15.少女と暴力
「……」
016は言い訳も慌てもしなかった。
その沈黙は、007の言う事を肯定しているようにもみえる。
(オレたちは、…いや、お前らは、『上』の影響を強く受ける)
(あの兄、006の世話を受けて育ったお前の本当の愛情表現は、暴力なんだろ…?)
「……」
007は016を観察するように見る。
016は相変わらずの表情で何も無い所をただ見つめているだけ。
(さっき見た感じ、あの女にそういった跡は無い。あの女がもし『ターゲット』なら……やっぱりあの016でも『父』には逆らえないのか)
この3人の中で唯一まともに喋る007が黙っていると、本当に話す人が居ない。
しんとした空間の中、幸と016は見つめ合う。
……いや、お互いが一方的にお互いを眺めていると言うのが正しいか。
(試してみる価値はありそうだな……)
そして、ようやく思考がまとまった007は2人に向かって言う。
「遅いから泊まってきなよ。明日色々教えてあげるから」
****
夜。
「016はフロ行ったよ」
やあ、と、片手を軽く上げながらそう言って幸の居る部屋に入ってくる007。
「あ、そうですか…」
幸はもう慣れたのか、普通に007に接する。
「知ってた?016が暴力的だった事」
「いや…」
すると、007は近くのイスに楽な格好で座って話し始める。
「……016に殴られた事は?」
「それも別に…」
「…あはは、だろうね」
007は軽く笑って立ち上がり、今度は幸の耳元に近寄って小さく囁いた。
「じゃあ、オレたちが███な事は?」
どう?と試すように言う007に、幸は「あー…」と苦い顔をする。
「えーっと……拠点?を、出る時に…」
(やっぱりみんな……そうなんだ…)
幸が答えると、007は意外そうに少しだけ目を見開く。
「へぇ、使ったんだ。拠点」
そうかそうか〜と頷いた後、「ん、」と言って007はごく自然な動作で幸のマントの首元へ手を伸ばした。
「……じゃあ、最後に」
007はぐっとその裾を引っ張り、幸は007の方へ動く。
そして007は幸の左目めがけて、
ガツン…
自身の拳を強打した。
……つまりは、幸を殴った。
(……あっ)
幸は何も言わずにただ007を見つめ返した。
その左目には血が滲む。
(これ……こいつは…)
その目を見て、007はある事に気づいたようにバッと手を離す。
「……どうも。夕食作るの手伝ってくれる?」
「良いですよ。難しいのは出来ませんけど」
打って変わって途端に距離をとって貼り付けたような笑顔で言う007に、幸も同じような笑顔で何事も無かったように返事をする。
(……わざとらしく笑いやがって)
007はそのまま踵を返して扉の方へ向かう。
(でも、何で016は……いや、それよりも、あの女はダメだ)
何か考えかけて、007は慌てて首を振る。
(目ぐらい閉じるヒマ、やったつもりだけど、オレは)
逃げるように去っていく007。
一人残された幸は、出血した目に手をやって、一言呟いた。
「いったいなぁ…」
***
「?!何だこれは?!」
「じゃがいも……」
キッチンに大きな声が響く。
「オレ、ピーラー渡して皮むいてって言っただけだよな?!……ボールいっぱいくらいあったよな?!え?!」
今ボールの中には、それは半分も入っていない。
「それが、こんな豆みたいな…」
007がそう言って手に乗せたのは、本当に豆サイズの小さな塊。
それが果たしてじゃがいもと言えるのかさえ怪しい、そんな塊。
「『難しいのは出来ませんが〜』どころじゃないぞ、これは!」
詰め寄る007。
「えっ、ダメですか?」
それに焦った様にピーラー片手に笑う幸。
「ごめんなさい……」
その左目には、これみよがしに包帯が巻かれていた。
「……」
016はフロから上がってから、…いや、正確には包帯を巻いた幸を見てからは、一切喋らず手を組んで何も無い机を一心に見つめ続けている。
(あっ、ちょっと効いてる?)
その様子を見て、007はそんな風に思う。
(まぁ無理も無いか、フロ上がったらあんな目立つ所に包帯巻いてるんだもん)
清々しい程に他人事だ。
007も、そして幸でさえも。
「いただきまーす」
****
「布団どう敷く?」
「……」
突然の包帯の説明も何もせず、呑気にそう言う幸の言葉を、016は聞きもせずにずっとそっぽを向いている。
「聞いてる?」
すると、幸は強引にもずいっ、と、016の前に顔を出して問いかけた。
「?」
不思議そうに正面から見つめる幸。
016は目に入れないようにしていた包帯を視界に入れて、ゾクッと何かが動くのを感じた。
目を見開いて、右手をぐっと握る。
その勢いのまま左手で007のやったようにマントの裾を引き寄せてから、016は固まる。
「……」
やがて、左手をゆっくりと離して握っていた右手を広げて幸の頬の方へ移動させた。
(ダメだ……ダメじゃないか……)
016は冷や汗をかきながら、あくまで自分が幸を引き寄せたのはこの為だと言うようにキスをした。
「……」
その様子を、幸は観察する様に、ただ無言で見つめ続けていた。
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