なんでも完璧にこなせる幼馴染が唯一絶対にできないのは、俺を照れさせること
Ab
親友との雑談
幼馴染に対する世間一般のイメージってどういうものなんだろう?
早々に小テストの問題を解き終え余った時間で俺はふとそんなことを考えていた。
ツンデレ。
元気いっぱい。
負けヒロイン。
小説や漫画だとそんなところかな? もちろん、美少女っていうのは大前提にあるとして。
しかし、元気なのは良いことだとしても他の要素はどうにも作者の理想を詰め込んだだけの、現実的にあり得ない要素だと俺は思う。
だってよく考えてみてほしい。十年以上一緒にいるのに未だに素直になれないで言葉を交わさないどころか、相手を罵倒するなんてことあり得るだろうか? 現実で十年も一緒にいたら、普通は誰よりも心が通じ合った仲になるだろう。負けヒロインについても同様で、十年も一緒に過ごした美少女からぽっと出の女に目移りすることなんてまずあり得ない。
うん、あり得ない。
試験監督という職務を放棄して読書中の先生の目を盗み、俺は前方に座る幼馴染の後ろ姿を見た。
彼女を一言で表すならば誰もが口を揃えて「完璧」だと言うだろう。
文武両道なのは言うまでもなく、ピアノを弾かせれば平然と一曲弾いてくれて、家庭科の授業では先生が絶賛するほどの料理を作り、人と話すのが大好きだからこそいつもニコニコ楽しそうに笑っている。
初見のものでもすぐに順応して二回目にはトップレベルの成績を出せる上、容姿まで非の打ち所がないまさに完璧な美少女。それがみんなにとっての一ノ瀬香織だ。
香織の最近の悩みは確か……胸の成長が止まらなくて肩が凝るようになってきた、とかだったか。この間一緒に帰った時に言ってた気がする。
女子の胸には全く詳しくない俺だが、今の彼女のそれはFくらいかな? 今度聞けば教えてくれるだろうけど、さすがにデリカシーなさすぎだろうか。
俺にとって香織はもはや家族同然の幼馴染であり、その辺の感覚はよくわからない。
っと、解答用紙に名前を書き忘れてた。
ちょうど先生が本を閉じたので俺は急いで「
「そこまで!」
先生の声を合図に全員がペンを置き、テストの時間が終わる。決して頑張って勉強してきたわけではないが、この瞬間の開放感は好きだった。
解答用紙を回収した先生が教室から出ていくと途端にクラスは喧騒に包まれた。俺はそれには加わらず一人弁当箱を取り出す。
だって、どの問題が難しかったとかわからんし。
半分以上の分からない問題を飛ばしたからこそ時間が余ったのである。まあそれを抜きにしても今は単にお腹が空いていた。
「よっす斗真! テストどうだった?」
「半分以上わからんかった。お前は?」
「半分以上は分かったな。文武両道がオレのモットーなんでね!」
「さいで」
話しかけてきたのは親友の
それでも、と拓真は苦笑した。
「まあ、一ノ瀬さんには敵わないだろうけど」
諦めに染まった目を遠くの香織に向けている。
たくさん努力してきた拓真だからこそ感じられる壁があるのだろう。胸だけでなく、香織のあらゆる方面へ伸びる才能はとどまることを知らずに成長を続けている。
「ってかお前その弁当マジで美味そうだな。一ノ瀬さんの手作りとか羨ましい限りだぜ」
「だからこれは香織の手作りじゃないって。香織のお母さんの手作り」
「同じだろそれ!」
「いや、全然違うだろ!」
最近は毎日このやりとりをしている気がする。
いつからだっけ。
高校に入学して割とすぐ拓真には香織と弁当のメニューが同じことを気づかれた記憶があるので、最近ってほどでもないか。
高校二年生にしてもう時の流れの速さを感じる。
会話も早々に切り上げて俺たちはお互い弁当を食べ進めた。ご飯を食べるときはなるべく口を開けずに料理の味に神経を注ぐ、なんていう細かい部分で拓真は気が合うやつである。
舌に染みるちょうどいい甘さの卵焼き、きゅうりの漬物のしょっぱさ、そして唐揚げなどなど。どれも本当に絶品だった。
朝から揚げ物とか絶対大変だろうに。
あとで改めて香織のお母さんには感謝を伝えておこうと脳内に刻み込んで、弁当箱を片付ける。
拓真もちょうど食べ終わったところらしい。
「なあ斗真、ふと思ったんだけどさ、一ノ瀬さんって苦手なこととかないの?」
「苦手なこと?」
「そう。できないことの一つや二つ、流石になんかあるだろ? オレは学校でしか一ノ瀬さんに会わないから完璧な彼女しか見たことないけどさ、幼馴染的には色々知ってるんじゃないのか?」
「うーーん」
腕を組んで普段の香織を思い出してみる。
近頃は無くなったが昔はよく俺の家に遊びに来てくれていた。理由はまあ色々あるんだけど、一つ挙げるとするなら家が隣ってことだろうか。
遊びに来たらいつもご飯を作ってくれて、毎回さっきの弁当に匹敵する美味さだった……なんて言ったらお母さんに失礼かな。でもそれくらい美味しかったのだ。
そんなわけだから料理は完璧。勉強やスポーツは言わずもがな。思いつくことは大体全部できていた気がする。
「格闘家に力で勝つとか」
「それはそうだろうな。できたら怖い。いやそういうのじゃなくてもっとこう、誰でもできそうなことなのにできないこととかないのか?」
「あの香織だぞ? 誰でもできそうなことは全部できるだろ」
「そっかぁ」
思い返すと本当に欠点が見つからないのだから困る。
料理もできる、学業優秀、いつも笑顔で優しくて、容姿も欠点一つない。
「あーでも、虫は苦手だったと思う」
思い出した俺が言う。
昔お風呂に虫が出たときには裸のまま俺のところまで走ってきたことがある。
「それはむしろ美点だろ? 可愛いポイントじゃん」
「お前それ言い出したらなんでもありだぞ」
「でも実際可愛いところだろ。男ならみんなドキドキする」
「主語がデカいなぁ」
「いやいや、デカくないって。お前もするだろ?」
「? いや、しないけど」
そう普通に返した途端、ぴたりと拓真の動きが止まる。必然的に会話も止まるので遠くの声が聞こえてくる。
「あれ? おーい香織? どうした?」
「え? あっ、いや、ごめんごめん。なんでもないよ」
友達との会話中に考え事でもしていたのか、香織が友達に心配されているようだった。珍しい。
「う、嘘だろ?」
拓真の震えた声が俺を会話に引き戻す。
「嘘じゃないけど。俺は香織相手にドキドキしたりしない。もちろんした時期もあったけど、昔の話だしなぁ」
「……なんてこった!!」
この世の終わりが明日にでも迫ったかのような顔で頭を抱える拓真。大丈夫かこいつは。
俺は香織にはドキドキしないし興奮もしない。それは紛れもなく俺の本心である。
「あのなぁ、幼馴染って多分どこも同じような感じだと思うぞ? お前だって自分の姉に興奮できないだろ?」
「できるわけないだろ! 想像したらちょっと寒気したわ!」
「幼馴染もそういうもんなの」
「で、でもだな斗真。あの一ノ瀬さんだぞ!? 幼馴染でも家族でも、あの容姿と性格の前では男子は愚か女子だってドロドロに……」
「ならんならん。なってたら異性の兄妹がいるアイドル全員やばいことになってる」
「それは……そうだけど!」
まだ納得がいかないように拓真は歯噛みする。しかし、お昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったので彼は渋々席に戻って行った。
「香織?」
そんな中、友達との談笑から席に戻らない人が一人。
本来の席の主である女子が少し困ったように笑顔を浮かべていたが、香織が「あ、ごめん!」と席をどくと照れたように「全然。またどうぞ」と頬を掻いた。そして席に着くや、鼻から荒く息を吸っては吐いての繰り返し。
あれ絶対ヤバい人だ……。
一方で香織は「ぐぬぬ……」と呻き声が聞こえてきそうな形に口を歪めながら午後の授業の準備を進めていた。
生理痛が酷いのだろうか。
そんなデリカシーの欠片もないことを考えつつ、俺は昼寝のために机に突っ伏した。
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