16.格の違い

「もう行くの?」


今日もよく晴れた朝。

そんな日に、007はとぼけたように言う。


「もう一晩くらいゆっくりしてけば?」


それに016はフッと笑って答える。


「……遠慮しておくよ。急いでるんでね」


冗談に真面目に返す016に、007はヘラヘラと笑う。

すると、016は途端に険しい顔になる。


「それにここ、あんたの家じゃないだろ」

「……」

「…はどうした?」


016の言葉に、007はつまらなそうな顔で、「あー…」と目を逸らす。


「……今は山奥に出掛けてたかなー」


016はそれに露骨な嫌悪感を示す表情で言う。


「そういえば、そういう奴だよ、あんたは」


それに007は目を細めて笑い、自身のネクタイを外して016に見せつけた。


「そうさ。オレはなんたって、奴ら忠犬と違ってノラ猫なのさ。仕事はもうとっくに終わってる」


仕事という単語に016はチラッと幸の方を見るが、幸は何も無い所をぼーっと見つめているだけ。

それで向き直ると、007は手を出して、ポンと016のネクタイのあたりを叩く。


「きみはまだ仕事中だ。頑張ればいい」

「……すぐに終わらせるさ」


意味ありげに言う007の言葉を、016はまたフッと笑って返した。


それを聞き遂げた007は、その目線を幸の方に移す。


(……まさか、こんな所でこんな女に会う事になるとはなぁ)


幸は相変わらずそっぽを向いている。

その左目には、痛々しいくらいの白い包帯を巻いて。


そして何より、007の目に映る幸は驚く程冷たく、薄情そうだった。


(まぁ、いずれまた会うだろ。……なんたってオレは、『007』だから、な……)



***



「次、047って人の所だっけ?」

「……あぁ」


007と別れ、しばらく経った所で幸が訊ねると、016は答える。


「047は僕でも知ってる、交友の多い奴だったから……結構近づけると思う」

「そー……」


016の話を適当に聞きながら、幸は考える。


(……お兄さんの所、寄って行きたかったりするのかなぁ…)


幸にとって、016の話す親しい家族は今の所『お父さん』と『兄の006』だけだ。


『お父さん』には何か闇があるとしても、『兄の006』……007がピッタリな兄弟と呼ぶその兄の存在が、幸には気になってしょうがなかった。


……が、


(まぁ、良いか……)


幸は深く考えようとはせず、それを放棄した。


(いずれ分かることだろうし)


そうして016から目線を離す幸を、今度は016が訝しげな表情で見つめる。


「……」


そして、視線を落として言った。


「その目さ……その……早く治してよ」


珍しく詰まり気味な016の声に、幸はちょっと驚きつつも、彼の顔を見下ろす。


その顔は、拗ねた子供みたいだ。


「わっ!」


幸はその頭を乱雑にぐりぐりと撫でた後、穏やかな表情でフワッと上を向いた。


(あれはびっくりしたけど、久しぶりに思い出したなぁ……)


(あの時の事……)



*


その頃、自室で静かにお茶を飲んでいた007は呟いた。


「016、滑稽だったなぁ……」


007の頭の中には、会った時の見下すような視線の016から、動揺する016、そして、昔の016までが蘇っていた。


(オレはからなぁ……。他の奴らの言う016といえばってのにはあんまり共感出来ないけど、さっきので……ちょっと分かった気もするよ。全く意外だったけどね)


カチャリと音を立ててカップを置き、007は窓から山の方を見る。


(オレにとっては、016と言えば006だったから……。外面だけ変われても、中身は同じ感じだったし)


そして016を思い出すと同時に、007の頭の中に浮かんできたのは、……幸だ。


(まさか……ね)


(……何の目的かは知らないけど、大きな事が起こる気がしてならないな)


007は窓の縁に触れる。

反射して映る007は、先程見せつけるように外したネクタイを、またちゃんと締めていた。


(しょうがないから、オレも行くかなー…)


(ここには、どこかに行く意味が無いから、居ただけ……だし)


そう言って007は窓から離れ、一つ引き出しをゴソゴソとやって、何かを取りだした。


それは……カセットテープのように見える、黒くて四角い、何か。


「持ってくかー…」


そう言って007はそれを小さなバッグに入れて、肩に掛けた。


「……」


……が、玄関の扉に手をかけた所で立ち止まる。


「……まぁ、明日でもいいや」


007は意味ありげに、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟いて、荷物をほおり投げた。


「……寝よ」


そう言って007はまた窓に近寄り、カーテンの端を掴む。


「……」


半分ほど閉めた所で手が止まる。

締めかけた窓の先には、さっきも見ていた山がある。


007が無意識に、顔を少し歪めながらも見てしまう山の奥に、一体何があるのかは、誰も知らない。


007は振り払うように、シャーッとカーテンを勢いよく閉めて、その場を後にした。

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