無駄な会議

 会議は踊る、されど進まず。この言葉は、何を指した言葉だったかと強襲係第二班班長、メリッサは回想していた。

 彼女が思い出そうとしている言葉は、ナポレオン戦争後に行われた国際会議であるウィーン会議の様子を表したものである。だから、誰かが明確に口にしたものではない。

 本筋からズレたことばかり賑わって、肝心なことが進まない様を表した言葉は、まさに彼女が置かれている状況にピッタリだった。

 ニューヨーク市庁舎内にある大会議室。

 メリッサのうんざりした視線の先では、副市長と市警長官が罵りあっていた。


「要請すべきだ!」

「警察としては、それに反対だ!」


 風見鶏と化した市長が「まぁまぁ一旦落ち着こう」と両者を宥めているが、メリッサとしては「お前が優柔不断だから、こうなっているんだろうが」と怒鳴りつけてやりたいと思っている。

 やったらやったらで、ややこしいことになるので彼女は堪えた。

 しかし、ここであえて場をかき乱して刺激を与えてやることで、状況が好転するかもしれないと思っているのもまた事実であった。

 人間爆弾騒動から既に半日が経っていた。

 増え続けるデモ隊への対応と、各所で起きつつある暴動への対処に、市警の警察力はパンクしつつある。

 それに州警察に協力を要請しようという副市長と、あくまでも市警で対応するという市警長官が対立したのだ。

 お互いのメンツに、政治の方向性やらポリシーが複雑怪奇に絡み合っており、電話でのやり取りでは埒が明かなくなって、こうして面と向かっての話し合いが設けられたわけだが、それでどうにかなるなら政治闘争など起こらない。

 話し合いはとうの昔に破綻し、手の施しようもなく今や炸裂の時を待つだけだ。

 市警の幹部衆と市議会議員もそれぞれの立場から、野次を飛ばしたり、睨み合い、怒鳴りあいに参加している。

 警備行動のオブザーバーとして、忙しい中むりやり呼んだメリッサ達をほったらかしにしてだ。


「金食い虫が!」

「なんだと! この税金泥棒が!」

「毎回無駄な予算計上しやがって!」

「テメェが着服してる分より、いい使い方してらぁ!」

「なんだと!」

「ふざけんな!」


 この場で冷静なのは、メリッサと第一班の班長とどこの派閥にも属していない議員数人だけだ。

 呆れて物を言えないと、メリッサが溜息をつく。


「『会議は踊る、されど進まず』ってやつですね」


 そんな声に反応してみれば、向かいの席の市議会議員と目が合った。

 議員にしては若い男である。三十と四十の境に立っているようで、黒髪にはチラホラと白髪が混じっている。だが、表情は二十代のような精力に満ちている。


「ISSの人達は大変でしょう。独立謳っているのに、こんな会議に顔を出さなきゃいけなくて」

「ええ、まぁ。独立謳っていても、誰かしら何処かしらと協力しなければなりませんし。……それに」

「それに?」

「『こんな会議に顔を出した』ことを貸しにして、こっちの要求を通しやすくできますし」


 若い議員はメリッサの言葉に感心したらしく、彼女を見つめた。


「策士ですね」

「弱みに付け込んでるだけですわ。それに、私達も警察に協力を要請することもありますし、結局どっこいどっこいですから」


 若い議員は笑った。メリッサの飾らないストリートな物言いが、気に入ったようだ。


「面白い。……そうだ、私、ホイットモアと言います。貴女は?」

「ISSのトール」

「トールさんね。政治とかで何かあったら、遠慮なく電話ください」


 そう言い、ホイットモア議員は名刺をメリッサへ差し出す。

 メリッサも自分の名刺を返す。それに重ねる形で、第一班の班長も名刺を差し出した。

 余計な名刺も嫌がらずに受け取り、爽やかな笑みを浮かべるホイットモアだった。

 新たな繋がりが生まれた瞬間だったが、それに水を差すかのごとく警官が息を切らしながら会議室に飛び込んでくる。


「報告! ハーレムのレストランとクラブで乱射事件が発生! 死者多数! 白人至上主義団体が犯行声明を出しました!」


 取っ組み合っていた副市長と、市警長官が顔を青くする。

 更にもう一人、同じように警官が飛び込んできた。


「覆面を被った数人が、デモ隊に対して火炎瓶を投てき! 負傷者数不明! 関係性は不明なるも、市内で火災多数発生!」


 罵声を掛け合っていた議員や警官達が、口を開けて呆然とする。

 ダメ押しで一人。


「市内のアップルストアで略奪事件です! 自爆ベストを使った犯行とのこと! 詳細は不明ですが、警備員や市民が負傷したとの情報あり! ……あと、副長官が過労で倒れました」


 次々と入ってくる事件報告に放心状態だった市警長官も、副長官が倒れたとなったら自身が逃げるわけにはいかない。顔色は白いものの、割としっかりとした足取りで市警長官は出入り口の方へ歩き出す。

 お付きの警官も慌てて後を付いていく。

 低レベルな言い合いをしていても、市警長官は間違いないなく責任者の格を持った人物であった。


「戻るか」

「そうね」


 同時にオブザーバーであるISSがこれ以上いる意味はなしと判断して、メリッサ達はその場を辞した。

 これから来るであろう混乱に備えよと、部下に知らせるべく二人の足取りはにわかに早くなる。

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