掌編小説・『テディベア』

夢美瑠瑠

掌編小説・『テディベア』


掌編小説・『テディベア』



 二卵性双生児の、已己(いこ)と巳己(みき)は、いつも埃だらけのテディベアを取りっこしていた。

 已己はメイルで、巳己はフィメイルでした。

 二人のママは、すごく太っているが、溢れるような母性愛を反映しているかのようにすごくオッパイが大きくて、生まれてくれた好一対の二人を宝物のように愛していて、それで二人は幸せなのでした。


 ですが、そのママの、メロンのような乳房なら、二人で一つずつ、分け合えるのですが、テディベアは一つしかなくて、二人ともまだ喋れないので、「もう一つください」と、頼むこともできないのでした。

 茶色くて、もう少し汚れていて、黒眼の大きい顔は可愛いのですが、大人の目にはみすぼらしいようにも見えるテディベアを、日がな一日二人は取り合っていた。


「ばぶー」

「ばぶばぶ」

「ばぶー!」

(‘どうしても熊さんが欲しい。欲しい、欲しい、欲しい)


 ママはただふざけていると思って、ほほえましい光景ね、くらいに見過ごしていた。

 おもちゃなら、他にもガラガラやら、ビー玉やら、フランス人形とか、毛糸玉とか、天井から下がっているシャンデリアのような飾りとか、いろいろ二人の「エデンの園」みたいな大きいピンク色のベッドに、散らばっているのですが、ママの乳房の代わりになるような、大きくてふかふかしていて、抱いているだけで安心して夢心地になれるような適当な大きさのぬいぐるみは、テディベアだけで、まだ幼くて、依存する対象が必要な已己と巳己は、世界の中で、ひたすらベターハーフを追い求める一般的な男女と基本的には同じ構図で、理想の伴侶?を求めて角逐しあっていたのだ。


・・・ ・・・


 月日が過ぎて、已己も、巳己も大人になった。


 已己は、ハンサムな若者になって、演劇の道に進んでいた。

 巳己も、道を歩いていると男が振り返るような、匂いやかな美貌になっていた。


 巳己には、華道の面で才能があって、師範の資格を取っていた。

 そうして、それぞれには、想い焦がれる対象ができてきた。


 已己の心の恋人は所属する劇団の指導者で、演出家でもある熊野麗美という中年の、年齢の割には可愛らしい感じの女性だった。


 巳己の想い人は、華道の道の師匠である、中年の大家の熊澤泉之丞という男で、和服を纏った時の渋みのある美貌が憎いほどに様になっている、というタイプだった。


 そうして、そういう目立つ立場の魅力的な異性に恋したからには、「恋敵」の存在が必至であった。

 已己には他人の空似の、自分とそっくりな劇団員の恋敵ができて、熊野麗美を挟んで、熾烈なラブゲームを展開する、という格好になった。

 巳己も、やはり自分に瓜二つの恋のライバルができて、泉之丞を奪い合う、そういう三角関係ができた。


 あたかも、テディベアをめぐって争奪戦を繰り返した幼児期のシーケンスを無意識のうちにそれぞれが再現しているかのごとき、そういう様相を呈していた。

 どちらの夢の恋人の名前にも「熊」がついているというのも、なんらかの、無意識的な精神作用が働いている、精神分析学者ならそう指摘するかもしれない。


<どうしても熊さんが欲しい、欲しい欲しい欲しい・・・>


 テディベアコンプレックス、というのもあるらしいが、これはそれが端的に表れたという例かもしれない・・・


 動物にとってカップリングということに精神的な意味はなくて、生殖のために番(つがい)を作って出産して、助け合って子育てをしても、そうした合目的的なゲゼルシャフトにはなんら個体の生存の維持には影響しない。


 人間には生まれながらに何かが欠落していて、それで愛する対象というものを異性に、あるいは同性に求めて、例えばプラトンの説くアンドロギュヌス、そうしてエロスというものの本質、そうした神話に象徴される完全への希求、それが「愛」の本質かもしれない。


 つまり、テディベアへの執着というのもつまりはその不完全性の表現の一種で「愛」の起源である母子関係、甘え、甘えられる共依存、それがぬいぐるみへの

過剰な愛着に形を変えてその場合は健全に処理されているのだ・・・


・・・ ・・・


 已己と巳己の場合は、一つしか与えられなかったテディベアが恋愛の形成について、歪みと不幸な影を落としていたのか・・・


 二人とも結局恋に破れて、そうして、精神的に不安定になって、実家に帰って、しばらく静養をするという成り行きになった。


 双子らしく、恋に落ちた日時とか恋愛期間、失恋に至る時日とか事情とかもそっくりに同じ軌跡を描いていた。


 そうして久しぶりに実家で出会った二人は、お互いが素晴らしくアトラクティヴで、お互いにとってほぼ理想の異性であることを再発見して、感動すら覚えた。


「已己、綺麗になったね」

「巳己も、とっても素敵よ。私、こんなに男の人にときめいたことって・・・」


ごく自然に、二人は接近して口づけあった。

熱い吐息と喘ぎ声が重なり合って、究極のベターハーフ同士が、こうなるのが運命だったというようにきつく抱擁しあい、ベッドに倒れこんでいった・・・


そこはもう、テディベアはもう必要ない完璧な世界だった・・・


<終>



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