12話:だって私達の性別は

少しだけ情報を整理しようと思う。

俺は木津きづうた。肉体は女性のもので、精神的にも自分が女性であると認識している。ただ複雑な家庭環境というか、境遇というか、色々と事情があって自分が女性であることが嫌いになった。だから男性になりたい訳じゃなくて、女性であることを辞めるために男性の格好をしている感じだ。


目の前に座っている可愛い子は春宮はるみや瑠織るおさん。見た目は可愛い女の子だし、学校でも女子生徒の制服を着ている。けれど自分のことを男の子と言っていたので、恐らくは肉体的には男性なのだろう。ただ精神的にどちらの性別だと認識しているのかは不明だ。


自分のことを女の子だと認識して服を着ているのか、可愛い服が好きなだけで男の子だと認識しているのか。これによって話が大きく変わってくる。


だって今まさに、その瑠織るおさんから俺達の関係を問われたのだから。恋人なのか友達なのかという、究極の二択を。


「……瑠織るおさん。ちょっと話の内容が伝わらなくて……」


「えっあっ、あ、すみません! えっとその、うたさんが私に告白してくれた日、ちゃんと最後まで話し合えなかったから、気になっていたんです……」


そうだ、俺は瑠織るおさんに告白した。入学式の日に助けて貰った時、あまりにもカッコよくて一目惚れしたんだ。自分が男の格好をしている女なんて事実は言えないまま、付き合ってくださいって。でも瑠織るおさんに自分が男の子であることを伝えられ、パニックになって気絶したんだ。


それからは関係がハッキリしないまま登下校を共にしたり遊んだりしていた。お互い、その話にあまり触れないように。


「……うたさんは、まだ私の事が好き……ですか?」


顔を染めた瑠織るおさんに真っ直ぐ目を見つめられて、俺は思わず視線を逸らしてしまった。何をしているんだ、どういう内容になろうと答えないといけない状況だぞ。でも、どう答えたらいいんだ?


そりゃあ確かに今でも好きに決まっている。今日だって二人で遊びに行けて楽しかったんだ。でも俺が本当は女だって知ったらどう思うか。


多分だけど瑠織るおさんの精神的な性別は女の子だ。もし男の子だとしたら、俺の事を男だと認識しているだろうから男同士の恋愛になる。別に同性愛を否定する気は欠けらも無いけど、女の子の格好をしていることを踏まえると瑠織るおさんは自分の事を女の子だと認識している可能性が高い。


つまり俺が女であることを伝えると嫌われてしまうのではないだろうか。けど隠したまま付き合うのも卑怯だ、告白した時は言い出せなかったけど……今から付き合うならば最初に話しておきたい。どうしよう。


……親父だったら後先考えずに筋が通っている方を選ぶかな。


「……すみません瑠織るおさん。実は俺、女なんだ」


「―――えっ?」


これで正解だよな親父。自分が好きになった子を騙したまま付き合うなんて、親父が知ったら絶対に怒るよな。あぁマジか、後悔はないけど今日で瑠織るおさんとの関係も終わりかなぁ、もう次の恋愛なんて出来る気がしない。


うたさん。それは身体の話と心の話、どちらでしょうか……?」


「あぁ、両方です。身体も女で心も女。ただ色々あって男の格好の方が気が楽だったんです」


観覧車という狭いスペースで重い話をするのは疲れるな。空気が重くても逃げ場がないし、まだ一番上まで上がってもいない。残り時間どうなるかな、騙したなって罵倒してくれた方が気が楽だけど、瑠織るおさんは優しいから静かに縁を切られそうだ。


「……そう、だったのですね」


「すみません、言える勇気がなかったです。騙すつもりはなくて。でも、本当にすみません」


今度は俺の方が真っ直ぐ瑠織るおさんの目を見ている。最後は綺麗に終わらせないといけないし、今後はまじまじと顔を見れる機会もないだろうから。そんな瑠織るおさんは何度か俺の目を見たけど、すぐに視線を逸らしてしまっている。


「あ、あの……それで……さっきの質問の返答をお待ちしているのですが……」


「……はい?」


何の話だろう。さっきの質問……あっ、俺達が恋人なのか友達なのかという質問と、俺がまだ瑠織るおさんのことを好きなのかという質問のことか?

そんなもの答える必要ないだろう、だって俺達の関係は今日で終わりなのだから。


「え、あ、だから……質問……私のこと好き……なの、でしょうか……?」


「……そりゃ好きですよ。だから伝えるべきことを伝えておこうと思ったんです」


俺がそう答えると、瑠織るおさんの顔がパァっと明るくなり勢いよく立ち上がった。ただ観覧車の中だったので、とても鈍い音を立てて頭をぶつけてしまう。余程痛かったのか無言で座り直した。


「だ、大丈夫ですか?」


「い……痛い、です。頭の形が変わるかと……」


硬い物体に勢いよく頭をぶつけたら当然痛い。たんこぶが出来ているかもしれないな、降りたらなにか冷やすものが欲しいけど氷なんて遊園地には売っていないか。外にコンビニとかドラッグストアとかあったかな。


「痛た……あ、そんな話は置いておきまして……」


「……はい」


「えーっと……私もうたさんのことが好きなので、付きき合っているという認識で大丈夫なのでしょうか……?」


え、もしかして瑠織るおさん、頭をぶつけた衝撃で記憶が飛んだのだろうか。俺は自分のことを女だって伝えたはずなんだけど……上手く伝わらなかったのか?

そ、それとも、本気なのか……?


「……俺のことが好き?」


「はい、大好きです!」


即答された。俺は瑠織るおさんのことが好きで、瑠織るおさんは俺のことが好き。単純明快な相思相愛なのか。いや待て、性別の問題があるだろう。俺は別に同性愛に偏見はないけど、やはりどうしても周囲の目という問題は避けられない。瑠織るおさんにそんな苦労はさせたくない。


「えっと、うたさんは身体も心も女の子だけど、理由があって男の子の格好をしている……と言いましたよね?」


「……はい」


「じゃあ私も同じです。私も身体も心も男の子ですけど、女の子の格好の方が楽なんです」


「……ほ、本当ですか?」


それが本当なら、あまりにも都合が良すぎる話だ。思わず疑いそうになるけど、瑠織るおさんは大事なところで嘘をつく人ではないと思うし、本当のことなのだろう。ということは同性愛にはならないのか。


男の子だけど女の子の格好をしている瑠織るおさんと、女だけど男の格好をしている俺。ややこしいな。


「はい本当です。なので……お、お付き合いすることには何の問題ないかと思います」


「そ、そうなんですね……はは」


別に何も面白くないのに思わず涙が出そうになった。これって夢じゃないよな、本当に瑠織るおさんと付き合えるのか。見た目の性別が反対だから将来的に色々と課題はあるかもしれないけど、二人で向き合えるのか。なんだそれ、幸せじゃんか。


「えーっと……あ、そうだ。以前はうたさんが告白してくれたので、次は私がしてもいいですか?」


「は、はい。分かりました」


そう言うと瑠織るおさんはコホンと小さく可愛らしい咳払いをすると、とても優しい表情で、再び真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。俺も合わせて瑠織るおさんの目を真っ直ぐに見つめた。心臓の高鳴りが大変なことになっている。


「ずっと僕の隣で笑っていてね、うた


普段より少し低い、男の子らしい声。可愛い姿しか見ていないのに急にカッコよくなって反応に困る。心臓はうるさいし情緒は不安定になるし、ここで気の利いた返答が出来れば最高なのに何も言葉が浮かんでこない。とにかく反応は示したくて黙って頷いた。


「ふふ、ありがとうございます。これでうたさんは私のものです。でも私はうたさんのものです。よろしくお願いしますね」


「あっ……よ、よろしく、お願い致します……」


可愛い声に戻った。なんというか、私の心の奥底にある女の部分を掻き乱された気分だ。こんなの反則だよ、これだけ分かりやすい好意を向けられて平常心を保てる訳がない。観覧車は少し前に一番上に到達したので、今はゆっくりと降りている。


こんな密室で残り時間どうするべきか考えるのは私には無理な芸当で、気がつくと隣に座っていた瑠織るおさんが私の肩を寄せて抱きしめていた。いい匂いがする。筋肉すごいな、こんな可愛いのに。


そのまま地上に降りるまでお互いに動くことはなくて、係員さんが扉を開けてくれる直前まで抱きしめられたまま過ごした。もうすぐ閉園なので、この後はお土産屋さんに行くか、帰るかの二択だな。


「緊張したら喉が乾きました。ねぇうたさん、そこの売店にかき氷があるので一緒に食べませんか?」


「あ、いいですね……メロンにしようかな」


私が財布を出そうとすると瑠織るおさんは「だめ」と可愛く言い、また奢られてしまった。メロンのかき氷を手渡されて、瑠織るおさんはイチゴのかき氷を持っている。すぐそこにベンチがあったので座って一緒に食べることにした。


「今日は楽しかったですねぇうたさん。生涯忘れない日になったと思います」


「そうですね、私も……あ、あ、俺も……楽しかったです」


本当に楽しかった。けど瑠織るおさんと恋人になれたのが今までで最大の幸せすぎて現実味がない。それにさっきから照れさせられてばかりだし、こんな経験したことがない。


……あ、そうだ。いいこと考えた。


「う、うたさん? どうして私の頭の上にご自身のかき氷を置いたのでしょう……」


「さっき頭を打っていたから冷やそうと思って。ダメですか?」


「え、えっと、心配してくれるのは本当に嬉しいのですが、なんか恥ずかしいですね……」


かき氷が入っているカップは猫の絵が描かれている。それを頭の上に乗せている瑠織るおさんは余計可愛く見える。ふふ、いいものを見た。


「ちょっとした仕返しです。可愛いですね、瑠織るおさん」


「もう……怒るに怒れないじゃないですかぁ」


そのまま二人で談笑して、お土産屋さんで少し買い物をして帰りのバスに乗った。思ったより混んでなくて隣に座ることが出来た。色んな意味で疲れたので少し眠ってしまったけど、意識を手放す直前、バスの中はうるさかったのに瑠織るおさんの声がはっきり聞こえた気がした。


「おやすみ。大好きだよ、うた


―――


おまけ

うた瑠織るおが遊園地デートを楽しんでいた頃……


幹彦みきひこ……朝からゲームをして好きなモデルの雑誌を読む。


えい……午前中は音楽を流しながら掃除をして、家族と共に映画を見に行く。


音夢梨ねむり……金曜日の夕方に寝て起きたら月曜日の朝だった。

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