テストのご褒美
「まあ、頑張った方だろ」
廊下に張り出された中間テストの結果を見ながら俺は一人でつぶやいた。
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元々が70位前後だったことを踏まえれば、31位という今回の結果は大躍進と言っても過言ではないだろう。元が良くなかったと言われればそれまでだが、頑張ったことがちゃんと結果に反映されるのはそれなりに嬉しいものだ。
「よっす斗真! 中間テストどうだった?」
「順位の上昇度で言ったら拓真より上だった」
「ハハッ、そりゃあ良い知らせだな! いつもより問題が解けた感触はどうよ」
「……なかなか気持ちよかったな」
「じゃあ安心だ。これからもっと伸びるぞー斗真。オレの順位は抜かせないけど!」
背中を叩いて鼓舞してくれる。
拓真の順位は7位だったので、心配せずとも簡単に抜けるような順位じゃないのだが、その近くまで行けると思ってくれているのはありがたかった。
中間テストが終わっても、勉強続けていけそうだ。
「一ノ瀬さんは安定の1位だったな」
「ああ」
2位以下はそれなりに変動があるのに、1位の一ノ瀬香織という文字は毎度不変。教員が持つ順位表のテンプレートにも香織の名前までは書かれているんじゃないかと噂されるほどである。
もちろんそんなわけはなく、毎回の結果は香織の努力あってこそ。ただ周りの声に耳を傾けてみた感じ、「さすが」の一言で済ませる人がほとんどで、香織の姿は既になかった。
(ケーキでも買って帰るか)
そう思って、俺は拓真と一緒に教室へ戻った。
「おかえり」
「ただいま」
白のシャツと黒色のミニスカート。
リビングの戸を開けた瞬間に笑顔で迎えてくれたのは、先に帰ってもらっていた香織だった。スラリと伸びた脚はふとももの中頃まで露出していて、なんともまあ可愛らしい姿だった。
買ってきたケーキの箱をテーブルに置くと、香織が可愛らしく首を傾げる。
「これは?」
「んー、テストお疲れ様&香織1位おめでとうのお祝い、みたいな」
「わ! えっ、開けてみてもいい?」
「いいよ」
パッと花を咲かせる香織を横目に俺はキッチンで手を洗う。
「チョコといちごだ!」
「どっちも好きだったよなぁと思って両方買ってきた」
「嬉しい、ありがとう! ねえ、半分こしようよ」
「おっけー。フォークで分ければいい?」
「うん!」
香織は出会った頃から甘いものが大好きで、中でもいちごとチョコは大好物。俺も甘いものは人並みに好きなので、彼女の提案はありがたい。
食器を用意して席につく。
ケーキをお皿に取り分け、香織がじっと見つめていたいちごのショートケーキを彼女に渡した。
「ありがとう」
ああ、買ってきて良かった。
心の底からそう思わせてくれる優しい声。
携える微笑みには目を奪われそうになるが、クリームの甘い香りに身を委ね、あからさまに見続けることは避ける。
「はい、斗真」
「……え」
ショートケーキの一口目。
三角形の先端をくっつけたフォークに手を添えて、香織がどうぞと促してくる。
(……このくらい、何ともなかったんだけどな)
初めて香織に「おかえり」を言われた日。
あるいはそれよりも前から、俺はどうにも香織に対して弱くなっている。まだ香織が口をつけていないフォークに対しても少し動揺してしまうくらいには、彼女の一挙手一投足が可愛く思えて仕方がない。
「……いただきます」
「どうぞ〜。ふふ、おいしい?」
「……おいしい」
物理的な要素は何もないはずなのに、これ以上ないくらいの甘さだった。しかも嫌な甘さじゃないっていうのが困りもの。
「斗真のもちょうだい」
「どうぞ」
お返しというわけでもないが、ケーキ本体ではなく香織がしてきたのと同じようにケーキを掬ったフォークを口元に近づける。
一瞬俺を見つめてきた後、パクリ。
唇についたチョコクリームを舌で器用に舐めとった。
「どう?」
「……おいしい。とっても」
「なら良かった」
香織はいっつも美味しそうにご飯を食べる。
それが俺の買ってきたケーキによるものだと思うと、なぜだか普段より直視できない。
フォークに残ったチョコクリームを癖で舐めとろうとして手が止まる。
香織が使ったフォークってだけならまだ良かったのだが、よく考えればこのフォーク、まだ香織しか使ってない。もちろん今日に限っての話ではあるものの、純度100%は色々……いや、この考えはやめよう。幼馴染とはいえ気持ち悪いな。
ふぅー、と息を吐いてからフォークを咥える。
僅かに遅れて香織も同様にしたらしく、「……あまい」って声が聞こえてきた。
以下同文です。
フォークの持ち手が熱を帯びてくる。
半分こと言いつつ、香織も俺もしばらく自分の手元にあるケーキを食べ進め、甘い美味いと舌鼓を打った。
残り半分を切ったところで香織にチョコケーキを渡す。
「いいの?」
「うん。元々香織に買ってきたやつだから。あ、お腹いっぱいになりそうだったら全然食べるけどね」
「ううん、平気。ありがとうね斗真。……はい、最後にもう一口どうぞ」
溶けるような声と微笑。
再び香織のフォークから食べさせてもらったショートケーキは、やっぱりとても甘かった。
「はい斗真、約束の膝枕」
「……え、その格好で?」
「そうだよ。ちょっと恥ずかしいけどね」
ケーキの後の夕食も食べ終え、香織が家に帰るまでのリラックスタイム。ソファに座った香織がぽんぽんと、ミニスカートから伸びる生脚を叩いた。
前回は確かワンピースだったので、「前とは違う膝枕」とは脚の露出度のことだったのか。
えー、どうしよう。
超やられづらいんだけど。
しかし、ケーキが俺からのお祝いだとしたら、膝枕は香織からのお祝いだ。今更断ってがっかりさせたくなんかないので、言われるがまま彼女の隣に腰掛ける。
「……最近さ、こういうのどこで勉強してくるの」
「んー、ネットとか、かな?」
なぜ疑問系?
そう思ったが、深く追及すると俺が気まずくなりそう気配がするので口にはしない。
「どうぞ」
「……」
「押し倒してあげよっか?」
それは別の意味に聞こえるのでやめて欲しい。
「……分かった。ありがたく横にならせていただきます」
「うん、堪能してね」
できればその言葉遣いもやめて欲しかった。
意識したくないのに、妖艶さを感じ取ってしまうから。
「──っ、少し髪がくすぐったいかも」
「うつ伏せになろうか?」
「だ、ダメだよそれは。さすがに恥ずかしすぎる。……風紀が乱れます」
チャンスと思って冗談で攻めてみれば、分かりやすく狼狽える。
ネットが情報源だという知識もごちゃごちゃになってそう。
もち、よりもふわって感じの香織のふとももは、いい意味で想像と違っていた。
前回より控えめな匂い。それが安心感を減らしてしまうかと思いきや、倍以上に感じる香織の体温がこれでもかと俺の心を優しく包み込んでくる。
(これ、やばいかも)
今でも相当だと思うが、このままだと本気で香織に依存してしまいそうになる。
出会ってから約六年間は純粋に香織の可愛さが大好きで、中学からは家族としての香織が大好きで、高校生の今、香織の人間性、つまり香織の全てを本気で好きになってしまいそう。
『一ノ瀬さんは良い人だよ』
拓真の言葉が脳内でこだまする。
分かってるよ、香織が誰よりも優しい人だってことくらい。
でも、だからこそ、俺だけはダメだろう?
香織が俺を好いてくれている。これは正直確信に近い。
きっと香織は俺が家族の温もりを求めてることを分かってて、俺を安心させようとこうして膝枕までしてくれている。それは嬉しい。本当に。
でも、もし俺が将来香織に負担をかけ続ける最低な男になった時、香織は俺を叱ってくれるだろうか。俺を捨ててでも、香織は自分の幸せを優先してくれるだろうか。
最低な人間になるつもりなんて毛頭ないが、もし俺と香織が付き合うようなことがあればそれはきっと長い付き合いになる。もしかしたら子供も授かるかもしれないし、その道中にはまだ知らない辛いこともたくさんあるだろう。
また、今の家族という形を崩して香織と恋人になった末、彼女と別れでもしたら俺は恐らく心がもたない。
中学時代の俺を見ていた香織ならそれも理解してるはずだ。
高校生にはまだまだ未知の世界が多すぎて、何が俺を屑にするか分からないのに、優しすぎる香織は多分、屑になった俺でも捨てられない。
俺が壊れてしまうと知ってるせいで。
そんなの……ダメだろ。
「ねえ斗真、……これでも興奮してくれない?」
上から聞こえたその声に、俺は苦笑して
「……どうだろう」
と答えるしかなかった。
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