第15話:情けは人のためならず
ケリュアーを撃破して数日後。
アレから、俺達は【勃起無双】を使って幾つものフロアを突破した。今まではルーカスの快進撃で持ち切りだった噂は徐々に変化しつつあった。
「聞いたか? 実はルーカス様はダンジョンのボス達を倒していなくて、エレクが全部後始末をしているんだって」
「じゃあ、どうやってルーカス様は先に進んでいるんだ?」
「コソコソ逃げながら進んでいるじゃないのか?」
数日前までは称えていたのに、こうも簡単に翻るのか。やはり、実際にボスのドロップ品を毎回披露していたのが大きかったのか。あるいは、イアス達が陰ながら手を回してくれているのかもしれない。
「だとしたら、どうしてエレクが?」
「今まで犯して来た所業の贖罪だとか。あるいは、デカイ功績を立てて正式に無罪放免を勝ち取るためだとか」
「いや、付き人が非常に強力な力の持ち主であるらしい」
好き勝手な推測が出回るが、少なくともダンジョンを本気で攻略しようとする姿勢は伝わっているらしい。徐々に風向きは変わり始めていた。
そして、俺は今もまたフロアボスと戦っていた。9つの首を持つ不死の毒蛇『ヒュドラ』は、死に戻りすら許さない魂を蝕む毒の持ち主であり、通常のプレイではバッドエンディングが存在する程の強敵だが。
「頭切っても再生するって言うんならよぉ! 中からぶちまけてやるよ! オラ! 俺の10本目の頭を受け入れやがれ!!」
「シィーーーー!!!」
【レベル】:25
【体力】:100(+100)
【魔力】:00(+100)
【攻撃力】:50(+100)
【防御力】:62(+100)
【俊敏性】:07(+100)
艶めかしく光る体は極上の肢体の如く。変温動物特有のひんやりした肌が気持ち良い。散々に毒を浴びせられたが、このスキルは状態異常も無効にするらしく、可愛らしい吐息の様だった。
もはや腰を打ち付けて全身で殴る戦い方にも慣れて、自死と言うデメリットは強力な武器へと変わっていた。決着という名の果てが付こうとしていた。
「オラァアアアアア! お前がイブになるんだよ!! κορύφωση!」
「ギャアアアア!!!」
ヒュドラの体内で、スキルの反動を含めた魔法を解き放った。9つの首がフロア内に飛び散る光景は凄惨な物だったが、ビチビチと生を諦められずに藻掻いているさまは何処か事後を感じさせた。
全ての毒蛇が生命活動を停止した所で、フロアの中央に宝箱が出現した。安全になったと合図を送ると、セレン達が部屋に入って来た。
「やりましたね! こちらの人は……」
「ヒュドラの毒にやられたんだろうな」
「あ、え、う?」
今までと違って、頭がやられている。今まで助けた女冒険者達はどれだけの辱めを受けても精神までやられることは無かったというのに。それだけ、ヒュドラの毒が強力だったということだろうか。
実際、ゲーム内ではヒュドラ戦の時だけ、最初から犯されているヒロインはおらず、ルートに入っているヒロインが餌食となる理由が分かった気がする。囚われてから時間が経過しすぎてしまうと、此処までやられてしまうのだ。
「(表現とか色々と引っ掛かるんだろうな)」
だが、今起きているのは現実だ。魔王に立ち向かうと決めた以上、こうなることを本人も覚悟していたかどうかは分からない。
「どうしましょうか?」
「宝箱の中身を回収した後。商人達が作った休憩所に運ぼう」
ヒュドラのドロップ品である蛇皮を拾い、宝箱の中身を回収しようとしたとき。セレンが目を見開いた。
「それって、まさか」
「万物の霊薬『エリクサ』だ。必要なんだろう?」
恐らく、彼女が一番欲しがっていたアイテムだ。幸いにしてヒュドラの最期の一撃とかは無く、このまま彼女に渡しても何ら問題は無い。
「ちょ、ちょっと待って下さい。良いんですか!? これを売り払えば、孫の代まで遊んで暮らせるのに!?」
「お前が居なければ、俺はここまで来れなかった。遠慮なく受け取ってくれ」
「みぎゃ!!」
天雅も同意する様に体を震わせていた。彼女が居なければ俺はスキルをロクに発動させられず、第2のフロアボスで積んでいた可能性さえある。だから、彼女に渡すことに何のためらいも無かった。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
目尻に涙を浮かべながら喜ぶ彼女を見て、俺の心が温かい物で満たされて行く。便宜的に聞き慣れた言葉だと言うのに、こんなにも俺を思って掛けてくれるのだとしたら、なんて素敵な言葉だと思った。
だから、この正気を失ってしまっている女冒険者を休憩所に連れて行くことが心苦しかった。連れて来るや、商人達が一斉に声を上げた。
「そんな。ミーディ様が! 一体、何があったんですか!?」
「まさか、彼女が?」
「はい。イアス様の……恋人です!」
ズシリと心が重くなった。誰が犠牲になっても良い訳では無いと言うが、どうしてよりによって彼女が? 信じて送り出した恋人の有様を見て、商人達が顔を覆い、手伝いをしている女冒険者達が声を上げた。
「なんとかならないの!?」
「ありったけの道具を使え! 回復術を使える奴らは総動員させろ!」
高級な回復薬が持ち出され、色々な調合も試された。セレンも治療行為を手伝っていたが、ミーディは一向に正気を取り戻す気配が無かった。治療に当たっていた女冒険者の1人が叫んだ。
「なんでよ。この人、私達にも優しくしてくれた良い人なのに! なんで、こんな目に遭わなきゃいけないのよ!?」
悔しさと怒り。誰のせいでこうなったかは、ここにいる全員が分かっている。だが、犯人に怒りを向けた所で事態は変わらない。
これを見たイアスはどう思うだろうか? 俺達に色々と便宜を図り、冒険者達を支えてくれている彼が、最後には勇者に裏切られる。そんなことがあっていいのだろうか?
「(いや)」
一つだけ、ミーディを救う方法がある。チラリとセレンの方を見ようとして、目を伏せた。彼女が持っている万能の霊薬は、探索の目的その物だと言っていい。
物語として知るならば、霊薬を惜しむ彼女を非難する気持ちも分かる。だが、現実で彼女が今までどれだけ頑張ってくれていたかを知っているなら、使えと指示する気にはなれない。というのに、彼女は懐から迷うことなくエリクサを取り出していた。商人が声を上げた。
「それは、まさか!?」
ミーディに飲ませた。見る見る内に体内の毒素が浄化され、正気を失っていた顔は安らかな物へと変わって行き、眠りに落ちた。
「治療の為の薬ですから。ね?」
「あぁ! ありがてぇ! ありがてぇ!!」
全員が彼女に感謝していた。全員が歓喜に打ち震える中、俺はコッソリと彼女に耳打ちをした。
「良かったのか?」
「はい。私が此処まで来れたのは、エレクさんやイアスさん、皆さんのお陰ですから」
顔では笑いながら、下唇をキュッと噛んでいた。本当は母親に使いたかったのだろう。だが、その心を押し殺して恩義を返した。到底、出来ることではない。
「ありがとう。お前は素晴らしい人間だ。絶対、母親を助ける方法を見つける」
「期待していますよ!」
商人達から拍手喝采を浴びながら、俺達は恒例となったドロップ品を持っての凱旋の為に入口へと戻った。
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