30.少年のとある日(4/4)

「僕、たとえ10年後でも……好きでも無い人に勘違いさせるような事、しませんよ」

「な……」


そのまっすぐで純粋すぎる物言いに、幸は思わず後ずさりする。


色々言いたいことがありすぎて、逆に出てきた言葉は、


「な……んで、いきなり敬語なんだよ……」


としか無かった。



***



「──で、10年後って……どんな感じになってるの?」

「……どんな感じって?」

「いや……もう背は伸びないけど、貫禄位はつくかなーって思って……」


その後、両者色々落ち着いた頃に少年は口を開いた。

その質問に、幸はうーんと唸る。


「そうだなぁ……落ち着いてると言えばそうだし、違うとも言える気もするし……」

「……?」

「あ、でもね」


捉えにくい性格をしているからか説明しずらかったけれど、一つ伝えられる事があったのを思い出して幸は続ける。


「暴力を全然振るわない、かな」

「えっ」


よく分からなそうに聞いていた少年も、それには驚いた様に声を出す。


「それで僕……大丈夫だったの?」

「まぁ……直接聞いた訳じゃ無いけど、見る限りは」

「……」


苦い顔で黙り込む少年に、幸は何気なく言ってしまった。


「……なんなら一日試してみれば?意外と大丈夫かもよ?」


その言葉に、少年は軽く目を見開く。


「え……う、うん……」


少年は見るからに動揺した様に表情に影をさすが、それを承諾した。


……幸は知らなかった。

『れいちゃん』のお願いは、少年にとって何よりも……絶対的である事を。


「やってみる……」


明らかに様子のおかしい少年。


少年はしばらく経った頃、幸の目を離しているうちに、


(……え?)


自分の顔や首元、腕を傷付けていた。


「な……にやってんの?!!」

「はぁっ……はっ……」

「おい!大丈夫か……?!」


幸はそんな少年に気づくと慌てて押さえつける。


少年の力が弱いのか『れいちゃん』の力が強いのか、少年はあっさりと押さえつけられる。


少年の目からは涙が零れ出し、傷付けた所に滲んで赤い涙をつくる。


「……だめ、だめだった、やっぱりだめだった……」


それから、少年はか細い声で呟き始めた。


「僕はやっぱり……傷付けないと生きていけない……。自分も例外じゃない、誰かを……」


それが余りにも酷く見え、幸は思わず抱きしめる。


そして、冷静に告げた。


「……今の君は助けられない。でも、10年後……君がまた同じ事を思う様なら、そのを引き受けてやるよ」


言葉は冷静だったが、心は酷く動揺している様で、幸はさっき抱きしめたと思ったらすぐに離して少年の目を見つめた。


「だから……くじけるなよ……」


少年の目からは、大粒の涙が零れた。





****





「……?」


幸が目を開けると、そこには普通の天井があった。


「……そうだ、夢か」


そして、幸はようやく今までの経験が夢であった事を思い出す。


ゆっくり幸が起き上がると、すぐ横からこえがする。


「どうだった?夢の中は」

「!」


声を掛けたのは009だ。

少女と一緒に幸の事を見下ろしている。


「大変そうだなって、思いましたけど……」

「……そうだなぁ、確かにあの頃の016は大変そうだったのは分かるよ」


幸がとりあえずで答えると、009も苦笑しながらそんな事を言う。


「ま、今回のデータは記録させて貰うけど……いい経験になったでしょ?016は先に終わって向こうの部屋居るから、そこでちょっと待っててよ」

「はぁ……」


まだ色々と落ち着かないままで、幸はとりあえず部屋を追い出される。


『あ、それと……今回の夢は、相手にも分かるようになってるから』


(そんな事言われても、こっちには夢の内容伝わって来て無いけど……)


さっきの009の言葉に違和感を覚えつつも知らない事はしょうがないので、案内された部屋の扉を開ける。


「お待たせー」

「キミ!!」


すると、いきなり大声で呼ばれて幸は心臓が止まるかと思う程ビクッとしてしまう。


「な、何……?いきなり……」

「……あぁ、ちょっと待って……何から聞けばいいか分からない……けど……!」


その声の主である016は、明らかに動揺している様だった。


そして、しばらく黙り込んでから遠慮がちに口を開く。


「キミ……れいちゃんと会ってたの……?」

「……?」


その様子に困惑しながらも、幸は答える。


「会ってたというか……?」

「そうじゃなくて、現実で昔、君と……」

「え、会ってない会ってない!初めて見る人だったし……」


焦り気味に言う016。

予想外の質問に幸が否定して手を振ると、


「じゃああれは……!何の記憶なんだよ!」


と、016が勢い良く幸を引っ張り、幸は思わず膝をつく。


「い、痛……」

「!……ご、ごめん……」


珍しく取り乱し乱暴になる016に少し幸が困惑していると、016は口を開く。


「ねぇ、キミ……本当に何も覚えて無いの……?」

「え?……うーん、そうみたい……」

「……」


情緒不安定なまま、016は独り言の様に語り続ける。


「僕は……信じられないし、出来るなら信じたくない……」

「……一体どうしたって言うんだよ……?」

「……他にもさ」


016は幸の質問には答えずに、膝をつく幸より下の方に目線をやる。


「僕は、キミの見た夢の記憶がある」

「?……うん」

「れいちゃんの姿のキミの言動も全部。……そう、知ってたんだね」


016は幸の肩にそっと手をやる。

幸がなんの事か分からないまま困惑していると、


「知ってたのにキミは……変わらず僕についてきたんだ」


……と、苦い顔をして目を細める。


「何を……」

「誤魔化すな」


016は、今まで見せた事のない程冷たく、そして乱暴に幸を突き飛ばした。


そのまま音のする程強く片手で横に手をつかれ、幸が思わずビクッとしていると、016は困った様な、行き場の無い感情をどうしたら良いのか分からないと言ったように口を開いた。


「……いつから知ってたの?僕のの事……」

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