第4話 呪い
「呪いではない、となるとやはり風土病か何かということか?」
呪いの不在を断言したメリアに、リカルドが食いつく。彼も呪いを信じていたわけではなかった。むしろ馬鹿にしていたから軍を持ってきたのだ。
それでも、実際に奇病がはやって認識を改めないほど、彼は鈍い人間ではない。
少なくとも何かがあるのは確かだ。その正体を暴かなければ、この村から出ていくこともできないだろう。リカルドが爛々と目を輝かせるのも無理はなかった。
「ほぼ、間違いないでしょう。蟲かと思われます」
「蟲?毒蟲の
いか?」
拍子抜けした顔。
蜂、虻、藪蚊、百足に蛭。沼地にて人を襲う小動物は数多い。脚に発疹が出てきたとなれば、真っ先に疑うものだ。リカルドも、ヨハンや他の部下に命じて兵士たちの衣服を調べさせた。
しかし、わざわざ揃えた革の
「虫刺されは考えましたが、それらしき生き物はいませんでしたよ?」
ヨハンは探るように話を向ける。彼とて王子の側近としての自負がある。下手な仕事をしたと語られてはかなわない。
「少し、香りが薄いですね」
「はい?」
「お茶です。前に扱った時は、もっと独特の匂いがしたのですが……」
「ふむ?煮出しがまずかったか?」
リカルドが首をかしげる。言われてみれば、王宮で飲んだ時より味が薄い。戦地ゆえ気にもならなかったが。
「いえそういう話は後で、蟲のことを聞きたいのですが」
「蟲は毒蟲のことではありません。寄生虫です」
「腹の虫のことですか?それなら分かりますが、しかし……」
人間に寄生するミミズ状の蟲のことは、古くから知られている。それが明らかに健康を害するものであることも。
それでもヨハンの顔は晴れない。リカルドも口を挟んだ。
「いや、やはりおかしいぞ。あれは食い物か飲み水から来るものだろう?そちらは精査してある。糧食は王都から持ってきたものだし、水も村の方で安全とされているものを調達していた。まあ沼の水を飲む阿呆も中にはいたかもしれんが、全員が全員それで蟲にやられるとは思えん」
経験則として、腹に住む蟲は口に入れるものに原因があると気づかれつつあった。それに食べ物が汚染されていたために、部隊が行動不能になる危険は明確に存在する。
奇襲というのは元より博打。その成功率を1%でも上げるために、リカルドは神経質なほど諸々の安全確認を徹底していた。
だからこそ、実際的なこの王子が呪いなどという怪しげなものさえ信じかけている。
鳥マスクの神官は、その疑問にはあえて答えなかった。
「む、いけません」
「どうした!?」
リカルドは思わず立ち上がりかける。この神官は大事な客人かつ、病に苦しむ者たちの希望の光なのだ。滅多なことがあれば軍団の瓦解もあり得る。
メリアは体をよろめかせながら言った。
「眠く、なってきました」
「ほん?」
不規則に上下する頭は、確かに眠気をこらえる者のそれだ。考えてみればあれほどの激務。お茶でも飲んで落ち着いてくれば、眠気に支配されるのもむべなるかな。
とはいえおあずけされた主従二人はたまったものではない。
「おいおいちょっと待て!せめて蟲の正体を教えてからにしろ!」
「話した、ところで、にわかには信じられないでしょう。明朝、はっきりと見せたほうがよいと、思います」
「じゃあこれだけは聞かせろ!呪いは解けるのか!?解けないのか!?」
リカルドは王族らしい余裕をかなぐり捨て、真剣な眼差しで問いかける。
彼とて必死だ。不安定な祖国を盛りたて、自分の名を歴史に刻むために行動を起こした。こんなところで
その必死さが、マスク付きのの分厚い面の皮を突き抜けたのか、メリアはいくぶんはっきりした様子で答える。
「呪いなど、この世にありませんが、あえて言うならすでに解かれています」
「なに!?」
予想外すぎる回答に、リカルドは怒るのも忘れて思考に沈む。現実として軍勢は行動不能だ。どうして呪いは解けているなどと言えるのか。
「置かれた、場所を理解することです。なぜ兵士たちが病にかかったのか。なぜ村の水は安全か……」
くぐもった説教は、いつしか寝息に変わった。メリアは完全に寝ている。
「……どういたしますか?」
「ベッドに入れとけ!明日だ明日!くそ、俺も寝るぞ!お前も睡眠はとれ!いいな!」
「何が神官だ、魔女め。明日また妙なことを言い出したら承知せんぞ」
リカルドは獣のように歯ぎしりしながら、日の出を待った。
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