百鬼夜行
それから私達は、『家入の隠し屋敷』と、そう呼ばれているらしいところの玄関のドアを見据えていた。
ドアの付近にインターホンは無く、そもそも律儀に挨拶をして入る必要は無いなと思った私達は、勝手に入る事を決めていた。
「じゃあ……行くよ……?」
「おお……慎重にな……? 何があるかわからんから……」
私は扉のノブを回す。すると、鍵はかかっていなかったようで、すんなりと開いた。
屋敷の扉を開け、一歩中へ踏み出すと、そこはエントランスホールとなっていていた。部屋の左右にはひとつずつ扉があって、どこかへつながっているようだ。
しかし、それよりも目を引くものがあった。
ホールの奥へまっすぐ進んだ先にある、二階へと続く両階段と、その踊り場にある大きな扉だった。
そして、その扉の奥からはとても強大な『妖怪感』がした。
「どうやら、あの中に誘拐犯がおるみたいやな……」
火虎先輩は迷わず大扉の方へとずんずんと歩いて行った。
私もそれに続いて行く。
大扉の前に近づくに連れて、だんだんと向こう側の『妖怪感』が強くなってくように思える。
そして、この『妖怪感』は──。
「火虎先輩! この感じって……!」
「ああ……どうやら金曜日のたこ焼き食い逃げ犯みたいやな」
金曜日の先輩達の話し合いの最中に感じた『妖怪感』。それが、そこにいる。そしておそらく、それは家入様と呼ばれている存在なのだろう。
それから私達は、階段を登り、踊り場の大扉の前で立ち止まる。扉は両開きのものになっているようだ。
「入るのはちょっと待って、今、向こう側がどうなってるか探るから」
「えっ……そんなことできるん?」
私は言った通り、扉の向こう側の空間を能力で探ってみる。
実は、壁なんかがあるとその向こうに隠れた空間は能力のセンサーで把握できないのだが、壁になる物にある程度の隙間がある場合は、集中して探ればわかる場合がある。
そして、今回はそれに成功したようで、ぼんやりと空間が把握できる。
おそらくこの扉の向こう側は、入口側が開いたコの字状にソファーか何かが三つ設置してあり、テーブルを囲むように設置されているようだ。
そして、おそらく一番奥のソファーには人──いや、この『妖怪感』の正体が座っていると思われる。
「中にいるのは一人だけみたい……」
「そうか……じゃあ、それが、この感じの正体やな」
「うん……じゃあ、行こうか……」
私は大扉を開けるため、取っ手に手をかける。
そして扉を開けると、中には能力で探った通りの空間が広がっていた。扉を開けたことで、さらに詳細に室内のことがわかり、壁に肖像画があったり、小さな棚にトロフィーや表彰楯あったりなどすることがわかる。
──そして、こちらを向いてソファーに座っている、貫禄がある老人がいた。
それは、スキンヘッドで、青い着物と羽織を着ていて、こちらをなんの表情もなく見てきていた。
「あんたが……家入ってやつか……?」
火虎先輩がそう言うと、老人はこちらを見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ……まあ座りなさい、話をしようじゃないか」
老人は少ししゃがれたような、まさに妖怪といったような声でそう言った。やはり、私達になにか用があったみたいだ。
「ふざけんな! 智香はどこや! すぐに返してもらうで!」
火虎先輩は声を荒げる。どうやら、誘拐犯を前にとうとう平静を保てなくなったようだった。
それは私も同じで、すぐにでもうさぎを返してもらいたいが、うさぎがこの屋敷にいるのかもわからないし、強硬手段に出ても、うさぎ達を無事に返してくれる保証は無い。
「火虎先輩落ち着いて……とりあえず、ここは話を聞こうよ……うさぎ達がどこにいるかも、わからないんだし」
「…………せやな」
火虎先輩は渋々といった感じで移動し、ソファーのひとつにドスッと乱暴に座った。
それに続き、私もソファーのひとつに座る。
それで、三者がそれぞれ三つあるソファーにひとりずつ座る形になった。
「さあ、はよ話してもらおか」
そう言って老人を睨みつける火虎先輩。
「そうだな……まず、私の名は
やはり、この老人はあのときたこ焼き屋に来ていた妖怪で、九頭龍先輩が言っていた通り『ぬらりひょん』だったようだ。
「それで……智香やうだひなちゃんを攫って、私達を呼んだのはなんでなんや!」
そんな自己紹介はどうでもいいといったふうに火虎先輩が問う。
「フフフ……そうだな……それでは、教えよう」
家入はそう言って、まっすぐと私達の方を見ると、少しためてから口を開く。
「君達には、私が新たに結成する『百鬼夜行』に参加してほしいと思っている」
百鬼夜行。家入がそう言った言葉に、私はあまりピンときていなかった。聞いたことがあるような、ないような言葉だ。
「百鬼夜行……妖怪が夜に集まって徘徊するってやつか……?」
火虎先輩がそう言って、私の疑問を晴らしてくれる。そういえば、小さな頃にそんなのが出てくるアニメを観たような気もする。
「そうだ……そして、ここ数日で君達の事を調べさせてもらった。君達の話を盗み聞きしたり、ある妖怪を君達に襲わせたりしてな……」
「ある妖怪って……あのビリビリしたヤツのこと……?」
「まあ……そうだな。君達の妖怪としての強さを測るのにやってもらった……まあ、危害を加えないように加減するようには言っておいたさ……」
冗談じゃない。結構怖い思いをさせられたし、迷惑だったのだが。
「そうや……! アンタたこ焼き盗み食いしたやろ!」
そして、盗み聞きというワードで思い出したのか、火虎先輩はそんなことを指摘した。
「そうだな、勝手にこちらで作って食べた。美味かったぞ……と、まあ、それは置いといてだ。それで君達は十分強力な妖怪であることがわかった。ので、こうして話を持ちかけた、ということだ」
「でも、どうして私達の友達を攫ったの……?」
私は語気に少しの怒りを滲ませて、そう言う。
「それは……こんな老人の話を君達みたいな若い娘が聞いてくれなさそうだから……と、言っておこうかな……」
家入からは、そんなはっきりとしない答えが返ってきた。
「ふざけないで……!」
家入はニヤニヤとしながら私を見ている。よくわからない集まりへ私達を誘うためだけに、うさぎや九頭龍先輩をさらったということなら、許してはおけない。
私は立ち上がり、周囲の物を指差す。それは、トロフィーや表彰楯、肖像画等の、ここに入ったときから目をつけていた物で、それらを十指分操り、家入と私の間の空間に漂わせる。
「真面目に答えて。それか、友達を返して! じゃないと……容赦はしない!」
私は『モノクリ』の力で脅す。このまま話していていても、のらりくらりと躱されていくだけなような気がした。
「それより、百鬼夜行への参加はどうする? 参加すれば、もちろん君達のお友達は返してやろう」
「そんなことをして、何をするの……?」
私は、もちろん参加する気など無いが、一応聞いておく。
「私達妖怪……いや、純粋な妖怪であればあるほど、人間の恐怖というものが生きる糧となる……ここに来る途中に貧弱な河童に会っただろう? 人間からの糧を得られず、力を失った結果ああなったのだ……そして、百鬼夜行とは、とある日の夜に妖怪達で街を練り歩き、人間達を恐怖に陥れ、我々のしばらくの糧を得よう……ということだ」
私の脅しなど、気にもしていないかのように、家入は淡々とそう答えた。
「そんなものがなくても、私は困らないんだけど?」
「そうか……? だが、私が知っている『モノクリ』よりは力が弱いみたいだが……もっと強い力を持ちたくはないのか……?」
家入のそんな言葉に、私は少し驚く。けど、これ以上能力が強くなってもらっても手に余る。そう思った私は、家入に向かって口を開く。
「別に、そんなものいらない……それより! うさぎ達を返して!」
「アタシも同意見やな、能力が強くなるってのは魅力的かもやけど……そんなことしてまで欲しくはないな」
状況を静観していた火虎先輩も、立ち上がりそう言った。
「どうやら……交渉決裂のようだな……?」
家入がそう言った、次の瞬間。彼の雰囲気が、変わる。先ほどまでも強大だった『妖怪感』がさらに強くなっていく。
「このままお友達を返してやってもいいが……どれ、少しこの老いぼれと遊んでおくれ」
家入は懐から何かを取り出す。それは、任侠映画なんかで見たことがあるような短刀だった。強大な妖怪感に阻まれたためか、私はそれを取り出してくるまで能力で把握することができていなかった。
私はそれを見て、ひとつの肖像画を家入へ操り飛ばす。
──しかし、それが当たることはなかった。
家入は飛ばした肖像画をぬらりと躱すと、私と肖像画の間の空を切った。それだけではなく、私が操っている全ての物と私の間の空間を素早く動いて切り、短刀を鞘に納めた。
すると不思議なことに、私の物を操っていた力が全て解け、それらはそのままガシャンと地へ落ちた。
「────嘘ッ!?」
初めての出来事に驚く私。どうやったのかはわからないが、明らかに家入が肖像画にかかった私の能力を解いたように思える。
「お嬢さん……『モノクリ』の能力とは、指差した先の物を操るというものだが……その指差した際に、指先から妖気を伸ばし、物へ干渉する、というのが正しい説明だ……つまり、今やったように妖気を纏った何かで切ったりすれば、その能力は解けてしまうのだよ」
家入は、何故か私にそんなことを説明してくれる。
「ほな……じいさん? その短刀……『貸して』もらおかな?」
火虎先輩はそう言って能力を使った。
そうだ、あの短刀がなければこちらのものだ。
──と、そう思ったのだが。
「『モノカリ』の能力は言葉……つまりは音を伝って、耳に届き、脳に作用するもの……まあ、妖力を自由に操ることができれば、抵抗は造作もないがな」
なんと家入は意識を保っていて、火虎先輩を見て、そう言った。
しかし、少しは効いているのか、家入は立ち止まったまま動かない。
それにしても、先ほどから家入が言っている『妖気』というのは、私がずっと『妖怪感』と呼んでいたものの正しい呼び方なのだろうか。
「フフフ、どうやら能力の練度や強さは赤髪のお嬢さんの方が少し上のようだな……だがまあ、ちょうど良いか……これを『貸してやろう』」
家入はそう言うと、火虎先輩の方へゆっくりと歩き出し、それから短刀を『貸して』しまった。
「…………どういうつもりや?」
火虎先輩は、短刀を受け取ったまま呆然としている。
「…………今から、君達を襲った妖怪がここへ来る。そして、君達を再び襲ってくるだろう。それを退けるために、この短刀を使うといい……それができれば、お友達は返そう」
家入はそんな事を言って、この場から去ろうとしている。
それに対して、火虎先輩は鞘に入ったままの短刀をブンッと振り、攻撃した。
「────勝手な事を……言うなやッ! …………あれ?」
──しかし、そこにはもう家入の姿はなかった。
ずっと二人の方を見ていたにも関わらず、家入だけを見失ってしまったのだ。
「そんな……消えた……?」
そして、この、おそらく客間であろう空間からはもう、家入の『妖怪感』──いや、『妖気』を感じることはできず、姿も見えず、私と火虎先輩だけが残されてしまったようだった。
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