21話:缶蹴り

「暇だしさ、缶蹴りでもしないか?」


「一人でやってろ」


 暑さで頭が壊れた様子の幹彦みきひこの提案を秒速で拒否する。今日は土曜日で時刻は朝の十時。普段であれば布団で休みを満喫している頃合だが、やむを得ない理由で俺達は神社の日陰で休憩をしていた。


 今日は朝から学校の近くの神社の掃除があったのだ。少し前に瑠織るおさん達と登った場所だ。近隣の住民とボランティア精神に溢れた生徒が参加してゴミ拾いをして、神社を綺麗にするのが目的らしい。

 参加する気は一欠片もなかったが、生徒会補佐として強制的に駆り出されてしまったのだ。


 俺達の他にも三組のメンバーが参加していたけど、半兵衛はんべえが暑さでやられて力尽きたのでロメアに抱えられて帰った。自然な流れで途子とこも付き添っていたので三人は途中退場した形になる。


 三時間ほどの作業が終わり、地域の住民や他の生徒は既に解散していたが、瑠織るおさん、幹彦みきひこえい音夢梨ねむり、俺の五人は大きな木の影に座り休憩していた。そこに先程の発言である。


「……缶蹴り。正気の沙汰とは思えない……命にかかわる」


 体力がない音夢梨ねむりはもちろん反対。ただでさえ暑さでバテ気味なので厳しいだろう。しかし、半兵衛はんべえ達が帰る時に一緒に帰ることを勧めたけど断固として帰らなかったのには驚いた。理由はよく分からないが。


「僕は賛成かな。せっかく集まってるのだから遊びたいかも」


「わ、私も遊びたいです……!」


 体力が有り余っている様子のえい瑠織るおさんは賛成か。仕方ない、どうせ帰ってもモヤシを食べて寝るだけなのだから付き合うか。

 そういえばゴミ拾いの最中に瑠織るおさんと同じ生徒会の人らは見当たらなかったな。補佐だけ強制参加で瑠織るおさんは自主参加だったのか?


「じゃあ俺もやっぱり参加するわ」


 瑠織るおさんが遊ぶなら俺も一緒に遊びたい。俺がそう伝えると音夢梨ねむりがまるで裏切り者を見るかのような目で俺を見つめてきた。まぁ、表情がほとんど変わっていないのだが。最近少しずつ感情が読めるようになってきた。


白尾しらおさん、疲れているようなら無理にとは……」


「……参加する。のけ者は気分が悪い……くっ、これが民主主義か」


 意を決した様子の音夢梨ねむりを入れて五人。缶蹴りをするのに丁度いい人数だろう、大勢だとオニが缶を蹴られすぎて可哀想なことになるし。

 幹彦みきひこが近くの自動販売機で苦手なブラックコーヒーを買い、それを飲んで空き缶を用意した。恐らくはブラックコーヒーが飲める事を格好つけたかったのだろう。


「よし、じゃあジャンケンでオニを決めようぜ」


 一気飲みして少し顔色が悪い幹彦みきひこを無視して右手を前に出す。定番の最初はグーの掛け声の後に俺はパーを出す。あいこだ。もう一度パーを出すとえいが一人負けした。つまりオニだ。


「あ、僕がオニだね。一分数えるよ」


 両手で目を隠したえいを見てから俺は適当に建物の裏まで走ったが、ふと後ろを見ると瑠織るおさんも着いてきていた。本当は同時に見つかるリスクを避ける為にバラバラに隠れた方が良いと思うが、一緒に隠れられて嬉しい気持ちの方が勝る。


「あ、あのう……うたさん、少々お聞きしたいことがあるのですが……」


「ん、なんですか?」


 まだオニは動き出していない。恐らく他の二人もどこかに身を潜め終わっただろう。もうすぐオニが俺らを探しに来るが瑠織るおさんは不安そうな様子だ。どうしたというのか。


 俺の返答に対して非常に申し訳なさそうな表情で、口をモゴモゴと動かしながら、しかし目は真っ直ぐに俺の方を見ながら「缶蹴りのルールを教えて欲しくて……」と言った。


 驚きで声が出そうになったが我慢する。表情にも出さないように意識して聞こえてきた言葉を脳内で反復する。缶蹴りのルールを教えて欲しくて、だと?


「……瑠織るおさん、もしかして缶蹴り初めてですか?」


「お恥ずかしながら……あまり外で遊んだ経験がないものでして……」


 そう話しているとえいが一分を数え終わって動き出した。幸いにも俺達が隠れている方向とは逆に向かったので少し余裕がある。

 それにしても缶蹴りのルールを知らないとは思わなかった。始まる前に聞いて欲しかったが、瑠織るおさんは恥ずかしがり屋な部分があるし、缶蹴りをするという空気の中で一人だけルールを知らないと言い出せなかったのだろう。だから俺の後ろを着いてきたのか。


 マジで可愛いな、この人。


「えーと……オニは俺達全員を捕まえたら勝ちで、オニは俺らを見つけたら名前を呼んで缶を踏んで三秒数えるんです。そしたら名前を呼ばれた人は捕まったことになります」


「ふむふむ……」


「まだ捕まっていない人が缶を蹴り飛ばしたら、その時点で捕まっている全員が解放されます」


「なるほど、だから缶蹴りという名前なのですね」


 流石は頭がいいだけあって理解が早い。ルールの説明としてはこれで十分だろう。後は遊びながら覚えるしかない。といっても難しい内容ではないし慣れるのに時間はかからないか。


白尾しらおさん見っけ!」


「……む、無念……」


 近くで二人の声が聞こえてきた。音夢梨ねむりが速攻で見つかったようだ。ルールとしてはオニのえいより先に音夢梨ねむりが缶を蹴れば捕まらないのだが、早く走ることが出来ないので実質不可能だ。


 あっという間にえいが缶を踏んで三秒数える。これで一人捕まったわけだ。残りは俺達と、どこかに隠れている幹彦みきひこの三人。見つからないように缶を蹴る必要がある。


「……わ、私はもう……缶を蹴ってくれても逃げられない……ここに置いていけ……」


 いや、缶の近くで息も絶え絶えといった様子で座っている音夢梨ねむりを見ると助けに行く必要はないかもしれない。この日差しの中でゴミ拾いをしてから缶蹴りは負担が大きすぎたようだ。


倉持くらもちさんの足音が近づいてきています……!」


 瑠織るおさんが俺に耳打ちしてくる。急に顔が近づいたのでキスされるのかと思って胸が高鳴った。近づいてきたえいに感謝だ。


 という気持ちは置いておいて見つかる前に逃げなければいけない。足音を立てないように別の影に隠れながらえいとの距離をとる。


えい〜〜〜いただき!」


 カコン! と景気がいい音が鳴り響く。ここからじゃ見えないが幹彦みきひこが缶を蹴ったらしい。


「あーやられちゃった。もう少し頑張りたかったなー」


 これで音夢梨ねむりが解放される。恐らく本人は望んでいないのだろう、渋々といった様子で再び隠れる。その間に俺達は一旦別れて別の場所に隠れた。


 缶蹴りで遊んだことがある人なら共感してくれると思うが、缶蹴りは人数が多ければ多いほど全員捕まることが難しくオニの負担が大きい。なので数分後に俺が缶を蹴った時に、オニを交代しようと提案してみた。


 快諾されたので今度はえいが隠れる側になり、俺は缶を踏んで一分数える。やるからには全員捕まえてやるぞ。


「……よーし時間だ。幹彦みきひこは見つけたいな、アイツに缶を蹴られるのは何故だか非常に腹が立つ」


 なんとなくだけど幹彦みきひこは缶から可能な限り近い場所ギリギリを狙って隠れるはずだ。つまり俺達が隠れていた建物の裏のような安全な場所ではなく、少し大きいくらいの木の影だと思う。


 そう考えると恐らくは俺から見て左側の細長い木の影が怪しい。といっても確証はないが、他三人の場所もまだ分からないので近づいてみる。一直線に向かうのではなく周囲を見渡してフェイントをかけながらだ。


「この辺だろ幹彦みきひこ……お前の単純な考えは読めるんだぞ……」


 目星をつけた木のすぐ近くまで歩き、素早く動いて裏に回る。残念ながら俺の予想は外れてそこには誰も隠れていなかった。


「残念だったなうたちん!」


「はぁ!?」


 と思ったら近くの木の影から幹彦みきひこが飛び出て一目散に缶に向かって走り出した。慌てて俺も走るが到底間に合わず、為す術なく缶を蹴られてしまう。

 といってもまだ誰も捕まえていないので解放されることはない。なので蹴った意味はないと言えばそうなのだが、実際にはある。


 とても悔しいのだ。


「クソ……予想はほぼ当たっていたのによ……」


「くくく、まだまだ甘いなうたちん」


 奥歯を噛み締めて屈辱に耐え再び一分を数える。今度こそ見つけてやるぞ。

 ん……待てよ。場所を探さなくても、アイツを俺の視界に入れれば問題ないんだよな。よし閃いた。数え終わって動けるようになった俺は、不意に道路に向かって指をさした。


「あっ綺麗なお姉さんだ!」


「なにぃ! どこだよ!?」


 俺がそう叫ぶと幹彦アホが木の裏から飛び出してきた。「幹彦みきひこ見つけた!」と宣言して足元の缶を踏んで三秒数える。これで捕まえれた。


「騙したなチクショォォ!!」


「うるせぇバァーカ、発情猿!」


 その後は音夢梨ねむりえいを見つけたものの瑠織るおさんに缶を蹴られ、今度は瑠織るおさんがオニになりと何回かオニを交代しながら遊び、音夢梨ねむりが本当に力尽きる前に解散してそれぞれ帰路についた。


 かなり疲れたが楽しい時間だった。有意義な土曜日だな、帰ったら昼寝しよう。なんて思いながら瑠織るおさんと一緒に帰っていたのだが、この話はここで終わらなかった。


「初めての缶蹴りでしたけど、楽しめましたか?」


「…………はい」


「あれ、どうしました?」


「………………いえ、別に」


「……なんか怒ってます?」


「………………特には」


 瑠織るおさんの様子が明らかにおかしい。怪我をしたのなら大変だけど、そういう風には見えないし理由が分からない。でも、ここまで気分が落ちているのは見たことがない。


「…………が、いいんですか」


「え、なんて言いました?」


 いつもは透き通る聞き取りやすい声で喋る瑠織るおさんだが、今日はよく聞き取れない。でも上目遣いで俺の方をジッと見つめている。あぁ可愛い。でもなんだろう、顔が怖いぞ?


「あの、瑠織るおさ―――」


「綺麗な女の子がいると嬉しいのですか!」


 初めて聞いた瑠織るおさんの大声。頬を膨らませてジッと俺の目を見つめている。な、なんだ急に……そうか、さっきの幹彦みきひこを誘い出した時のアレか!!

 別に俺は綺麗な女の人だろうが男の人だろうが特に興味はないし、幹彦みきひこを釣り出す為だけの行動だったんだけど、そういう風に聞こえていたらしい。


 女の子は本当、こういう嫉妬深いところが……違う瑠織るおさんは男の子だ。まぁそれは置いておいてもこれは不味い。怒ってる。慌てて土下座をした。


「えっあっ……あの、土下座までされると申し訳なくなるのですが……その、私の前で……そんな……」


「いや、でも本当申し訳ない……なんでも一つ言うことを聞きますから……」


 俺達は見た目と実際の性別が異なるカップル。俺が女の子に興味を持っているように認識されたのなら瑠織るおさんが怒るのも無理はない。どうにか許してもらわないと。


「……なんでもですか。で、でしたら……あぁ、どうしても無理なら教えて欲しいのですけど……」


「とても嫌な予感がしますけど、とりあえず聞きましょうか……」


 先程とはうってかわり目を爛々と輝かせている瑠織るおさんに背筋が震える。なんだろう獲物を見つめるライオンのような、おもちゃ屋さんに来た子どものような。


「本当に……本当に嫌なら教えて欲しいのですけど……女の子の格好をしてくれませんか?」


 うん、女の子の格好……えっ女の子の格好!?

 マジか嘘だろ、想像の斜め上すぎる。でもそれで許して貰えるなら安いか。いや安くないな。え、え、どうしよう。


「ダメ……でしょうか?」


 期待と申し訳なさが半分ずつ感じられる態度の瑠織るおさん。まぁ、たまには……うーんでもなぁ……。母親アイツが居ない場所なら別に問題はない気もするけど……。いや待て、悩むならとりあえず行動しろって親父が言ってたな。


「……いいですよ」


 数秒の間に考えを巡らせたが、瑠織るおさんの期待には応えたいので俺は首を縦に振った。


END


―――


・おまけ


夏バテを起こしていた半兵衛はんべえは帰路の途中で通りかかったスーパーでスイカを食べたいと駄々をこね、それを食べて元気になりました。


「いやぁ皆も夏バテは気をつけてね! マジ今年も暑すぎるからさぁ水分は定期的に飲むんだよ!絶対ね!」

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