リーブズ・アラート
不安タシア
第1話 アラート
俺の住む星、フェイル星は他の惑星と比べると少し小さく、脆い。そのため、隣星であるサクス星の民が運転する大きな宇宙船が星の軌道上を巡回し、隕石落下や宇宙ウィルスに対する警備を行っている。そう、あれは俺たちのヒーロー。
しかしそんな宇宙船は、たった今墜落したんだ。
ぼーっと空を見上げていた俺は、宇宙船の欠片が目映い光を放ちながら近くの山へと墜落するのを目撃したため、野次馬精神でバイクを走らせた。
「まじ……かよ、俺たちのヒーローが……」
山に到着すると、そこは大惨事であった。薙ぎ倒された木々や、灰となって煙を上げる宇宙船の破片の数々。
俺が呆気に取られて見つめていると、中から乗組員と思わしき小学生くらいの少女が必死の形相で這い出してきた。
「ぬぬぬ……なんたる失態……無念じゃ……!」
少女の右腕は二の腕より先が無くなっているが、流血はしていないようだ。代わりに細長いコードのような物が剥き出しになっており、先端からは火花が散っている。
人間ではないのか?
俺は多少の疑問を抱きつつも少女に駆け寄り、瓦礫の下から引っ張り上げた。
「おっおい! 君、腕……大丈夫か!?」
「ぬぬー?」
少女は先の無くなった右腕を見て、動揺するどころかため息を漏らした。
「はあ……。お主は呑気じゃのー。本当に心配する所は、そこじゃないぞ」
近づいてくる重たげな足音。宇宙船が壊れたことでさえ天地が丸ごと引っくり返るような驚きであるのに、近所に破片が落ちてきたことや、片腕を失っても平気そうな少女、そして横目に映る巨大な生物と、次から次へと非現実的なことが起こりすぎて、理解と感情が追い付いていない。
だからなのか、俺は意外と落ち着いていた。
「ほらほら、腰を抜かしている暇なんてないぞ。その辺の物資を漁れば戦えそうなスーツや武器くらい入っておる、妾が代わりの腕を探している間の足止めを頼んだぞ」
アドレナリンは過剰に分泌されているようだ。見たことない生物を前に俺は腰を抜かしてしまったが、恐怖ではなく珍しい生き物への観察欲がそうさせたのである。
でも、戦うのは無理だ。
「無理無理無理! 武器があろうと無かろうと、一撃で殺されるから!」
「うるさいのー。ならばまずこれでも付けとくと良い」
そう言って、少女は自らの胸に着けていた六角形のプレートを俺に放り投げた。
「ただのバッジじゃないか!?」
「そうでもないぞ」
瞬間、俺は自分の背丈を越えるほどの大きな拳を右側面に受け、中身の詰まった箱と共に岩壁にまで吹き飛ばされた。しかし。
「ぐあ……! ……あれ、生きてる……? しかも、あまり痛くない……?」
「それはシールドバッジ。受ける衝撃を減らしてくれる代物であるぞ。さあ早く物資から武器を取り出すがよい、反撃じゃ!」
言われるがままに箱を倒し、中から使えそうな銃と剣を取り出した。
「ルナールソードとアポロスガンじゃな。まずは距離を取って牽制せい」
「こ、こうか?」
俺は剣を背中に携え、両手に銃を構えながら怪物との距離を一定に保ち、走り回る。弾は命中しながらも、相手を怒らせるだけでダメージはまるで通っていないようだ。
「よいよい。次は間合いを詰めて、ルナールソードで一太刀入れてやるのじゃ!」
「り、了解!」
俺は両手の銃を腰にしまい、怪物の隙を見計らって懐に飛び込んだ。
「そうじゃ、そのまま心臓を狙えい!」
「うおおおっ!」
強く地面を蹴ったが、俺の何倍もの大きさである怪物の胸に剣が届くはずもなく、俺の太刀は申し訳なさ程度に腹の皮表のみを切り裂いた。
怒りのボルテージを最高潮まで上げてしまったのか、けたたましい悲鳴と共に、怪物は拳を何度も俺めがけて振り下ろしてくる。
「くそっ、いくらバッジがあると言っても、これ以上は!」
「よいよい。よく持ちこたえたのー。後は妾に任せるがよい」
こいつを頂くぞ、と少女は俺の相棒であるバイクのマフラーを力ずくで外し、自身の右腕があった場所へとくっつけた。
「なんとか使えそうじゃのー。最大出力、解放!」
少女の腕に生えたバイクのマフラーから放たれた光線は怪物の上半身を吹き飛ばし、そのまま怪物は粒子となって消えていった。
「終わったのか……?」
「うむ。とりあえずはの」
「……色々聞いてもいいか?」
俺の問いかけに少女は面倒臭そうに顔を歪めたが、現状について色々教えてくれた。まず、宇宙船は不幸にも観測した隕石に貫かれ、フェイルに墜落したこと。そして、宇宙船の内部では元々|Valuable Fiction Creature《空想上の生物》、通称VFCについて研究しており、少女は先ほどの怪物を保管していた遺伝子が実体化した物だと考えていること、VFCが出回ってしまった以上、フェイルで生きていくのは厳しいということ。
「俺はこれからどうすればいいんだ」
「そんなの決まっておろう。逃げるんじゃよ、フェイルから」
両親はいないし、特段親しい友人がいる訳でもない。フェイルに未練はないし、何より外の星がどうなっているのかという好奇心が働いたため、俺は半ばその選択を受け入れた。
「んー、でもどうやって?」
「宇宙船を作るのに必要なパーツを集めて、即席の宇宙船を作るしかないの」
「そんなパーツ、フェイル中の何処を探しても売って――――って、まさか」
「うむ。フェイル中に散らばった宇宙船の破片を探すのじゃ。積み荷はたくさん落ちておる、今の武器が廃れてもまた調達すればよい。多少はVFCに出くわすという危険もあるかもしれないのー」
「なんて呑気な……」
「焦っても仕方あるまい。それに、起こってしまったことは変えようのない事実だしの」
俺は何も言い返すことができなかった。
「そうじゃ、まだまだ物資は残っておるじゃろ? 貰える物は全部もらっておくとよいぞー」
はいはい、と俺は空返事をし、光の輪を纏ったブーツやフェイルでは珍しいジャケットなどを私物とした。
家に帰ろうにもバイクを壊されているし、何より少女といる方が安全な気がするため、ここで1日野宿することにした。ここは、家で見上げるよりも星が一層輝いて見える。
「どうした小僧、空なんて見上げて」
「あ、いや……。俺、星を見るのが好きなんだ」
「ほー? その心は?」
「この世の中にはまだまだ知らないことがたくさんある。その代名詞が、他の星だったってことさ」
「……井の中の蛙――というやつじゃな。フェイルを越える安息地は、なかなかないのじゃ」
「そうなのか」
別に安息を求めている訳ではない。ただ、死ぬまでに答えを――そう、漠然としか言えないのだが、なんでも理解したいと思っているだけだ。
宇宙船が無事完成すれば、俺は星々を巡ることができるかもしれない。自分が数奇な出来事に巻き込まれてしまったと考えると、自然と心が踊った。
「あ、そういえば聞き忘れていたんだけど」
「なんじゃ?」
「君の名前は? これから先、行動を共にするんだし必要かなって思って」
「ふむ、名前か。そんなものは与えられておらぬし、何より自分が何のために存在しているのかもわかっておらん。ただ一つ言えるのは、妾はフェイルの危機を伝える
「
「誉めても何もでぬぞー」
物資は大量にでたけれど。そんな言葉を飲み込み、俺は眠りについた。
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