第3話 異世界グルメと騎士様

 一日目、二日目と、ゲームの情報を持っているわりにはぐだぐだだったけれど、死なずに飢えずに、なんとか三日目を迎えられた。

 お日様がまぶしい。周りが明るくなって、やっとほっとした。


 日が昇りきったら、すぐに街に向かった。昨日いっぱい捕った夜光虫を抱えて。商店は営業前だったから、行商らしきおじさんに声をかける。二・三回会話をラリーして、ステータスを確認した後、安く売りさばいた。


 行商人は、ご自慢であろうたっぷりと蓄えたヒゲをいじりながら言った。

「商店で売れば、もう少しましな値段になっただろうに。こっちはありがたいが」

 と、首をかしげる。

「ちょっと訳有りでね」


 不思議そうな顔をした行商と別れて、わたしは大通りへと向かった。


 昼、夕方とはまた違った光景が広がる。

 ダンジョン街名物、朝食屋台がずらりと並んでいた。

 そうそう!

 これこれ!

 匂うスープの香り。焼いた小麦や乾燥肉の香り。 石畳が見えないくらいの人混み、ざわめき。お鍋や鉄食器の音。

 おいしそう……!

 冒険者たちは、普通の人々に比べて金払いが良い。 ダンジョン攻略が目的の冒険者を狙って開かれるこの屋台群は、彼らの財布を開かせるために腕を競い合っている。

 なのでここは、自然とグルメな通りになっているのだ。


 漂う匂いをかいで、急にお腹が減ってきた。

 二日間、まともに食べていない。

 さて、何を食べよう。

 人の波をかき分けて、屋台を順々に覗く。

 見るのは店の前に掲げられているメニューと値段。ダンジョン攻略目当ての冒険者を相手にしているからか、相場より割高だ。うーん。悩ましい。

 四店目のサンドイッチ店を覗く。お、ここはスープをつけても予算内に収められそう。お客さんも女性が多め。


「すいませーん。このスープ、具は何?」


 店主に聞いてみるが、返事がない。

 忙しすぎて手が回らないのか、単に無視しているのか。かなり若い、頬に傷のあるヤンキーみたいな少年だ。


「す・い・ま・せ・ん!」

「干し肉とコーン」


 聞こえてるじゃん! 無視すんなや!

 でも、目が合った隙に見たステータスを確認すると、そんなに悪い人じゃなさそう。家は農家で兄弟が六人いる、一家の稼ぎ頭と表示された。

 料金を払って、サンドイッチとスープを手に入れた。スプーンとかなくて器から直飲みだけど、あったかくて、そして美味しい。干し肉とコーンと、あと野菜が数種類入っている。

 サンドイッチは卵と野菜が挟んであった。クリーミーなソースがアクセントになっている。

 ……。ここは異世界だから、卵は鶏の卵じゃないだろうし、肉も牛や豚じゃないんだろうな。……。たとえこの肉がグロいモンスターだったところで、空腹の前ではどうでもよくなるけど。美味しいし。


 異世界孤独のグルメを堪能したわたしは、器を返して人混みをかき分けて、ひとまず脇道へと入った。 さて。

 今日も情報を売り込みにいきますか。

 昨日みたいに闇雲に声をかけても、仕方ない。もっと効率の良い方法があればいいのだけど。

 うーん。

 考えても仕方ない。

 街は今日もにぎやかだ。ただ、昨日昼に見た光景と違って、朝だからか、今からダンジョンへ向かう元気いっぱいな冒険者が多い。

 ま、まぶしい……。

 もっとレベルが上なら、ダンジョンで一稼ぎもできただろう。

 まっすぐに冒険を始める若者達が、正直うらやましかった。

 でも、人をうらやんでも、何にもならない。

 持ってるカードで勝負するしかない。

 飢えるのも嫌だし、野宿だってもう嫌だ。

 今日こそ手に入れるぞ、お布団で寝るお金を!


 ……。

 結論から言うと、さんざんな目に遭った。


 今日も路地裏で待機、冒険者に声をかけていた。

 一人目は、女勇者。金が欲しいならやるよ、と、一泊の料金相当のお金を恵んでくれた。

 幸先いいな……。いや、これじゃ乞食じゃん! 物乞いじゃん!

 さすがに悪いので、ダンジョンの隠し部屋を教えた。中層階にあるその部屋は、運営の遊び心かやけくそか、宝箱が山のように置かれている。中身はほとんど空で、嫌がらせか? と思うが、一個か二個はうれしいレアアイテムが入っている。

 女勇者は、はは、ありがと、と一切信じていない感じで去って行った。


 二人目は中年の商人兼冒険者の男。「欲しい情報を売る」と持ちかけると、紳士的に断わられた。


 そして、

「お嬢ちゃん、ここはダンジョン街だよ。有名な歓楽街でもあるから、そんな声かけをしてたら勘違いされてしまう」

 と笑われる。


 へ、へぇー。勘違い、ねぇ。飲み屋の客引きだと思われたり?

 ……いや違うこれ、いわゆるパパ活に誘っている風に聞こえたのか?!

 お、落ち込む……。

 異世界で娼婦になるにはわたしには勇気も経験もなさすぎる。

 そして。

 三人目に声を掛ける頃には、すっかり日は高くなっていて、声を掛けた男は無言だったが、いきなりわたしの腰をつかんだ。

 突然の事にこっちが反応できないでいると、ベルトに下げていた布袋をひったくって逃走した。


「ちょっ……!」


 待ちやがれ!

 反射的に大声を出していた。

 やられた!

 女勇者からもらった宿代が丸ごと盗まれた!


 走って追いかけても距離は縮まらない。獣人の基本能力として脚力は結構あるはずなのに、どうやら相手の逃走スキルの方が上のようだ。ついて行くのがやっとだ。

 ステータスを見ていないため、相手の名前も職もわからない。

 あああ、逃げられる!


「泥棒!」「逃げんな!」「ただで済むと思うなよ!」「聞こえてるだろ、馬鹿!」


 叫んでいると、大通りへ出た。

 人混みに紛れる気だな!

 これはさすがに見失いそう!


「誰かそいつを捕まえて!」


 大通りへ出た瞬間。

 そいつが、目の前から消えた。

 え。

 訂正。消えたのではなく、吹っ飛ばされていた。

 な、なに?

 全力で走っていたわたしは止まろうとしたが、止まり切れずに前へつんのめった。

 よろけて、何かにぶつかる。

 ひやりとして、固いもの。これは……、鎧?


「どうした。あの男は、一体何をした」


 鎧がしゃべった。

 いや、鎧を着た男がしゃべった。

 わたしは今、鎧を着た男の胸に飛び込んできた女になっている。


「ひったくられて……、荷物を……」

 息絶え絶えにつぶやくと、

「そうか、泥棒か」

 と、鎧の男。


 追いかけていた泥棒は、吹っ飛ばされて道の真ん中でノビていた。やじうまに囲まれている。


「憲兵に引き渡そう」

「あの、ありがとう……。助けてくれて……。あなたは……?」


 言いながら、わたしはまばたきをした。

 ぶわ、と、ステータス画面が広がる。


「私は国王軍の騎士・ジェイド」


 見えるステータス画面と違いはない。


「これも騎士の務めだ。気にするな。立てるか?」


 わたしが頷くと、ジェイドは泥棒の方へ行き、手にあった布袋をわたしに返してくれた。

 すぐに中をチェックする。女勇者がくれたお金がちゃんと入っていた。よかった、くすねられていない。


「おい、起きろ泥棒」

「んだよ……」


 ノビていた男は、起き上がるのもやっとのようだ。 男がわたしを睨みつける。


「ケッ、獣人風情が。人間みてえにふるまってんじゃねぇよ」


 はぁ???

 全財産盗ったあげく、言う言葉がそれかよ!


「騎士様も騎士様よ。小汚いケモノにかまうほどお暇とは、ずいぶん良いご身分だな」

「小汚いのはお前だ」


 ジェイドは表情一つ変えずに吐き捨てた。

 やがてやじうまの中の一人が連れてきた憲兵たちに、泥棒は連行されていった。覚えていやがれ、と叫んでいる。見事な負け犬の遠吠えだ。


「災難だったな」

「ほんと、マジでかんべんして……。騎士さん、ありがとう。おかげで野宿せずに済んだ」


 慌ててお礼を言う。


「なによりだ」


 ジェイドは面倒ごとは終わったと言うように、さっさとその場を立ち去ろうとした。


「あ、待って、騎士さん」

「どうした」

「魔鉱石で探しているものがあったら、山脈に行くといいよ」

「はあ?」

「紫の魔鉱石なら、装備は炎属性でまとめて、山頂で夜明けを待つ。朝の光でのみ紫に光るから、それを目印に掘っていくと見つかるよ」

「どういうことだ」


 ジェイドの眉間にしわが寄る。

 なぜ紫の魔鉱石を探していると知っているのか。

 なぜ騎士も見つけられないようなレアアイテムのありかを、ただの獣人が知っているのか。

 ジェイドが疑うのも仕方がない。


「信じられないなら信じなくていいけど。行くならむちゃくちゃ寒いから絶対炎装備ね。炎の攻撃魔法が得意な人をパーティに入れると、より安心」


 スラスラと話すわたしに、ジェイドの表情はさらに険しくなる。

 そんな怖い顔をしないでほしい。

 こっちは、一応お礼として情報を渡しているんだからさ。


「なぜお前が、そんなことを知っている」

「それは企業秘密」

「きぎょう……?」

「とにかく、だまされたと思って一回行ってみてよ」

「信じられるか、そんな事」

「妄言だと思うなら、そう思ってくれてかまわないけれど」


 わたしは、自信満々に言った。

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