二元論故の決定事項
電話から流れるマリアの声を聴いて揺るぎない確証を得た俺は、すぐにメリッサ班長に電話をした。
『そうか』
班長は想像以上に冷静だった。俺以上に修羅場を潜っているだけある。
『デニソン主任にも話したが、ISSにはまだ応援要請も出動要請も来ていない。それに、強盗の規模から考えてもそれらの要請が来ることも無いだろう』
「ですよね……」
相手がロケットランチャーを持った凶悪で惨忍なテロリストまだしも、強盗の装備ならば既存の警察力で充分に対応出来る。
『だがまぁ、お前一人がいる分には構わない。非番とはいえ、マリアが人質になってるのは事実だしな。ISSとしても、それ相応に対応をしなければならない』
「はい」
『アカヌマ、今からお前をこの件に関する連絡役に任命する。だが、指揮権は市警にある。今後の指示は、そっちの責任者に仰げ。何かあったら、私に連絡しろいいな?』
「分かりました。……ありがとうございます」
『勘違いするな。これはお前のためではなく、人質になっているマリアのためだ』
正直なところ、俺のためでもマリアのためでもどちらでもよかった。俺がこの場に居れるか否かが、重要だからだ。
携帯電話をポケットにねじ込み、ヴィンセント達の元へ向かう。
ヴィンセントは俺が近づいてきたことに気が付き、声を掛ける。
「どうでした?」
「現場指揮に従えとのことです。というわけで、よろしくお願いします」
俺は改めて彼に頭を下げた。
「ああ、よろしく。それで早速だが、三十分後に俺がもう一度電話を掛ける。『車両の準備が出来た』ってな」
「車両?」
「ああ、逃走用の車両だ」
「逃がすんですか?」
「まさか。連中を電話に釘づけにしてる間に突入する。幸い、連中は俺達がファイバースコープでリアルタイム監視していることに気が付いてない。様子は丸分かりだ」
「なるほど」
電話をスピーカーにしても、電話機の近くにいなければ音は聞こえない。電話線の都合上、電話機を動かすことは難しい。
電話に釘づけにしてしまえば、多くの人質と距離を離すことが出来るのだ。
しかし、気になることがある。
「いいのか? 説得とかしなくて」
こういった立て籠もり事件では、突入よりも先に説得を試みるはずだ。今回と似たようなケースとして、79年に大阪で起きた三菱銀行人質事件がある。散弾銃を持った犯人は銀行内に居た三十人余りを人質に取り、駆け付けた警官など四人の人間を射殺した事件だ。
その際、大阪府警は犯人の実母を呼び出し、手紙などで説得を行っている。
今回も警官あたりが投降を促すよう呼びかけをするべきではないのか。
そんな俺の疑問に、ヴィンセントは明解に答える。
「本来なら説得すべきなんだろうが……。人質を一人でも殺されたら、俺達の負けだ。それなら、相手を油断させておいて突入した方がリスクが少ない。それに、長期戦になれば人質の健康や犯人達の精神状態も懸念事項となる。時間が経てば経つほど、面倒になりかねないんだ」
「……なるほどな」
事件は勝ち負けの二元論で判断する事柄ではない。
犯人を逮捕したか、射殺したか、人質は無事か、怪我人や死者が出たか、警察官にどのくらいの被害が出たか。
状況にも左右される事柄を幾つも重ね、総合的に良いか悪いかを判断するのだ。その良い悪いも、ハッキリと分かれている訳ではなくグラデーションのように移り変わる。
だが、世の中はシンプルで分かりやすい二元論での結論を求める。
だから、現状でベストな判断ではなく、分かりやすい結果を求める無茶な判断が下される。
おそらく、市警のお偉方は長期戦によるデメリットを避けたく、ヴィンセントに事件の早期解決を求めた。だから、彼はあのような案を考えたのだろう。
仕えるモノは違えど、同じ宮仕えの身として感じるものを視線に乗せていると。
「……これも何かの縁だ。アンタも、突入部隊に加わるか?」
唐突なヴィンセントの申し出。
俺は彼の意図が読めず、困惑した。
「え?」
「いやなに、アンタもISSにいるってことはそれなりに腕が立つってことだろ。だったら、その腕を活かしてほしいと思ってね」
「はぁ……」
「というのは建前で」
ヴィンセントは軽く咳払いしてから、俺に耳打ちする。
「マリアさんとすぐに会えるだろ。それに、人質の中で一番負担が掛かっているのはマリアさんだ。突入してきた部隊の中にアンタがいるって分かったら、少しは安心するだろ」
「あっ……」
まさかの心遣い。俺としてはそのの心遣いは嬉しいが、罪悪感にも似た感情が湧き上がってくる。子供の頃にワガママを押し通してしまった後の、嬉しさと申し訳なさと情けなさが同居した気持ちにそっくりだ。
「ウチのお袋の教えでね。女性と女性を守ろうとする男に気を遣えるようになれって」
「……そうか」
見たところ、ヴィンセントはイタリア系だ。俺のステレオ的な人種観では、イタリア人は女性の扱い方が上手いというのが固定化されている。そういった文化なのか習慣は、案外こういう教育の賜物なのかもしれない。ふと思った。
もしくは、ヴィンセント個人の気質によるものか。どちらにしろ、彼が気さくな性格なのは間違いないだろう。
「でも、本当にいいんですか?」
「いいんだよ。俺が決めたんだし、文句は言わせんよ。……それにアンタも、文句言われるような腕前じゃないだろ」
「……それはどうでしょうか」
自分の腕前は自分がよく理解している。
俺はヴィンセントの言葉に対して、曖昧に笑った。
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