0-4 人間との遭遇

「ふヒューッ…はヒひヒューッ…」

掠れたような息の音がゾンビの口から吹き出る。


パーパはもうとっくに先にその場についていた。

慣れない四足歩行に苦戦し、なんとかその場に着いた頃にはもうすぐにでも倒れ込みたいところだった。


しかしガヤガヤと騒ぐオオカミたちの声が俺を落ち着かせなかった。


「おい、マジかよ」

「人間とか俺初めて見たわ」

「頭以外毛がはげてて気持ちわるい」


オオカミたちは何かを取り囲むように集まっていた。


女性の喚く声が聞こえる。


「おい、族長本当にやるのか...?」


俺は都度、すみません、すみません、と心の中で言いつつ人混み...じゃない、狼混みを避けて騒ぎの中心に近づいた。


その真ん中にはパーパが。

そしてそのさらに奥には、目を塞がれ、手足をオオカミたちに掴まれた人間の女性がいた。

服はビリビリに破かれ、その近くにはリュックサックらしき鞄や持ち歩けそうな取手のついた灯りや簡素な槍っぽいものも転がっている。


そこでパーパが人間の女に近づいていく。


「...助けて!...誰か...!」

人間の女は先ほど聞いた叫び声とは違い、怯えたような弱々しく震えた声を発した。


よくわからない。何が起きているのか。


おい、おい!!!!!


なんとなくやばい気がして、そんなことを言ってみるけれど、俺はただ口をパクパクさせているだけ。

誰にも聞こえていない。


俺はその場に近づこうとするが、警備隊のようなオオカミに阻まれた。

肉が溶け落ちたゾンビの貧弱な力では身を乗り出すことすらできない。


女の小さい声だけが響くその場は、しんと静まり返っているのと変わらなかった。

だから聞こえた。


「こレで...元に戻れ...ル?...わタシの家族も...」


俺を助けた、子供たちに慕われていた、そんな俺の知るパーパとは雰囲気の違う、何かに取り憑かれたようなボソっとした呟き。

それと同時にパーパの瞳から一瞬、青白い光が発せられたように見えた。


その一瞬、いろんなことが俺の頭を飛び交った。


この後彼女の身に何が起きるかはわからない。


死んでしまうかもしれないし、

もし生き残ったとしても、

無防備に魔物に襲われる恐怖を、一生引きずりながら生きていくことになるかもしれない。

毎晩魔物に襲われて殺されそうになる夢を見て、そうなったら生きた心地がしない。


あとは教会に保護されたり実家に送られたりして、扉の外に出ることを恐れて一生引きこもって暮らすかもしれない。


わからない...俺は、どうしたらいい...?

頭の周りが熱くて、体中が細い針に突き刺されているみたいに痛くなる。

そんな時、頭の中で声が響いた。


「「また何もできないで見ているだけなのか...?」」


違う。決めたはずだ。


「「...来世はきっと全てが上手く行って、こんな辛い目には合わなくて済む人生が欲しい。」」


そう決めたはずだ。だから、俺が勝手に苦しみ続けるわけにはいかない。

幸運にも与えられた今の人生を上手く行かせなくちゃならない。


俺はよだれだらけの牙で力一杯目の前のオオカミに噛みついた。

警備員は「ぎゃうん」と唸った。


押し切る力がなくても、一瞬驚かせて注意をそらすだけなら...きっとできるはずだ。

そして実際にできた!

唸り声につられて、パーパを除いてその場にいるみんながこちらを見た。


今だ。全力で真ん中まで駆け抜ける。


もうあと3mくらいでパーパのところまで届く。

あと1歩。

もう少し。


パーパは飛びかかり、人間の体にもう噛みつかんとする。


その時頭上から「やめろ!」と声が聞こえた。

俺は構わないで走る。


しかし突然真上から、目の前に1匹のオオカミが飛び降りてきた。


飛び降りてきたオオカミに勢いよくぶつかって、俺の体はぐちゃぐちゃに崩れ落ちた。


だがその拍子に、人間の女の手足を掴んでいたオオカミたちもわっと離れた。


人間の女はすぐに立ち上がり、何も持たずに逃げ出した。

彼女が走ってくると、周りを取り囲んでいたオオカミたちはつい避けるように道を開けた。


しばらくの間、その場は静まり返った。

あの人間の姿がみえなくなった頃に、さっき飛び降りてきたオオカミが口を開いた。


「親父、帰るぞ」


「...タウロ。」


それを聞いて周りにいたオオカミたちも少しずつ去っていった。

しばらく俺は放心状態だったが、少し落ち着いたので来た道を戻ることにした。

ふとステータス画面を見ると、LifeSpanの項目が72%になっていた。

さっきぶつかった衝撃で27%も寿命が減ったようだ。


そんなことはどうでもいい。

この後俺はパーパになんて声をかければいいんだろう。

パーパは俺の命の恩人だ。


どうすればいいのかわからなかった。


落ち着いて考えてみたら、魔物なんだから人を襲ってもおかしくないよなと思った。

それでも俺の中のモヤモヤした気持ちは拭えなかった。

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