第20話:勃・起・無・双

「エレク様!」


 皆が守ってくれていたおかげで、俺の周囲は無事だった。

 だが、セレンも天雅もボロボロだった。ケイローやイアス達も満身創痍で、唯一悠然と佇んでいるのはヘラだけだった。


「ほぅ、目を覚ましたか。力を使い果たしたお前に何が出来る?」

「お前を倒すことだ」


 果てたと思った体には力が漲っていた。心と体が完全に一つになっていた。

 今までの俺は【勃起無双】という力を借りていたに過ぎなかったのだろう。エレクと一つになったことで、更に進化していた。


【名前】:家守/エレク

【固有スキル】:フル勃起無双


 股間から光が伸びた。力の奔流である光柱は、暴れていた影達を薙ぎ払って消し飛ばしていく。そして、傷付いた仲間達の傷を癒していく。

 ヘラの表情に変化が現れた。嘲笑が掻き消え、何の感情も無い。何の感慨も浮かべていない無表情へと変わっていた。


「貴様、その力は」

「尻を出せ。お前に、受けて立つだけの矜持があるならな」

「良いだろう。やって見せろ!」


 尻が差し出された。エレクと比べるべくもない、美しいラインを描いた芸術品と言っても良い尻だ。同時に誘惑した物を枯らし尽くす、不浄の快楽を伴った悪魔の如き尻だった。

 光を放つ剛直を刺し込んだ。床には交戦した跡で砂利などが転がっていたので、駅弁体位でヤることにした。

 もしも、これが俺だけの魂でやっていたなら、あっと言う間にヘラの魅力に心をやられて一瞬で果てていただろう。だが、今は1人ではない。


「オラァ! この程度で俺のやる気が萎えると思うじゃねぇ!!」


 性欲猿とまで言われたエレクの魂が共にある。不浄の快楽がなんだ。こっちは不潔な尻と魂の持ち主だ。

 自分の精神が侵されることまでは想像していなかったのか、ヘラの顔に焦りが浮かんでいた。


「ひゃ、あっ。余が、貴様の様な下賤な輩にヤられて堪るか!!」

「うるせぇ! イけ!!」


 戦いはいよいよ最終局面に差し掛かっていた。互いの快楽がぶつかり合い、やがて頂へと辿り着いた瞬間。刺していた剛直から、天に向かって光が放たれた。ヘラを貫き、天井を貫いて、昇って行く。


「そんな、余が。お前みたいな顔面土砂崩れに――!」


 ヘラの体が光の中へと消えていく。消滅を確認すると、ダンジョンが大きく揺れた。主が消えたことで維持する力が失われたのだろう。


「皆! ルーカスと王女を連れて逃げるぞ!」


 拘束されていたルーカスと王女を運ぶように指示して、皆が帰還用の巻物を使った。崩落に巻き込まれないことを祈りながら、俺達は地上へと戻って行く。


~~


 地上へと戻った俺達は、背後でダンジョンが砂の様に掻き消えて行く様子を見ていた。街を支える要所にもなっていただけに惜しむような顔をしていた者達も居たが、大抵の人間は歓喜の声を上げていた。


「エレク様だ! エレク様達が! 王女を救ったんだ!!」


 ワァと歓喜が伝播していく。王女が丁重に扱われる中、抵抗する気も無いルーカスは衛兵達によって連行された。

 俺達は互いに顔を見合わせた。誰一人として欠けていないことを確認して、全員で互いを抱きしめ合った。


「私達! 私達本当に!!」

「あぁ。俺達がこの国を救ったんだ」


 こうしてはいられないと。街の人々は浮かれ、宴が始まった。

 昼間から始まったと言うのに、夜になっても静まる気配は無い。世話になった人達に労いの言葉を掛けながら、あるいは掛けられながら。俺は料理に舌鼓を打っていた。


『酒は飲まないのか?』

「この体で飲めるとしても。本来は未成年だからな」

「みぎゅぎゅ」

「私も本当は飲まないんですけれど、今日は楽しい日ですしね」


 エレクの意識は簡単に表に出て来るようになっていた。天雅に食事を与えつつ、セレンと一緒に食事を楽しんでいた。

 全てが終わった。明日には国王からの表彰もあるし、色々と忙しくなるだろう。……だが、俺は一緒に出来そうになかった。


「二人に話がある」

「何ですか?」


 ヘラを倒した辺りから予感はしていた。この世界における俺の役割は終えたのだと。エレクの意識が表層に上がって来たのも、一つの兆候だろう。


「多分、俺は元の世界に戻る」

「みきゅ~?」


 シンと静まり返った。ただ、二人共慌てる様子は無かった。何処かで予感はしていたのかもしれない。唯一、天雅だけは首を傾げる様に体をくねらせていた。


「そう、ですか」

『待て。お前が、元の体に戻ったら死んでしまうのでは』

「いや、多分。俺は死んでいないんだと思う。自殺は図ったと思うが」


 あくまで気休めだ。生き返ったら植物人間状態だった。という可能性もあるかもしれない。だが、俺の意識が何処からか持ち上げられている様な。そんな不思議な感覚がずっとあるのだ。


「家守さんが生きてくれているのは嬉しいんですけれど」

『行かないでくれ! お前が居ないと、俺は不安なんだ……』


 セレンも口にはしないが同じ気持ちだったのだろう。目を伏せた。

 俺だって名残惜しい。この世界にずっと居たいが、きっとそうは行かない何かがあるのだろう。


「お前はもう1人じゃない。セレンや皆もいる。……俺だって、セレンや皆が居ないない世界に戻るのは不安だ」


 きっと、俺達の胸中は一緒だ。でも、この別離を止める方法を知らない。何を言えばいいか分からずに口籠る俺に代わって、エレクが声を上げた。


『もしも、俺達が同じ様な不安に駆られた時には。同じ様な慰めの言葉を思い出そう』

「それは一体?」


 右手が勝手に動き、股間を叩いた。今まで、俺達の冒険で活躍し続けてくれた主役と言っても良かった。


『勃起! と』

「何だよそれ。馬鹿じゃねぇか」

「でも、2人らしいですよ」


 最後は笑って別れたいと思ってのネタだったけれど、やっぱりあふれ出る感情は堪えきれず。最後には涙になって溢れた。やがて、俺の意識は体からエレクから離れて行った。


「セレン。皆を集めてくれ。話したいことがある」

「はい。エレクさん」


~~


 次回。ラストです。

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