ほんとの『好き』を教えて?

原田楓香

第1話  大きなギワク。

「おはよ」

 背後から声がする。

「あ、おはよう」

 声をかけられて初めて気がついたみたいに答える。ほんとは、とっくに気づいてたけど。


「なあなあ、みなみ」

 横に並んだ想太が話しかけてくる。

 彼は、私の保育園の年長さんのときからの幼なじみ。

 彼は5歳の時に、関西から東京に引っ越してきて、私と同じクラスになった。

 家が近かったせいもあるけど、何より、想太がおっとりして優しくて、ひとなつこい性格だったせいもあって、すぐに仲良くなった。

 そのとき以来、小5の今まで、ずっと同じクラスだ。


「昨日、なんか宿題あったっけ? 」 

 想太は、目をパチパチさせながら言った。少し眠そうだ。

 昨日、想太は、事情があって、6時間目の算数の時間に早退していたのだ。

「計算ドリル。 でも、想太なら、3分ですむと思うよ。だいじょうぶ」

「そっか。よかった。昨日、カバン、一回も開けんと寝てしもたからな。今朝、あわてて時間割だけ、やった」

「え~。そうなんだ。昨日は、夜、何かレッスンあったの?」

「うん。ダンス。新しい振り覚えるのに、ちょっと苦労してん」

 そう言いながら、想太は、ニコニコしながら、手を動かして、キメポーズをやってみせる。……カッコいい。うっかりため息が出そうになる。


 そうなのだ。

 想太は、カッコいい。

 保育園のときも、とっても可愛かったけど、今は、そこにカッコよさが加わってきた気がする。ぱっちりした二重の大きい目で、お肌もすべすべ。まばたきすると、長いまつげがバサバサと上下して、風が起きそうなくらい。

 ……いや、それはちょっと大ゲサか。

 でも、ともかく、カッコ可愛いと、想太のことを気にかけている子たちが、同じ学年にも、ほかの学年にも、たくさんいる。

 想太本人は、のびのび、陽気で、愛きょうのある子なので、少々気むずかしいタイプの子とも、男女問わず仲良しだ。彼の話す、柔らかな関西弁も、なんだかフレンドリーでいい、と言う人も多い。


 そう。

 これだけつらつら語っているところで、わかると思うけど、私は想太が好きなのだ。

 私が、彼を好きな理由はいっぱいある。

 言えと言われたら、いくらでも、果てしなく理由を言える自信があるぞ、と思う。好きだからこそ、理由がいっぱいある。

 理由がいっぱいあるからこそ、好き。なんだと思ってた。

 

―――ところが。

 この前、仲良しの、サトミちゃんが、言ったのだ。

「あのさ、ほんとに好きだったら、理由なんて、ないんだって」


 え? うそ?!

 じゃあ、私の『好き』って、何なの?

 この気持ちって、ほんとの『好き』じゃないの?


 心の中に、大きなギワクを抱えて、私は、隣を歩く想太を横目で見る。

 保育園のときは、ぽてぽてとおモチのようにふっくらしていたほっぺが、少し、しまってきて、きれいな横顔だ。


「あ、そこ。水たまり」

 想太が、私の袖を引っぱってくれて、ぎりぎりのところで、私の靴はぬれずにすんだ。

「ぼ~っとしてたらあぶないで。寝不足か?」

 心配そうに言って、私の顔をのぞきこんでくる。

「う、うん。ちょっとね」 あわてて答える。

(……うそつけ。昨夜も、10時には寝てたくせに)

 心の中で、自分につっこむ。


「あぶないだけやなくて、睡眠不足は、美容と健康の大敵なんやって。父ちゃんが言うてた」

 想太はニコニコしている。父ちゃんの話をするとき、彼はいつもそうだ。嬉しそう。

「うん。気をつけるよ」

「うん」

 うなずいた想太は、向こうから歩いてきた友達に手を振っている。


(ああ。ざんねん。今朝の2人の時間は、ここまで~)

 まあ、いいか。

 私には、ギワクをカイメイする時間が必要だ。


 あ、付け加えておくと、ギワクもカイメイも、私はちゃんと漢字で書ける。

 でも、ちょっと漢字テスト風に言ってみただけだからね。

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