16話:焼肉だ!

 腹が減った。とても腹が減ったんだ。

 理由は考えなくても分かる。金がないからモヤシしか食べていない、これに尽きる。複雑な家庭環境の影響で日々の食事は節制の繰り返しだ。 


 どれぐらい腹が減っているかといえば、今なら人間一人ぐらいなら食べれるような気がする。例えば常に欲求全開のアホな幹彦みきひこなら胃に入るかも。

 ちなみに今ソイツはえいと山を登りに行っているらしい。理由はよく分からないが、体力があり回ってるから体を動かしたいって話し声は聞こえたな。


 俺はといえば帰る元気すら尽きて放課後の教室で机に突っ伏している。腹が減りすぎて動けないんだ。


「……木津きづ、なにをしている……補習?」


 忘れ物を取りに来たのだろうか、俺以外は誰も居ない教室に音夢梨ねむりが戻ってきた。顔を動かす元気もなかったが、とりあえず返答だけはしよう。


「机の匂いを食べてるんだよ……」


 十五年生きてきて初めて口にしたセリフだったが、嘘は言っていない。俺は机の匂いを食べている。なにかこう、自然を感じて空腹を誤魔化しているのだ。人間としての尊厳が減った気がした。


「……哀れ。仕方がない、ご飯に行こう……」


「そんな金あるわけねぇだろ、俺は―――」


「……大丈夫、奢る。バイト代が入ったばかり……」


 光の速さで立ち上がって音夢梨ねむりの目の前で土下座をした。神。おお女神よ。今までお前のことを毛布被った座敷童子ざしきわらしだとか、てるてる坊主とか思ってて本当にごめん。大好き。


「肉を食べたいです。出来れば牛さんの肉を」


「……焼肉にしよう。今週の私はお金持ちだ……でも食べ放題だぞ」


「ありがとうございます。あっ荷物持ちますよ先輩!」


「……分かりやすい奴。……他の奴は帰ったのか、仕方ない……」


 やった、やった!

 焼肉だ、一体何年振りだろうか。昔、何回か親父に連れてって貰ったっけな。友達と行くのは初めてだ。いくら食べても値段が変わらないとか奇跡の仕様だろ。この大きすぎる恩をどうやって返していこうか。


「……何をボーッとしている。食べに行こう、今日は金曜日だから客が多いはず」


 小さな歩幅で歩き出した音夢梨ねむりを追いかけて教室を出る。一緒に靴箱に向かう訳だが、音夢梨ねむりと歩く時はとにかくゆっくりと歩く必要がある。


 なにせ身長が違う。俺のあごの辺りに頭があるんだ。幹彦みきひこと並んだら文字通り大人と子どもぐらいの身長差がある。俺が普通のペースで歩いたら音夢梨ねむりを置いていくことになってしまうわけだ。


「……木津きづ……白いお米の上に焼肉を……バウンドさせて食べるのは……許さない」


「えっなんでだよ。タレが染みて美味しいじゃん」


「……お米は白いままが一番綺麗……」


 どうやら米に対してこだわりがあるようだ。そういえば米を食べるのも一週間ぶりくらいか、何せ俺の主食の白い食べ物と言えばモヤシしかないのだから。牛肉なんて入学してから一度でも食べただろうか。幹彦みきひこの弁当はだいたい鶏肉だから食べれていないし。


「そういえばバイトって何をしてるんだよ」


「……気になるか。教えてやろう……多分、木津きづにもできるはず……」


 俺にもできるバイトだって?

 接客業は嫌い、工場のような同じ作業の繰り返しも嫌い、体力がないから暑い厨房で料理を作るのも無理な俺にできるバイトだなんて……なんだろう、生きていく能力が低すぎて悲しくなってきたな。


「……ん、あの後ろ姿は途子とこ……おーい」


「あ、ネムリンじゃん。お疲れ〜」


 もう少しで正面玄関にたどり着くといったタイミングで、俺たちの前を歩いていた途子とこに出会った。生徒会補佐に任命された時やその後のカラオケで少し話をしたが、個性が強すぎる半兵衛はんべえと比べると影は薄く感じる。まだ、あまりキャラクターを掴めていない。


「……今から焼肉……暇なら一緒に行こう」


「えっそれは楽しそう。木津きづさんは私がいて大丈夫かな、まだあまり話せてないもんね」


「俺は大丈夫っすよ。人が多い方が楽しいし」


 拒否する理由はないし、そもそも奢られる側なので拒否できる権利もない。途子とこが来てくれるなら大歓迎だが、半兵衛はんべえやロメアは居ないのだろうか。


「えっと……その、放課後に男女でご飯とか、二人ってそういう……だったりするのかな。そうなら邪魔できないよ」


「……違う。木津きづ餓死がししそうだったから、恵んでいるだけ……王様と貧民の関係……だから一緒に行こう」


 音夢梨ねむりの否定の仕方はあんまりだと思うが、何も間違っていないので否定することもできない。確かに同級生に哀れまれて焼肉を奢ってもらう俺の様子は、貧民と表現されてもおかしくはないだろう。プライドを捨てて牛肉が食べれるなら安いものだ。


「そっか、それなら一緒に行きたいな」


「……行こう。半兵衛はんべえ達はいないのか?」


半兵衛はんべえならロメアと朝から釣りに行ったよ、私は魚が苦手だからパスしたけど」


 学校をサボって釣りか。なかなか独特だな、初めて聞いたよ学校をサボって釣りに行ったって。どうにも半兵衛はんべえの行動が理解できない、この場にいないのに話題に事欠かない面白い奴だな。いや、それに付き合うロメアも大概か。


 とりあえず今日は3人で焼肉だな、店は音夢梨ねむりのオススメの場所らしい。

 と思ったが、六月を迎え少しづつ暑くなってきた外の気温に負けた音夢梨ねむりは早々にダウン。「おんぶ……」と言い残し力尽きた。今は俺に背負われて店まで歩いている。


「……木津きづ、私は重くないか……」


「人間か疑うレベルに軽いぞ。人のこと言えないけどご飯食べてるのか?」


 体が弱い俺でも音夢梨ねむりは軽く感じる。多分、幹彦みきひこなら片手で襟を持って持ち上げられそうな。親猫が子猫の首を甘噛みして運ぶみたいな感じで。


 そんなことを考えながら歩いていると目的地である焼肉店に到着した。まだ夕方だったので席に空きもあり、待たずして座ることが出来た。食べ放題コースを高校生三人で注文する。


「ご注文を確認します。食べ放題コースが高校生三人……で、お間違えないでしょうか……?」


 店員さんが何度も音夢梨ねむりの方を見ている。当然だ、身長が低い上に童顔だからどう見ても高校生には見えない。もしかすると小学生料金で食べれたかもしれないが、音夢梨ねむりのプライドが許さないのか、わざわざ学生証を出してアピールしていた。


 タッチパネルで注文する形式になっており、カルビやロース、ハラミなどの有名どころを五皿ずつ頼んだ。


「そういえば、二人はどんなきっかけで仲良くなったんだ?」


「……私のお姉ちゃんと途子とこ達が知り合いで……話すと長くなる、今は肉を食べよう」


 奢ってもらう代わりに肉を焼き続けながら、前から疑問に思ってたことを聞いてみる。そういえば音夢梨ねむりには姉がいると何回か聞いたことがあるな、姉も頭に毛布を被っているのだろうか。枕を抱えている説もあるな。


木津きづさんお肉焼くの上手だね。それに食べ方がすごく綺麗」


「いやいや、勿体ないから集中して焼いてるだけだって。食べ方も普通だし」


 また食べ方について褒められた。前にも似たようなことがあったな、四人でラーメンを食べに行った時か。食べ方が綺麗だと言われてもイマイチ実感が分からないな。箸を正しく持つことは意識してるけど。


「……木津きづ、今まで見た人間の中で……食べ方が一番綺麗、見た目に似合わず上品」


「一言多いぞ。誰が上品だよ、普通だって普通」


 褒められるのは慣れていないので適当に話を終わらせ肉を焼く。自分も食べるが二人には多めに肉を渡していった。音夢梨ねむりは食べるのが遅いが、途子とこは渡したそばから肉が消えていくので見ていて面白い。


「……どんどん頼め。今宵は宴……」


 食べ放題なのでお金を気にせず注文するが、どれだけ肉を焼いても途子とこが食べるペースは落ちない。いや、むしろ早くなっていっている気もする。俺も負けじと食べているが量で言えば途子とこの方が遥かに食べているだろう。


「……二人とも……よく食べる。見ていて面白い……」


 九十分の制限時間が終わるギリギリまで食べた。俺も流石にお腹がいっぱいで、八分目を超えて十分目といったところだった。途子とこは苦しげな表情もなく口元を紙で拭いている。マジかよ、一体どんな胃袋をしているんだ。


 レジに行くと音夢梨ねむりが三人分の金を出してくれた。元々奢ってもらうはずだった俺は素直にお礼を言ったが、途子とこは自分の分を出す予定だったらしく何度も出そうとした。それでも結局は半ば無理やり音夢梨ねむりに奢られ申し訳なさそうにしていた。


 ちなみに食べた量で言えば音夢梨ねむりが圧倒的に少なかった。元々あまり食が太いほうではないのだろう、食べ放題に向いているタイプではないように見える。


「……美味しかった。途子とこはとても食べる……木津きづは肉を焼くのが上手い……また行こう」


 それでも満足気な様子を見るに、音夢梨ねむりなりに楽しんでいたようだ。時刻はまだ七時頃で、普段の俺なら既に帰っている時間だったが二人はまだ遊びたいらしく、公園で少し喋ってから帰った。


 余談だが、公園で楽しそうにブランコに乗る音夢梨ねむりの様子はまさに小学生だった。


ーーー


・おまけ


小野おの途子とこ

性別:女性

学年:一年生

誕生日:六月二十八日

好きなもの:友達 食べること アニメ

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