鏡を見て驚く魂

破壊

パソコンが破壊された

ハードディスクには政府による晦渋な述語で記された機密

が保存されていた

匿名の話者からの際限のないアクセスが続く

海月が漂う水際にはもはやいかなる暗号も泳いでいない

解除されたパスワードには一昨年の排便周期が用いられていた

破壊されたパソコンの残骸が机上の空論を並べていた

そこでは醜悪な論理記号が不規則に喋り散らしていた

アルゴリズムの亡霊が産み落としたものは

静かに瞑目する孤高の水子だった

会議室の左側に居たことが致命傷になったのだと

彼女は尋問口調でデータの復元を打擲する

パソコンが破砕された

どのような他者にもこのことの責任を負わせることは出来ない

パソコンを破壊したのは誰かという問いに

色情狂の人工知能が解読不可能な人工言語で回答する

象牙の塔で暮らす101歳の老人は

このテクストのなかに深遠な思想を見出した

滅したパソコンを悼んで奏されるレクイエム

政府の高官が参加する聖歌隊のかたわらで

議会の速記者がサンクトゥスを素晴らしい速さで記録する

ルサンチマンの根源にはいつもあの記憶媒体があった

という文言が

三十年の保管が義務づけられたマゾヒスティックな議事録

のなかに刻印された

パソコンが破壊されたのは何故かという問いに

答えようとする哲学者の本源的な思考には尻がない

あちらこちらが欠落したキーボードのうえを

なまめかしい架空の手指が疾走する

取り戻しようのないものが失われてしまったと泣く女

濁流となった涙が飛び散った基盤の破片を押し流した

パソコンが破壊された　ああ　破壊された　壊された

言うまでもなく

この即物的な事実にはひとかけらの情緒もつけいる隙がない