剣になった魔神様
名無しの夜
第1話 プロローグ
森の川辺に突き刺さった黒い大剣。それが俺様である。
無論、本当の姿ではない。
俺様の真の姿は透き通るような白い肌と王冠の如く輝く黄金の髪、そしてダイナマイトボディな絶対無敵の魔神。それが俺様、クオリア•バジアスロード様なのである。そんな俺様が剣になっている。大変な屈辱だ。
だが魔神である俺様はそこいらの凡夫とは一味違う。こんな時でも川辺に散々と降り注ぐ陽光や流れる水のせせらぎ。そして風にゆれる背の低い草共の踊りなど、自然の声に耳を傾ける。俺様のようないい女はたとえどのような状況下であろうと、これらを楽しめる余裕があるものなのである。
嘘である。グツグツと腹の底から湧き起こる怒りは寛大なる俺様であっても制御不能。油断すると思いつくままに汚い言葉を口にしたくなるが、剣となった身ではそれすら叶わない。最早一刻の猶予もない。何としても元の体に戻るのだ。
俺様が突き刺さっている地面を中心に全ての緑が枯れていく。マナの強奪。全ての生命に宿るエネルギーを強制的に摂取して、呪いを打ち破る動力とする。
緑で溢れていた川辺はあっという間に荒廃し、川にはマナを失った魚達が浮かび上がった。
だが足りない。まるで足りない。
こんなやり方では百年経っても呪いは破れないだろう。もっと良質なマナが必要だ。草や魚などではなく、たとえばーー
「本当にやるんですか? あの女、小娘ながらかなりやりますよ」
「仕方ないだろ。アニキがやるって言うんだか……ら!? おいおい。なんだよこれは?」
流石は天に愛されし俺様。別のご飯が欲しいと考えたそばから、何やら人相の悪い男達の登場である。
「凄い大剣ですぜ。見てくださいあの黒い刀身。これはスゲェお宝じゃないですか?」
「あ、ああ。だが気味悪いぜ。なんで草が枯れてんだ? それに魚の死体も。ひょっとしてそいつは魔剣なんじゃねぇのか?」
魔剣。聖剣と呼ばれる使い手を強化するものとは違い、振るう者のマナを吸ってマナ術を発動する剣。モノによっては使用者の命を蝕む危険な剣もある。
かつては世界中に名を轟かせ、人類史上初となる神の領域に辿り着いたこの俺様が、たかが魔剣なんぞと同一視されることになろうとは。まったくもって大変な屈辱である。
「魔剣なら捨て置く手はないですぜ。魔力を秘めた剣があれば、数でちょっと負けてても、小さな部族ならイチコロですぜ。あのガキだって……」
俺様としてはマナ術の心得もないのに魔剣に手を出すのはあまりよい考えとは思えんが……いや、そんなことはどうでもいい。肝心なのはこの五人が部族を追い出された追放者のようだということだ。無法者らしく、人数の少ない部族を襲って糊口を凌いでいるのだろう。大変都合が良い。俺様は別に博愛主義者ではないが、それでも好感の持てる人物よりは、この手の愚者の方が遥かに殺りやすい。
男達の中で一番頭の足りなさそうな小男が近付いてくる。
「へへっ、近くで見ると吸い込まれそうな刀身だぜ」
「おい、気を付けろよ」
「分かってますって。よっと……おおっ!? なんだ、スゲー軽いな」
うーむ……気持ち悪い。どうせ触られるなら、せめて見目の良い美男美女を要求したいところだ。さっさとマナ術でこの男の精神を支配してしまおう。
「へへ。いいものを手にいれ……お、おおっ!?」
まったく耳障りな声だ。だがここで焦ってはいけない。マナの無駄遣いは厳禁なのだ。何せ俺様は今剣なのだから。これが本来の体であればマナなど幾らでも作り出せるが、剣になっている以上、そうもいかない。何せ剣なのだから。新たにマナを生成することができない以上、手持ちのマナを使い切れば俺様は呪いに抗うこともできなくなり、完全な剣になってしまうだろう。なのでそうなる前に大量のマナを集めて呪いを解く必要があるのだ。
「おい、どうした? 何を叫んでる? ……おい、聞いているのか?」
俺様を握る小男のなんの魅力もない瞳がトロンとした虚なモノへと変わる。よし。精神支配完了だ。
「おい聞いてーーぐはぁ!?」
小男の肩に手を置いた賊の一人に突き刺さる剣。無論俺様のことだ。魔神と崇められたこの俺様が、こんな男の胸に飛び込むことになろうとは……大変な屈辱である。
「何してやがる!?」
「おい、ふざけんなよ、コラ!」
小男の突然の凶行に周囲の男達が憤る。逃げられたら追うのが面倒だったのだが、誰も彼も自分から間合に入ってきてくれる。どうやら剣になっても周囲の者を惹きつけてやまない俺様の魅力は健在のようだ。
さっそく男共の体をバターのように切り分けた。その作業は酷く容易で、誰も彼もあっという間に動かなくなったので、最後は俺様を振るう小男からもマナを頂いた。
森に静寂が戻ってきた。
得られたマナは魚よりはマシである。あるのだが……こんなものか。すぐに悟る。これは駄目だ。やり方も場所も何もかもを変更する必要がある。だが剣である体は容易には動かせない。俺様としたことが、賊を全滅させたのは早計だったかもしれない。
地面に突き刺さったまま、動くことも叶わずに夜が来た。
マナを吸い尽くした賊の体は早くもミイラのようになっているが、それでも死肉の匂いに誘われたのか、数匹の魔物がやってきた。狼型の魔物だ。マナは生命体であれば大なり小なり保有しているモノであり、それは魔物とて例外ではない。いや、強靭な生命体である魔物の方が通常人よりもマナが豊富と言って良いだろう。
こいつらを次の獲物にしてみよう。
まずは餌にしっかりと食い付くのを待つ。とは言っても乾涸びたミイラだ。魔物の食事事情など知る由もないが、悠長に経過を見ていたら、折角の機会を逃すことになりかねない。
俺様は魔物が餌に鼻先をくっ付けると同時にマナを刀身から噴出した。クルクルと風車のように回って宙を移動する。着地点は無論魔物の胴体だ。
キャン! と死肉を漁る獰猛なる魔物にしては、些か可愛げのある悲鳴が上がる。周りにいた他の狼型が常人なら震え上がりそうな唸り声を上げた。
俺様は愚かな獣達がまだどちらが捕食者なのかを理解してないうちに、次の栄養分を得るべく行動する。再びクルクルと宙を移動した。そして捕獲。またも可愛らしい悲鳴が上がるが、前回と違うのは周囲から唸り声が出なかったことだ。
これはまずい。そんな俺様の思考を読んだかのように、狼型が一斉に尻尾を巻いた。
反射的だった。短絡的と言ってもいいかもしれない。いや、俺様としたことが案外焦っていたのかもしれない。兎にも角にも、気付けば俺様はマナで剣を数本作り出し、それを放つことで全ての魔物を倒してのけた。
ゾワゾワと不快な感覚が這い上がってくる。
マナの消費に伴い忌まわしき竜神の呪いが我が身を蝕んでいるのだ。剣となっても残していた生物としての特性が失われ、完璧なる無機物へと近付いていく。何としてでもそれだけは阻止せねばならなかった。
俺様は早速今回の収穫物からマナを吸い上げた。ミイラ化していく魔物の死骸。だが足りない。まるで足りない。
今回得たマナは下手をすれば魔物を倒すのに使ったマナの総量を下回るかもしれない。いや完全に下回っている。やはり剣は単独で術を使わないのだ。
自力で獲物を斬るのはダメだと悟った。だがしかし、ならば他に方法はあるだろうか?
俺様は考える。自力で狩りをしてマナを搾取するのが非効率なのは俺様が剣だからだ。剣は自力で敵を斬らない。なのにそれをしようとするから駄目なのだ。実際、小男を操った時はもう少しマナの消費が少なくすんでいた。
結論。俺様を振るう誰かを見つける必要がある。方針は決まった。だが問題はある。それはあまりにも明瞭だった。
そう、俺様は動けない。剣だからだ。
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