ……小鳥って、ヨダレ垂らして居眠りするんだなぁ。と思いながら小鳥をそのままにして読書を続けた。多少動いても小鳥は逃げる様子も無いし、なんなら「ピィーピョョ」とイビキまで聞こえてくるくらいだ。


 そして不思議な事にその小鳥は毎日どこからともなくやって来てはわたしの頭の上で居眠りをするのだった。


 いつの間にかそ私はの小鳥に会うのが楽しみになっていた。その小鳥に「シロ」と名付け読書の合間に撫でて遊んだり餌をあげたりして過ごしている。


 ネーミングセンス?そんなの母親のお腹に置いてきました。


 シロはなんていうか……不思議な小鳥だ。


 あれから図鑑で調べてみたが似たような種類はいてもドンピシャなのがいないし、もしかしたら突然変異的な鳥なのかな?


 だって……鳥用の餌は食べないのに、私のおやつのクッキーを丸飲みするのよね。どう見てもシロの嘴に入りきるはずの無い大きさのクッキーを「ピィッ」と掛け声ひとつでごっくんするところを初めて見たときは驚いた。


 ……小鳥ってこういうもんなの?と首を傾げるが、なんせ前世も含めて動物など飼ったことなんかないので生態がよくわからない。

 よくわからないが、これだけはシロにちゃんと言っておかねばなるまいことがある。


「シロ、おやつだけじゃなくてちゃんとご飯も食べなくてはダメよ?」


 私は昼食用にハンナが用意してくれたサンドイッチをひとつシロの前に差し出した。野菜たっぷりの栄養満点サンドイッチだ。


 おやつだけじゃ栄養が偏るわ!


「ピィ?」


 シロは小首を傾げながらそのサンドイッチをジーッと凝視し、こくんと頷きそのサンドイッチを丸飲みした。


「ピィ」


「よし、野菜もちゃんと食べないとね!でも、噛まないで食べて喉につまらないのかしら……あ、鳥って歯がないのか」


 ……まぁ、いいか。たぶん、この世界の小鳥はこういう生き物なのだろう。


 その後ハンナに「小鳥の友達ができた」と言ったらなぜか涙ぐんで喜ばれた。すみません、人間の友達がいなくて。





 そしてとうとう極秘作戦を決行する。


 それはプチ家出をすることだ。家出と言っても夕方には帰ってくるのだが、その目的を知られないためにこっそりと行わなければならない。


 そのため長年図書庫に引きこもっていたのだ。私は朝から図書庫に入れば夜まで出てこない。食事はハンナが運んでくれるし、図書庫のすみには簡易ベッドとかトイレもあるので1日いても別に不便はないのである。


 それに、そんな私にどうせ両親も興味を示さない。


 あの両親は私が王子の婚約者に選ばれ、王妃から何も言われない事になぜか勝ち誇った顔でいるのだ。今後婚約破棄されるかもとか、王妃の気が変わるかもとかなんてことは微塵も考えていない。ある意味幸せな夫婦だ。

 自分たちがあんなに毛嫌いした眼鏡娘なのに、なぜあんなにも自信満々なのかは永遠の謎である。


 まぁ何が言いたいかと言うと、つまりハンナが協力者であるため、私がこっそり図書庫から抜け出しても誰にもバレないと言うことだ!


 さぁ行こう未知の世界へ!レッツ、プチ家出!


「少年は神話になるのよ!」


「お嬢様は少女だと思いますが」


 私の意気込みの叫び(ノリで叫んだので意味はない)にハンナが無表情で突っ込み、シロが「ピィ」と同意をした。






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