3.探偵聖女と渚の殺戮者 決着編
27.エンドお前包丁、海水ザパン
エクリちゃんが叫んだ途端、包丁からボウンっと煙が出かけたが、私はすぐにジッパーを閉じた。
「ふう、あぶないあぶんーっ!?」
しかしその途端飛びかかってきたエクリちゃん自体には不意を突かれ、包丁を袋ごと奪い去られてしまった。
「や、やっぱりあいつが快楽殺人鬼、渚の殺戮者だったんじゃない!」
お馴染みの観光客が言った。
波間に足を着地させたエクリは袋を握っていた。
ある種の絵画のようなその立ち姿は、確かに多くの人が渚の殺戮者と命題するかもしれない様だった。
だけど。
「あなたには、あれが楽しそうに見えますか」
探偵は冷めた口調で言った。
念願の包丁を手にしたはずの白髪美少女の顔面は、雨水の匂いを湛えた曇天だった。
「エクリちゃん!」
レアが声をかけた。
そして駆け寄ろうとすると「来ないで!」と物凄い剣幕でせき止めた。
「レア…ありがとう。だから、サヨナラ。嬉しかったよ。」
涙が流れていた。
そして海の向こうへ歩き出そうとするエクリ。
それと同時に、包丁の入った袋の中で煙が更にもくもくと立ち込めだす。
「まっー「待て!!」
レアが言いかけたのと同じことを言ったのは、眼鏡の捜査官だった。
「ステータスを見たから妙だと思っていた。耳や尻尾がないのは純粋な魔族だからではなくハーフだからなのだろうと一度は納得しかけたが……」
それを聞くと、少女はびくりと立ち止まった。
「俺は怒っているぞ、お嬢さんいいやエクリ・ミナル!お前をそんな目に合わせたクズ野郎と、そんなやつにびくびくと怯え言いなりなっている弱いお前にな!!」
カキ・コンドル・フロウデンは声色に怒気を走らせて言った。
何かを思い出しているかのように目を力いっぱい瞑って、「……エクリには、どうしようもない」
恐怖で身体を痙攣させながらもそう言葉を振り絞っているエクリ。
静かに揺れる水面に、ぽたぽたと小粒が何度も落ちて沈む。
そこにレアはビシャビシャと音を立てて近づいていき、彼女を抱きしめた。
「私がいます!」
「レア……!?だめ、離れて!」
そう言ってエクリはレアを振りほどこうとするが、離れようとしない。
「嫌だ、離れません!エクリちゃんは今、私のことを心配して言ってくれてるんですよね。私だって、それと同じです!!
大切な友達がこんなに辛そうにしてるのに、何もしないでいられるわけがありません!」
「………っ!」
エクリは、持っている袋の口をきゅっと締めるみたいに強く握った。その行動は、まるで凶器を袋から飛び出さないようにするかのように思えた。
レアはそれを一瞥した後、エクリの瞳を見て言った。
「ひとつだけ、教えてほしいことがあります。
私にはエクリちゃんが今までどんな人生を送ってきたのか、その包丁がエクリちゃんにとってなんなのかは、何も知りません。勝手に想像することしかできません。
もしかしたら、エクリちゃんにとってその包丁は、今までずっと一緒に過ごしてきた家族みたいなものなのかもしれません。
だけど………それでも。もしそれが私の大切な友達を傷付けて、悲しませるものなのだとしたら、私はその人のことが許せません。」
するとレアは突然、涙で腫れぼったくなっている彼女の頬を両手でぎゅっと挟んだ。
「!?」
「ふふっ、ちゅるちゅるですね」
レアは笑った。
レアは手を下ろして、言った。
「大好きな友達を悲しい顔にさせちゃう人なんか、私に一発ほっぺたぶん殴らせてください!」
エクリはきょとんとした。
レアはそのままエクリの右手を握り、再び訊いた。
「さっき言ったように、過去のことは知りません。でもこれからは、これから先の未来では、エクリちゃんと楽しい思い出をたくさん作っていきたいって思うんです。
だから……一つだけ教えてください。
その包丁のことが好きなのか、嫌いなのか。
心配しないで、どんな答えでも受け入れます。受け止めて見せます。ですから正直に答えてください。大丈夫、全部私が何とかしますから。
私を信じてください。」
そこまで聞くと、エクリは一瞬瞳孔を開いて、そしてその後俯いた。
「…………同じことを、前に言われたことがある。それでも、エクリはー」
そう言って、エクリは左手に握った袋を海の向こうに放り投げた。
海がザパンと波打った。
「レアは言葉だけじゃなくて、一緒にいてくれた。エクリは、レアが大好き。」
「……エクリちゃん!」
その場のみんなの空気も柔らかになった。
その瞬間だった。
「なら死ね」
物凄い勢いで海水のしぶきが一直線に上がった。
遠くから、エクリちゃんに向かって。
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